濱田金吾「ミッドナイト・クルージン」シティポップのリバイバルで再発見された80年代名盤
「真夜中のドア 〜stay with me」は歌謡曲?
シティポップ・リバイバルに至るまでの長い期間、シティポップのファンがいかに辛く淋しい思いをしてきたか。先日、ジャンク フジヤマ氏への取材の中でそんな言葉を交わしていたら、当時の記憶がいろいろと蘇ってきた。
達郎にまりや、美奈子にユーミン、そしてター坊(大貫妙子)…。リリース当時を知らない後追いのファンである筆者(1987年生まれ)が、アーティストをあだ名で呼びたくなるくらいシティポップにのめり込んでいたころ。それは、日本の洗練されたポップスが、海外の音楽好き(または音楽オタク)から評価され始めたことをインターネットを通じて知るようになった、2010年代のことだ。
後にリバイバルが本格化していくと、少し様子が変わってきた。自分が “いわゆるシティポップ” だと思っていたものとは違うレコードにもシティポップの新しいタグが付けられ、再評価されるようになっていったのだ。その代表的な曲が松原みきの「真夜中のドア〜stay with me」。リバイバルによって歴史は上書きされていくのかもしれないが、リバイバル以前の筆者の感覚でいえば… この曲は歌謡曲だった。
同じように、林哲司が作曲とプロデュースを務めた菊池桃子の一連の楽曲にしても、当時の認識としてはあくまで “シティポップ風のアイドル歌謡” であり、オメガトライブに至ってはヒット曲を出してテレビの歌番組に出演していただけで一段低く見られていた気がする。今にして思えばまったく了見の狭すぎる世界だ。しかし、シティポップ・リバイバルで再評価される作品の範疇が広がることによって、そこから教えられることも増えていく。
1982年にリリースされた濱田金吾の代表作「ミッドナイト・クルージン」
フォークグループのクラフトに参加し、解散後にソロデビューしたシンガーソングライター、濱田金吾の作品群がまさにそうだった。今聴くと “シティポップそのもの” という感じがするが、なぜ以前はそれほどの評価になっていなかったのかが不思議に思えてならない。そこで思うことは、ジャンク フジヤマ氏と話すなかで大いに頷けるところのあった “反骨心のあるシティポップ” という概念だ。
様々なタイプの歌詞が書ける職業作詞家を起用することなく、自分だけの世界を作り上げようとするアーティストには1970年代らしいストイックさがある一方、1980年代には俳優が役を演じるように多彩なシチュエーションをロマンティックに歌い上げるアーティストが増えていったように思う。濱田金吾の代表作『ミッドナイト・クルージン』がリリースされた1982年は、シティポップの世代も “1970年代型” から “1980年代型" へと変わっていった時期だったのではないだろうか。
洗練されていくサウンドはもとより、歌詞の世界も時代に合わせてトレンディーになり、身のこなしの華麗さも作品を輝かせていく。そこにはもはや1970年代の重い影を引きずった反骨心はない。シティポップ・リバイバルによって光の当たった作品が、70年代の作品より80年代のほうが圧倒的に多かったのは、リバイバルによってシティポップというジャンルの再定義がなされたことはもちろん、1980年代という時代と文化そのものが見直された側面も大きかっただろう。
再評価を決定的なものにした「街のドルフィン」
アルバムの冒頭を飾る「抱かれに来た女」のイントロで印象的なコルネット(トランペットと似ているが音色が少し違う)を吹いているのは数原晋。『金曜ロードショー』のテーマ曲「フライデーナイト・ファンタジー」を吹いている人といえばピンと来るかもしれない。そして、そのサウンドはテレビの歌謡番組でも映えそうなくらい、キャッチーでポテンシャルを秘めているのがまた心憎い。そう、何よりも時代や大衆的な感覚に寄り添うような色気が1980年代型の特徴だろう。
本作で起用された作詞家は、康珍化、小林和子、来生えつこ、及川恒平の4人。自らも歌手であり、フォークグループ 六文銭のメンバーでもある及川には1970年代のイメージを感じるが、だからといってこのアルバムに古くささはまったくない。そして、及川が作詞で参加した「街のドルフィン」が本作の再評価を決定的なものにする。
竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」が “Future Funk” と呼ばれるプライベートなリミックスによって世界的なバズを引き起こしたのと同じように、この「街のドルフィン」もEngelwoodというアーティストによってサンプリングされ「Crystal Dolphin」というタイトルに改題される。2017年のアニメ映画『夜明けを告げるルーのうた』の一場面と(もちろん無断で)合わせた動画がミーム(SNSや動画サイトで次々に改変・引用を繰り返しながら親しまれる現象)となり、その元ネタが収録されている本作も世界的に注目を集めることになったのだ。
何度もアナログレコードで再プレスされる “シティポップの名盤”
2022年にケイト・ブッシュの「神秘の丘」(1985年)が、ドラマ『ストレンジャー・シングス』の劇中歌に使用されたことで、シングルチャートのトップまで駆け上がったり、つい先日も、引退していたはずのコニー・フランシスが87歳でTikTokの公式アカウントを開設して、代表曲「可愛いベイビー」のバイラルヒットに対する感謝のメッセージを発信したりと、とんでもない時代になっている。
シティポップの再定義と、予想もできないネット文化の展開によって、リリースから40年近くが経って『ミッドナイト・クルージン』は大貫妙子の『サンシャワー』と並び、何度もアナログレコードで再プレスされる “シティポップの名盤” の地位を得た。願わくは、1980年代型の路線を引き継いだ次作の『マグショット』や、ニューヨークで録音されたファーストアルバム『マンハッタン・イン・ザ・レイン』など、他の作品にもスポットが当たってほしい。クラフト時代から一貫してスタイルが変わらない、彼の作家性の再評価を乞う。