コラム【本州湾岸を反時計に一周】038 IRいしかわ鉄道⑥ 2024年8月27日
※2024年8月27日撮影
トップ画像、IRいしかわ鉄道福井行は小松駅上りホームに到着します。
島式ホームの3番線です。
※2024年8月27日撮影
駅名標、また流し撮りに失敗しています。やれやれ。
※2024年8月27日撮影
明治時代に開業した駅です。筆者も1985年(昭和60年)小松空港からバスで移動してこの駅から、当時は旧国鉄輪島駅まで行くコトができました。七尾駅から輪島駅までノンビリした長閑な車窓だったことを覚えています。
小松駅を出発して高架線から地上に下りて、下り列車とすれ違いました。初めてハピラインふくい車両です。同じ521系交直電車です。
※2024年8月27日撮影
粟津駅の予告票。
※2024年8月27日撮影
島式ホーム2面4線、構内の大きな駅です。
※2024年8月27日撮影
小松駅からは、5.8kmありました。島式ホームの1番線に入ります。
※2024年8月27日撮影
長大なホーム全体が使われています。
※2024年8月27日撮影
駅名標。流し撮りですが、撮影している筆写が写り込んでいます。
※2024年8月27日撮影
明治年間に開業しました。開業時の木造駅舎が使われています。筆者的には写真を撮りたいのですが、改めて機会を作りたいと思います。跨線橋はなく、ホームと駅舎は地下道で連絡しています。
粟津駅を出ると田園が広がるエリアになりました。この白煙は何でしょうか?
※2024年8月27日撮影
動橋(いぶりはし)駅の予告票。古語「いぶる(揺する:動詞)」からの地名が駅名です。
※2024年8月27日撮影
道橋川を渡ると駅です。
※2024年8月27日撮影
駅舎のある上り単式ホームと島式ホームが跨線橋で結ばれています。
※2024年8月27日撮影
かつて特急列車が停車した時代の長いホームです。使われているのは中央の部分。
※2024年8月27日撮影
駅名標、流し撮りがなかなか上手くゆきません。
※2024年8月27日撮影
上りホーム側に木造駅舎があります。明治時代に開業した歴史の長い駅です。
動橋駅を出ると西日が真正面にきました。前面ウィンドウの汚れにピントがあってしまいます。
※2024年8月27日撮影
ようやくピントのあった1枚。加賀温泉駅北側に立つ73mの加賀大観音が見えます。
※2024年8月27日撮影
しかしピントが手前に合ってしまう症状が続きます。加賀温泉駅の予告票もピンボケ。
※2024年8月27日撮影
加賀温泉駅についてやっとピントのあった1枚。島式ホームの2番線に入ります。道橋駅からは、3.2kmでした。
※2024年8月27日撮影
駅名標。
※2024年8月27日撮影
北陸新幹線との連絡駅です。駅は、太平洋戦争末期に開業。1970年代に片山津温泉(道橋駅)山中温泉、山代温泉など加賀の温泉地へ向かう玄関口として特急列車が停車する駅になりました。その時に駅名も加賀温泉と改称されました。加賀温泉という温泉はありません。
西日の正面ではなくなり、ピントが合うようになりました。石川県内最後の駅大聖寺駅の予告票です。
※2024年8月27日撮影
島式ホームと右に駅舎のある単式ホームがあります。
※2024年8月27日撮影
島式ホームの3番線に入ります。左の三角が並ぶ屋根は大きな工場の様です。
※2024年8月27日撮影
側線があります。
※2024年8月27日撮影
駅名標。石川県の駅ですが、IRいしかわ鉄道とハピラインふくいの境界駅になっています。加賀温泉側にIRいしかわ鉄道のロゴマーク、牛ノ谷駅側にはハピラインふくいのロゴマークがあります。
※2024年8月27日撮影
次回からは、ハピラインふくい線になります。
(文・写真) 住田至朗
※IRいしかわ鉄道の許可をいただいて撮影しています。
※過去の写真はライター住田がプライベートで旅をした時のスナップ写真です。
※『JR路線大全 北陸・信越本線』(天夢人/2023)『国鉄の基礎知識』(創元社/2011)『停留場変遷大事典』(JTB/1998)『JR全駅・全車両基地』(週間朝日百科/60巻)他を参照しています。