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英国ロイヤル・オペラまもなく開幕! パッパーノ(指揮)の最終公演は『リゴレット』『トゥーランドット』で集大成を披露/来日会見レポート

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英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演来日会見(左から)ハヴィエル・カマレナ、ネイディーン・シエラ、アントニオ・パッパーノ、マサバネ・セシリア・ラングワナシャ、ブライアン・ジェイド、オリヴァー・ミアーズ

世界五大劇場に称される英国ロイヤル・オペラ(ROH)が、5年ぶりの来日を果たす。ROHを2002年の音楽監督就任以来率いてきたのは指揮者のアントニオ・パッパーノ。この日本公演が音楽監督としての最後の公演になる。22年間の締めくくりとして選んだのはヴェルディ作曲『リゴレット』(6月22日、25日:神奈川県民ホール/6月28日、30日:NHKホール)と、プッチーニ作曲『トゥーランドット』(6月23日、26日、29日、7月2日:東京文化会館)だ。

『リゴレット』は2021/22シーズンで好評だったオリヴァー・ミアーズの新演出で日本初演となる。『トゥーランドット』は、ROHのなかでも度々再演された人気の演出だ。そして、キャスト陣は欧米の劇場で活躍する若手たち。6月18日に行われた記者会見では、パッパーノ、ミアーズそして、ハヴィエル・カマレナ(マントヴァ公爵)、ネイディーン・シエラ(ジルダ)、ブライアン・ジェイド(カラフ)、マサバネ・セシリア・ラングワナシャ(リュー)が出席し、来日公演の意気込みを語った。

オリヴァー・ミアーズ(演出)

オリヴァー・ミアーズ

「ROHの偉大な歌手たち、最高のオーケストラ、そして最高のマエストロと共にするこのツアーで、私が演出を手掛けた『リゴレット』で参加できることをうれしく思っています。

『トゥーランドット』は、ROHにおいて最も古い演目の一つ。その物語性は言うまでもなく皆さんを魅了し、さらに長きにわたり愛される*セットや衣装、振り付けをご覧いただけて大変光栄です。私たちにとってこの日本公演は、パッパーノ氏との最終公演。名残惜しいですが、最後の公演を日本の皆さまに楽しんでいただけたらうれしいです」

(*1984年初演、1986年の日本公演でも上演されたアンドレイ・セルバン演出。40年の間に何度かアップデートが重ねられている)

アントニオ・パッパーノ(指揮)

アントニオ・パッパーノ

「私の4度目のROH来日公演となりました。2つの作品の魅力をお伝えしましょう。まず『リゴレット』は“完璧なオペラ”。ヴィクトル・ユゴーが原作ですが、シェイクスピアを彷彿とさせるようなストーリーの構造、物語性、斬新さを持ち合わせた最高の作品です。

それと組み合わせる『トゥーランドット』は、オラトリオのような、いわゆる儀礼的な舞踊も含みつつ、プッチーニがストラヴィンスキー、バルトーク、R.シュトラウス、シマノフスキーなどの影響を消化させ、想像上のアジアを舞台に描かれた特別な作品です。私はもともと、この作品をあまり魅力的だとは思っていませんでした。物語性もいまいちで、『ラ・ボエーム』のようなロマンチックな場面もない。しかし、レコーディングについでROHで初めて振ったときに、その思い違いに気づき、他のオペラ作品とはまったく異なる魅力を見出しました。オーケストラ、合唱が繰り広げる特別で壮大な音の世界なのです。
最高の2作品を、私の家族(ROH)と共に、日本の皆さんとお届けできることをうれしく思います」

ハヴィエル・カマレナ(マントヴァ公爵)

ハヴィエル・カマレナ

「テノールにとってそう多くない悪役を楽しみたいと思っています。特に、オリヴァーさんの役の解釈や、マエストロのリゴレットに対する考え方に賛同しているだけに、やりがいも感じています。

過去に偉大なテノールたちが歌ってきたこの役。声だけでなく役作りにおいての独自のアプローチを皆さんにぜひ見ていただきたいです」

ネイディーン・シエラ(ジルダ)

ネイディーン・シエラ

「マエストロとの初共演作品がこの『リゴレット』。14歳のときに児童合唱団の一員として出合ったオペラの世界において、ジルダは私のキャリアにとってとても大切な役となりました。そして、希望、喜び、何よりも勇気を与えてくれます。すばらしい演出と、深い造詣をもったマエストロと共に演じられることを楽しみにしています」

マサバネ・セシリア・ラングワナシャ(リュー)

マサバネ・セシリア・ラングワナシャ

「リューは私がプロ歌手として初めて歌った役です。ロイヤル・オペラハウスのジェット・パーカー ヤングアーティストプログラムのなかで、マエストロから「リューをレパートリーとして学ぶべき」と言われ、このステージにつながりました。先日はワシントン・ナショナル・オペラでも歌ってきました。
リューは私にとって特別な役ですし、3つアリアは美しく、皆さんの心に残るでしょう。ステージは、立っている私たちでさえ、美しくて信じられないと思うほど。最高の舞台を皆さんに楽しんでいただきたいです」

ブライアン・ジェイド(カラフ)

ブライアン・ジェイド

「カラフはテノールにとって大役の一つ。名アリア《Nessun dorma》の存在はもちろん、カラフが勝利を収めることを確信した、自信にあふれたキャラクターゆえに、全幕を全力で演じなければならない役でもあります。
共演者は皆すばらしい歌い手ばかり。一緒にステージに立つことが今から楽しみです」

質疑応答では、パッパーノの音楽監督在籍22年への思い、ROHの魅力、役の解釈についてといった幅広い内容が交わされた。

——マエストロへ。音楽監督として勤めあげた22年間を振り返って、何を思われますか?

