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橋本 愛インタビュー~日本初演オペラ、シャリーノ作曲『ローエングリン』で狂気と音の世界に挑む

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橋本 愛

神奈川県民ホール開館50周年記念オペラシリーズVol.2として、サルヴァトーレ・シャリーノ作曲『ローエングリン』が2024年10月5日(土)~6日(日)、神奈川県民ホール 大ホールで上演される。

本作は、19世紀フランスの詩人・作家ジュール・ラフォルグによって書かれた、ワーグナー「ローエングリン」のパロディ小説から着想を得ている。登場人物はエルザただ一人。動物のような声や、断片的な言葉を発し、一聴すると、大まかな指定のもと即興的に行われるものなのかと思いきや、発声する音程や拍は楽譜に厳密に指示されているという。今回の日本初演で、この難解な役に取り組むのが俳優の橋本愛。初めてのオペラへの挑戦と、エルザへの想いを語ってもらった。

(c)Toru Hiraiwa



■『ローエングリン』音作りの挑戦

——とても複雑な譜面です。初めてご覧になったときの印象は?

指揮者の杉山洋一さんから「普段からオペラに携わっている人たちにとっても、本当に難しい作品で、大変な譜面だ」というお話をうかがっていたので、「こういうことか」と納得しました。

オペラは私の主たるフィールドではありませんが、今回お声がけいただいたことは私に可能性を見出してくださっているということ。それが心強く、「やってみよう」と思いました。でも、徐々に本当の恐ろしさに気づき始めたというか、とんでもないものに出合ってしまったというか(笑)。

——実際に取り組んでみて、どんな点に苦労されましたか。

普段のお芝居のセリフは集中すれば1日ぐらいで覚えられるのですが、今回は言葉ではないのでなかなか覚えられなくて、本当に何回も何回も繰り返して覚えていきました。今までにないことだったので、「本当にできるのだろうか……」という恐ろしさがありましたね。私はいつも台本を写真のように覚えるんです。『ローエングリン』の譜面も、次第に1枚ずつ、アルバムのようにインプットされてきたところで「できる!」という自信や安心感が生まれました。

——『ローエングリン』の第一印象はいかがでしたか。

公演の音源を聴いたときは、どこか狂気に満ちた音楽に、体がゾクゾクしました。エルザの出す音についても「この音も人間の体から出ている音なんだ」という驚きがありました。

私はもともと動物の鳴き声や、何かの音をコピーして出してみることが好きなんです。だから今回、今まで出したことのない音や声が出せるという楽しみがありました。自分の表現の可能性を知ることができる滅多にない機会だとも思いましたし、難しければ難しいほど燃えるんですよね! 「どう作り上げていこう」というワクワク感がありました。

——エルザは鳥や獣の声を発しますが、どのように音を作っていかれましたか。

最初は聴いた音と楽譜を照らし合わせていきました。そして真似してみる。音源の声色に近い音を自分で出そうと試みて、次に自分の体特有の音が出てきたらそれを定着させていきました。

——どういった音を出すのが難しかったですか。

出だしの獣の声からすごく難しくて、最初は「ホホホホホ」と息を吐いているだけの音になってしまったので、もっと内臓から出ているような迫力ある音を目指しました。他にも、鳩のように聞こえる声は、「ウ」や「オ」といった文字にならない音になるように、できるようになったら自分の体に定着させていく、ということを繰り返しました。

(c)Toru Hiraiwa



■“聞こえすぎてしまう”エルザ

——エルザの役柄についてはどのように捉えていらっしゃいますか。

これからもっと掘り下げていきますが、底がなく、どこまでも追求できる役だと思っています。とくに強く感じているのは、エルザが“聞こえすぎてしまう”こと。それはもしかしたら“聞こえないこと”​にも繋がっているかもしれません。距離や大きさ関係なく、すべての音が同じ質量で入ってきてしまうことが、彼女の狂気として表れているんだと思います​。

