生きた化石<シーラカンス>の不思議な生態 他の魚とは全く違う身体構造とは?
「生きた化石」と呼ばれるシーラカンス。その姿は、恐竜が地上を闊歩していた太古の時代とほとんど変わらないといわれます。
現代に生きる私たちがその体の仕組みをのぞくと、普通の魚とはまるで違う不思議な構造が見えてきます。
シーラカンスの身体の仕組み
シーラカンスについて、まず注目すべきはその骨格です。多くの魚は硬い骨で体を支えていますが、シーラカンスの骨格は軟骨が主体となっており、部分的に骨化した部位も混在しています。
成長しても骨化がさほど進まない部位が多く、全体として「軟骨が多い骨格」とされます。サメやエイのような、軟骨魚類と似た点もありますが、シーラカンスは軟骨魚類ではありません。
体表は非常に硬い鱗で覆われ、この鱗が体を補強し、保護していると考えられています。また、シーラカンスの鱗には、微細な「歯状突起(オドントード)」と呼ばれる構造が見られ、古代魚類らしい特徴のひとつです。
そのため、シーラカンスは比喩的に「魚類と四肢動物の中間にいるような存在」と表現されることがあります。
シーラカンスはヒレの構造が独特
次に、シーラカンスを象徴するのが独特なヒレの構造です。背ビレ、胸ビレ、腹ビレ、肛ビレ、尾ビレなどを合わせて8枚のヒレを持ちます。
胸ビレと腹ビレは「肉鰭(にくき)」と呼ばれ、内部には骨格と筋肉があります。金沢工業大学などの研究では、これらのヒレに 人間の腕の筋肉原型に相当する「拮抗筋(一関節筋・二関節筋)」があることが明らかになっています。
シーラカンスはこの「肉鰭」を使い、左右のヒレを交互に動かす泳ぎ方をすることが観察されており、 四肢動物の歩行の動きに似た印象を与えます。
腹腔内に退化した肺が残る
さらに不思議なのが、浮袋の構造です。
一般的な魚の浮袋はガスをためて浮力を調整しますが、シーラカンスの浮袋はガスを保持する能力が退化しており、内部は脂肪や結合組織を主体としています。
石灰質の膜で覆われており、まるで硬い袋のような構造です。この脂肪主体の浮袋は、深海の高圧下でもつぶれにくく、浮力を安定させるのに役立っていると考えられています。
シーラカンスは鰓呼吸を行う魚類ですが、近年の CT解析により、腹腔内に退化した肺が残存していることも明らかになりました。
これは進化の過程でかつて肺を持っていた名残で、現在の成体では呼吸機能はありませんが、両生類や四肢動物との共通祖先を示す重要な証拠とされています。
脊椎動物の祖先が持っていた構造の名残?
また、脊柱(せきちゅう)もユニークな構造をしています。シーラカンスは背骨を持っていますが、脊柱の骨化は不完全で、中心部は空洞になっています。
その内部には脂質を含む組織が詰まっており、これは脊椎動物の祖先が持っていた原始的な構造の名残と考えられています。
つまり、シーラカンスは進化の途中で失われた古代魚の特徴を、現代まである程度残しているのです。体重が80キロに達する個体でも、脳は相対的に小さく、これも古代魚に共通する特徴のひとつとされています。
シーラカンスの繁殖
では、この「古代の生き残り」は、どのように次の世代へ命をつないでいるのでしょうか。
シーラカンスの繁殖方法もまた、謎と驚きに満ちています。多くの魚類は体外で受精を行う卵生の繁殖方法ですが、卵は捕食されやすいため大量に産む必要があります。
シーラカンスは長年、卵を産む魚だと思われてきましたが、化石や現存種の解剖から卵胎生であることが明らかになっています。
メスは直径10センチほどの卵を20~30個体内で孵化させて、約30センチに成長した仔魚を産むのです。
妊娠期間はおよそ1年半から3年と、魚類としては非常に長く、いちどに産む仔魚も少ないため、繁殖サイクルは非常にゆっくりしています。
深海という安定した環境で外敵も少ないことから、シーラカンスは少数でも確実に生き延びることを重視する K戦略(生物が子孫の数を少なくする繁殖戦略)のような繁殖をとっていると考えられます。
しかし、オスの生殖器や交尾の詳細についてはまだ解明されておらず、研究が続けられています。
古代魚シーラカンスの本当の姿
シーラカンスの特徴ひとつひとつが、現代の魚とはまったく違う進化をたどってきた証といえます。
軟骨主体の骨格、脂肪で満たされた浮袋、空洞の脊柱、肉鰭の独特な動き、そして胎生による命の継承。
シーラカンスは、地球の歴史の中で変化を重ねながらも、自らの古代からの姿をそのまま保ってきた生き物といえます。
(サカナトライター:こやまゆう)
参考文献
公益財団法人かずさDNA研究所-かずさDNA研究所ニュースレター 第53号
TECK+-シーラカンスの胸ビレから人間の腕の筋肉の原型を発見 – 金沢工大など
標本ナビ-2009 33回企画展 「シーラカンスの謎に迫る -ブラジルの化石と大陸移動の証人たち-」 レポート開催期間:2009年7月11日~8月30日開催場所:群馬県立自然史博物館