アントニオ・パッパーノ(指揮)

「時間の長さよりも、指揮者として質の高い経験が得られました。音楽監督は演目を劇場に提案することができたので、ワーグナー、プロコフィエフ、ベルク、プッチーニ、ジョルダーノ、シマノフスキー、ベルリオーズ……といったコントラストに富んだ作品に貪欲に取り組んできました。
そのなかで、私自身がなぜその作品を選んだのか、明確な作品解釈、オペラ・ハウスとしてだけでなく、“劇場”というものに対して確固とした考えを得られました。そしてすばらしい演出家、歌手たちとの濃密な共同作業の時間を得られました」

——ROHの魅力はなんでしょうか?

オリヴァー・ミアーズ(演出)

「世界屈指の劇場であると自負していますが、特別なのはロンドンという街にあるということ。ロンドンは劇場の街で、演劇、ダンスなども合わせると、数百にものぼる劇場があります。さきほど、マエストロも劇場人としての言葉をおっしゃっていましたが、“劇場の街”にある音楽、演劇、ダンスを包括する劇場であり、300年の歴史がある。そのうえ、戦後に国立化されたことで、年々加速するコスト高のなかでも「すべての人に芸術を届ける」という役割を果たし、最高のステージを届けているのが、ROHなのです」

ブライアン・ジェイド(カラフ)

「歌や演技に集中することができる、ケアの行き届いた劇場です。このような劇場はそう多くありません。これまでにROHで6演目に出演しましたが、戻ってくるたびに安心感があるのです」

——オペラファンの間では、ヒロインの死についてあれこれと意見がかわされます。特にリューとジルダはその筆頭にあがりますが、お二人はご自身の役について、どのような点が魅力だと感じていますか?

マサバネ・セシリア・ラングワナシャ(リュー)

「私は、リューは忠実な使用人であると考えています。そして常に愛する者、仕えるものが第一という考えをもっています。微笑みかけてくれたカラフに愛情を抱きますが、身分の違いのため心に秘めながらも強く思い続けています。しかし、そんなカラフがトゥーランドットを愛していると知ります。愛している者の命を守るために自らが犠牲になることに、彼女はなんのためらいもなかったでしょう。彼女の選択はまったく自然なことだったと思っています」

ネイディーン・シエラ(ジルダ)

「彼女が唯一受けていた教育というのは、教会でのキリスト教の教えだったのだと思います。だから自分自身をイエス・キリストと重ねるような部分があったのでしょう。他者の罪を背負ってその身を捧げて死ぬことをイエスの生涯のなかに見出したのです。
マントヴァ公爵のような自分を傷つけた悪い男に対しても、憎しみや悪意で報いるようなことはしたくない。さらには暗殺者、マッダレーナ、父親に対しても赦しを求めているのです。それはまさに、キリストが自分の命をもって他者の魂を救ったことと重なるものがあると私は思います。
ジルダは死ぬときに、父親に「彼を赦して」あげてと求めます。すべてを赦して、その赦しのなかでまっすぐに生きてほしいと願うのです。だから私はリゴレットが娘を亡くしたあとに、他者を赦しながら良い人生を送ってくれたのだったらよかったのではないかと思います。
『身代わりになって死ぬなんて、ジルダはお馬鹿さんなんじゃないの?』という人たちがいますが、私はけっしてそうは思いません。オペラのなかでは多くの人が死に、それが観客の魂をうち、人の心に残ります。大きな喪失をもたらす“悲劇”というものは人の心に強い印象を残すのです。ただすごい歌を聴いたとか、すごいステージを観たということではなく、そこから何か学ぶものがあるかどうかが大事なのだと思います。
そして、人々が政治や情勢といったことを超え、物語を自分の人生に投影したり、心打つ悲劇を自分の糧にできる、そういった力をオペラはもっているのです。だから、オペラは私にとってとても大切なものなのです」


——シエラさんのその素晴らしい解釈は、ミアーズさんとも共有されているのでしょうか?

ネイディーン・シエラ(ジルダ)

「はい。私の解釈に彼は賛同してくれました。昨今のオペラ演出において、今の時代にそぐわないことを理由に、オリジナルの意図を無視する傾向があります。しかし、私たちは作品が書かれたときに根本にあった意図を明確に表現することも大切でないかと考えています。この作品の場合は、ジルダの信仰心について言えるでしょう。もちろん同じ信仰をもっていない方もいると思いますが、そういった方々に無理に合わせる必要はないと思います。また、信仰というものは自分のなかで自由に抱けるものでもあります。歴史が私たちを無視できないように、オペラのもつ背景を私たちは無視できないのです」

キャスト、スタッフ一丸となって挑む、パッパーノ指揮ROH最後の舞台。その強い意気込みが感じられる記者会見となった。

なお、トゥーランドット役を予定していたソンドラ・ラドヴァノフスキーが副鼻腔炎と中耳炎のため降板。代わりにパッパーノ推薦のマイダ・フンデリングに変更されることが発表された。フンデリングは2026年にROHで同役を演じることが予定されている。

取材・文・撮影:東ゆか

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