通常は、近い音ははっきりと聞こえ、不必要な音は無意識に排除します。しかしエルザは、この世のすべての音を過剰に聞き取ってしまい、その結果、どこか狂ってしまった、壊れてしまったことを表現できたらと思っています。彼女は口からさまざまな音を発する一方で、同時に多くの音を聞き取っているという状態を表現したいです。

——「聞こえすぎてしまうエルザ」という解釈は、なにがヒントになっているのでしょうか。

声のディレクションをしてくださっている演出の山崎阿弥さんが、ものすごく聞こえすぎる人なのではないかと私は感じているんです。実際に、いろいろな音が聞こえていらっしゃるし、聞こえるはずのない厚い壁で遮断された隣の部屋の音も聞こえているのではないかって。山崎さんの感受性にまで到達できないにしても、そういう感覚をもっているつもりでエルザを演じたいです。

それに、エルザが動物や自分の周りの世界の音を、なぜ自分の口で発しているのかというところに、狂気のまなざしがある気がしています。そう考えると、やっぱりもう外の世界と一体化してしまっているんだと。それが狂気だと捉えられるのではないかと思ったんです。

——一体なぜそんな敏感な感覚をエルザはもってしまったのでしょうか。

これは私の解釈ですが、作品の最後でエルザのいる場所が精神病棟のような場所だったことが明らかになります。エルザはもしかしたら何十年と、そこにたった一人で閉じ込められているのかもしれないと考えたら狂うしかないだろうし、エルザが巫女であることや、群衆に裁かれるシーンなどの全ての背景を考えたら、どこかが壊れないと、狂わないと生きられないところにまで追い込まれてしまっているのではないかと想像しています。

(c)Toru Hiraiwa



■あの世とこの世の狭間にあるエルザの歌

——エルザはずっと人ではないものの声や音を出したり、おおまかな音程が指示された言葉を発していますが、最後の最後に歌を歌います。この歌についてはどのように捉えられていますか。

何度聴いても歌っても、心にズーンと響く、ものすごい歌です。楽譜には「子供のように、ぼんやりとした」というような指示が書いてあるので、激情するような歌ではありませんが、初めて聴いたときに、希望を感じたんです。でも作曲のシャリーノさんは、「完全なる悲劇だ」とおっしゃられています。

どんな意味があるのか、私なりに考えていることは、エルザにとってあの歌は、あの世とこの世の狭間のような存在で、歌い終わった後にエルザはあの世に行くんじゃないか。これは私の解釈というよりは、“体感”なのですが、そういった狭間の、光に満ちた空間のようなものを感じています。この歌を歌うことでエルザがこの世の苦しみから解放されると考えたら、それはある種の希望だともいえますが、そうでしか解放されないのは、それ自体がもう悲劇なんじゃないでしょうか。エルザが望むように生きられなかった姿を象徴しているようで、心に訴えかけるものがあると今、感じています

——公演まで1ヶ月を切りました。さらにどのようなことを深めていかれたいですか?

杉山さんは「オーケストラをエルザの“器官”だと思ってほしい」とおっしゃっていました。きっと、エルザが演じている物語の伴奏なのではなく、音楽がエルザそのものなんだと。エルザの外の世界でもあり、エルザの内側の世界でもあるという、エルザと一体化した存在であってほしいということなのかなと私は受け取りました。そういう自分の輪郭や境界線が溶けて外と繋がり合うような、これまでしたことのない表現ができたらいいなと思っています。

今まではひたすら音を覚える日々でしたが、これからは身体表現も声の表現もどんどん研ぎ澄ましていく期間になるので、さらに新たな発見もあると思います。観客の皆さんに与えるのは現実的な感動であってはいけない、そして私自身もどこか別の次元、別の世界に到達しなければいけないと思っています。そういった“狭間”のような、現実とは少しかけ離れたところにたどり着くための準備をしていきたいです。

(c)Toru Hiraiwa

取材・文=東ゆか

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