カメラとカンヴァスのあいだに ― 「藤田嗣治 絵画と写真」(レポート)
20世紀前半に活躍し、エコール・ド・パリを代表する藤田嗣治。その“眼差し”を絵画と写真の交差点から読み解く展覧会が、東京ステーションギャラリーで開催中です。
作品に映るファッションや旅先の風景、猫と戯れる姿を通して、藤田の魅力が生き生きと浮かび上がります。
東京ステーションギャラリー「藤田嗣治 絵画と写真」会場入口
藤田は、写真や映画が広まり始めた時代に生き、自身もカメラや16ミリフィルムで積極的に撮影。映像が持つ「消えゆくものをとどめる力」に惹かれていました。
彼の風景画には写真家アジェの作風との共通点もあり、写真・映画の影響は創作に深く息づいています。
プロローグ 眼の時代
また「撮る」だけでなく「撮られる」ことにも意識的で、丸眼鏡に口ひげという独特のスタイルは、多くの写真家の被写体となりました。
背景や衣装を巧みに演出したその姿は、自画像にも通じ、写真と絵画を通じてセルフイメージを構築していきました。
ドラ・カルムス(マダム・ドラ)《猫を肩にのせる藤田嗣治》1927年/2025年(複製) 東京藝術大学
旅先で撮った写真は、単なる記録にとどまらず創作の素材に。中南米やアジアでの写真には、風俗や植物、建築などが細かく記録されており、絵画制作に活かされています。
複数の写真をもとに構成された画面は、立体感と平面性が交錯する独特のスタイルを生み出しました。
トランク(遺品)目黒区美術館
GHQのフランク・シャーマンが撮影した、柳宗悦と藤田嗣治が並ぶ写真も展示。直接の親交はなかったものの、琉球文化への関心という共通点が見いだせます。
1938年に初めて沖縄を訪れた藤田は、その伝統文化を絵画にも取り入れました。
フランク・シャーマン《柳宗悦と藤田嗣治》1948年 シャーマン・コレクション(河村泳静氏所蔵)
旅の道中、カメラは藤田の傍らにありました。各地のスナップには、その土地への眼差しと独自の視点が刻まれています。
写真家・木村伊兵衛は1954年、パリの藤田を訪ねて撮影。リラックスした表情を捉えた作品からは、土門拳とは異なる温かなまなざしが感じられます。
木村伊兵衛《パリ、藤田嗣治》1954年(1984年頃の再プリント)横浜美術館
戦後、日本を離れた藤田はパリへ戻り、穏やかな晩年を迎えます。写真家たちのレンズには、静かに自らを見つめる姿が映されました。
絵画では家族や少女、人形などを主題に、コラージュも取り入れた作品を制作。そこには、人生を振り返るまなざしが感じられます。
フランク・シャーマン《山田五十鈴(左)、長谷川一夫(右)とともに》1948年 シャーマン・コレクション(河村泳静氏所蔵)
清川泰次は1954年に藤田を訪ね、アメリカ製のステレオカメラでアトリエを撮影。その1枚は「アサヒカメラ」表紙を飾り、当時としては珍しい海外撮影のカラーフィルム作品として注目されました。
清川泰次《パリ、藤田嗣治のアトリエにて》(イーゼルに向かう藤田嗣治)1954年 世田谷美術館
藤田嗣治が見つめ、見つめられてきたその“眼”を、絵と写真の交差からたどる本展。本稿では紹介できませんでしたが、藤田の絵画作品も多数展示されています。
多様な視点に貫かれた藤田の世界が、私たちに新たなまなざしをもたらしてくれます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年7月4日 ]