マルチタスク疲れから、脳を守るには。【内田恭子さんとはじめる「マインドフルネス」】
内田恭子さんの「ここからはじめるマインドフルネス」
NHK『すてきにハンドメイド』テキストでは、フリーアナウンサーとして活躍を続ける内田恭子さんによる「マインドフルネス」エッセイを連載中。
コロナ禍でマインドフルネスに出会い、その魅力を伝えたいと、2023年にマインドフルネストレーナーとしての活動をスタートした内田さん。暮らしにマインドフルネスを取り入れて、いつも頑張る頭や心、そして体を少し休めたい。そんな方たちに、連載を通じて、役立つ気軽なスキルをお届けします。
今回は連載第2回をWEB特別版として公開します。
#2 五感のスイッチ
毎日よく通る道。ある日気づくと、今まであったお店がなくなっていた。「あれ? いつも見ていたはずなのに、ここに建っていたお店なんだったっけ?」。そんな経験ありませんか? 目の前にいる人と会話をしている最中にも、「今日の夜ご飯どうしようかな」「明日もお弁当だったな」「帰りにスーパー寄らなきゃ」なんて、頭の中で別のことを考えているときありますよね。
こういった脳の状態を、心理学的には「*doing モード」といいます。このモードのとき、人は無意識に日常の行動をとっています。日々の大半、私たちは何か目的に向かって行動していますよね。ご飯を食べるために料理をしたり、外出するために着替えたり。こういった行動はいちいち考えなくても体が勝手に動いてくれます。だから歩きながら、周りを見ずに時間や目的地のことを気にしたり、会話をしながらその後のことを考えたりすることができるわけです。最近“ながら〇〇”なんて言葉をよく聞きますね。それもまさにdoingモード。マルチタスクを効率よくこなすためのモードともいえます。
doingモードのいいところは思考が自動で働いてくれるところ。パソコンを開いてパスワードを入れるとき、歯を磨くとき、手が勝手に動いてくれる。歌の歌詞を改めて考えると思い出せないのに、なにげなく歌っているとスルッと出てくる。アイデアが降りてきやすいのもこのモードのときです。けれども脳って賢いなあ、なんて感心している場合ではありません。このdoingモードにはデメリットもあるんです。
たとえば、思考が自動で動いているので、気がつかないままネガティブ思考のループにはまるなんてことも。もんもんと嫌なことばかりを考え続けてしまうこと、誰にでもありますよね。そしてそんなとき、脳はアイドリング状態にあるので、エネルギーが使われ続け、脳疲労にもつながってしまうのです。
このdoingモードと真逆にあるのが「*being モード」。目の前で起こっていることだけに集中しているモードです。マインドフルネスでは、この“今この瞬間に注意を向ける”ということを大切にしています。ながらの行為ではないので、余計な思考や感情を挟まず、客観的に物事を見ることができ、ふだん見過ごしてしまっている些細(ささい)なことにも気づけるようになります。耳を澄ませてみると、ふだんは聞こえない時計の秒針の音が聞こえてきたり、夕暮れの空を見上げていると、刻一刻とかわっていく空の色に気がついたり。そういったことを意識して周りを見ると、ふだん私たちはなんて多くのものを見逃しているんだろう、とびっくりしてしまいますよね。
しかもこのbeingモード、doingモードのときよりも消費する脳のエネルギーが少ないので、脳の休息にもなります。目の前のことに集中すると余計に脳が疲れてしまいそうですが、実は反対に休めることができるんですね。マインドフルネスでは、2つのモードを上手にコントロールしていくことを学んでいきます。
この2つのモード、日常の中であることに気づくだけで切り替えられます。そのスイッチボタンが、五感です。たとえば、朝コーヒーを飲むときにカップの温かさで手がじんわりと温かくなるのを感じたり、香りに集中してみたり、口の中にコーヒーの苦さや香ばしさが広がっていくのをゆっくりと意識してみたり……。ちなみに私は、朝起きてすぐに部屋の窓を開けるのですが、そのときに頭だけ外に突き出してしばらく外の空気を頭全体で感じています。見た目は変ですけど(笑)。1日のスタートをbeingモードで始めることができます。
夜お風呂に入る際も、冷えた体がじわじわと温かいお湯で包み込まれていく感覚を全身で味わう。温まった体でそのままベッドに入り、今度はシーツのひんやりとした感触を肌で感じてみる。人間は目の前にある1点のことに集中しているときは、あまり思考は働きません。本当に些細なことですが、その瞬間瞬間の五感に意識を向けてみるだけで、脳のモードは切り替わるのです。人間の体ってすごい!
私のマインドフルネスクラスの生徒さんもそれぞれのbeingモードを見つけているようです。洗濯物を畳むとき、シャンプーをしているとき、子どもと手をつないでいるとき……。やるべきことに追われているときは、2~3分間呼吸だけに意識を向けてみる、というのもいいかもしれません。余裕のないときほど、だまされたと思ってやってみてください。数分後には、ぐるぐるしていた気持ちも頭もなんだか落ち着いている、と実感できるはずです。みなさんもどうぞご自分の生活の中で、ご自分だけのbeingモードの時間を見つけてみてくださいね。
(用語解説)
doingモードとbeingモード
doing(すること)モードは自動操縦モードともいう。食べる、歩くなどの日常の動作を意識せず自動的に行っている状態をさす。being(あること)モードは、先々の達成や解決を目指さず、ただ、今この瞬間だけに意識を向けている状態をさす。
◆トップ写真・プロフィール写真提供/内田恭子
◆バナーイラスト/山本祐布子
プロフィール
内田恭子(うちだ・きょうこ)
フリーアナウンサー、マインドフルネストレーナー。慶應義塾大学を卒業後、フジテレビアナウンス室に入社。退職後、フリーアナウンサーとして活躍するかたわら、マインドフルネスに出会う。ヨーロッパ最古のマインドフルネスセンターであり国際基準となっているIMA(Institute for Mindfulness-Based Approaches)認定MBSR・MBCT-L(Mindfulness-Based Cognitive Therapy for Life)講師。日本マインドフルネス学会正会員。
内田さんが主宰する「kikimindfulness」
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