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庶民は食べられなくなる? 高級化する利尻昆布やエゾバフンウニ。漁業バブルに沸く利尻島で起こっていること

新しい働き方メディア

一次産業は過酷なだけで儲からないと言われてきました。しかし最果ての地・利尻島は今、漁業バブルが訪れているといいます。漁師は本当に儲かるのでしょうか。利尻島の漁師、小坂善一さん(47歳)に聞きました。

利尻漁業はバブル

利尻昆布を食べて育ったエゾバフンウニ

利尻といえば利尻昆布、エゾバフンウニ、ホタテ、ナマコなどの高級海産物の水揚げで有名です。利尻昆布を食べて育ったエゾバフンウニは漁の期間も厳しく制限され、1年のうち2ヶ月しか収穫されない貴重食材。その日の水揚げにもよりますが、1キロ5万円程度の値がつきます。

漁師の仕事はきつい印象ですが、これらの背景もあり「漁師になりたい」という人も増えています。漁師の年収といえば、マグロ漁船に代表される遠洋漁業やカツオの1本釣りをイメージするかもしれません

ネットで「漁師 年収」と調べると、「マグロ △△△万円」「シラス △△△万円」などと出てきます。しかし、漁師はいくつもの漁を掛け持ちしています。

利尻の場合、夏は利尻昆布、ウニ。秋からはアワビ、ナマコといった具合に年間を通して漁を行います。

証券マンから漁師に転職

利尻島で20年間、漁師を営む小坂善一さん(47歳)は、利尻でもトップクラスの水揚げを誇ります。しかし漁師としては遅咲きでした。一次産業の生活スタイルを子どもの頃から肌で感じてきた小坂さんは、漁師の家の長男として生まれるも、大学卒業後、証券会社に就職。

「自然が相手なので、夏休みに家族で旅行の計画が立てられないんです。休みの日でも、天気がよければ船を出す。今の時代には合わないんじゃないかなって、生意気ながらも若い時は思いました。自分にはできない」

都会への憧れもあり、札幌で証券マンとしてスタートを切りました。しかし、交通事故で突然両親を失います。長男の自分が継ぐしかないと仕事を辞めて、利尻に戻ってきたのが26歳。そこから漁師としての人生が始まりますが、当然ながら順風満帆とはいきませんでした。

まずは仕事に慣れるだけで精一杯でした、加えて、当時は利尻の漁業は良くないときで、稼ぎも今より格段に悪かったといいます。

漁師は「獲ってなんぼ」の実力の世界

漁師になってから3年は地獄だったという小坂さん

一番大変だったのは、漁師特有の価値観やヒエラルキー。

「漁師の世界は“獲ってなんぼ”の世界なんです。どれだけ獲ったか、それが全てです。漁師のやりがいであり、誇りなんです」

実力はヒエラルキーにも直結します。海の環境や資源の保全について、どれだけ意見しても理屈が通らない。

「魚も獲れない若造の話なんて誰も聞いてくれないんですよ。高齢の漁師は過酷な時代を生きてきたから、個性も強い。3年くらいは本当に辛くて、辛くて。地獄でしたね。だから必死で漁師としての技術を高めました」

周りを納得できるように漁の実力をつけながら、漁協やその他の組合の役なども引く受けていったと言います。

漁師が死ぬまで漁にしがみつくわけ

小坂さんが、長年に渡り取り組んできたことの一つに、島外からの漁師の受け入れでした。しかし「一発、風穴を開けるのも大変でした」という。

アワビ、ナマコ、サザエ、昆布などは、漁業権を持つ漁師しか取れません。言い換えれば、漁業権は“特権”ともいえます。漁師の数が減れば自分の取り分は増えるというわけです。だから、一部の漁師には「よそ者を入れたくない」という考えが根強くあるという。

漁師が生涯現役である理由の一つには、この漁業権もあると小坂さんは指摘します。

例えば、「黒いダイヤ」を言われるナマコ。利尻のナマコ漁はけた網を船で引っ張る底引き網漁法(けた網漁法)というものです。

「ナマコは船を走らせるだけなんです。僕も漁業権が獲れた直後に、価格が4倍くらいに跳ね上がり、稼がせてもらいました。漁業権を持っていることはそれだけで特権です」

市町村納税ランキング4位

「でも、歴史を見ると、漁師でずっといい時代だったという話を聞いたことがない。今、猿払はホタテバブルで湧いています。でも50年ほど前はどうだったかと言うと、利尻の中でも最も貧しい村で、あそこには行くなって言われてたんです」

“日本一のホタテのまち”と称される猿払村は、2023年の全国市町村の所得ランキングで東京都の港区、千代田区、渋谷区についで4位。全国1741市町村の中で東京以外では1位ということになります。

確かに、小坂さんが漁師になった20年前と比べて、海産物の単価の上昇と比例して漁師の年収もアップしている。

半減する漁獲量

漁業権という特権、海産物単価の上昇といいことだらけのようですが、小坂さんは顔を曇らせます。

利尻の名産である利尻昆布やウニの水揚げ年々減少を続けています。北海道全体で見ても1990年以降、昆布の生産量は半減、天然昆布はほとんど獲れなくなってきています。

「北海道の真昆布はもう壊滅的です。利尻昆布もこの先、いつまで取れるかわからない。今年の天然昆布漁は1日でした」

ウニも同様で「利尻島 ウニっこ図鑑」 によると、昭和63年以降、約3分の1にまで減少(利尻町 まち産業推進課/利尻町ウニ種苗生産センター)。

背景には温暖化による海水温度の上昇や漁師の高齢化、人手不足が挙げられます。

「年々、漁獲量は減っていますが、単価が上がっているので相殺されています。でもこれもいつまで続くかはわからない。漁業だけでなくどんな業界でもずっといい時代が続くわけではない」

漁師の新しい挑戦―買い戻しで通販

昆布は水揚げ後、人の手で干して、さらに作業でハサミで切り出す。

小坂さんは歴史から学ぶことで未来に備えようと、新しい漁師の働き方に挑戦してきました。

漁業は、漁師が獲った海産物は漁業組合(以下、漁協)に納品する決まりになっている。しかし漁協から一部「買い戻し」ができる。以前は一緒くたになったもののなかから買い戻しをするしかなかったが、漁協と交渉を続け、今では自分で水揚げした海産物を買い戻せるようになりました。

小坂さんは株式会社膳を立ち上げ、オリジナルブランドの通販をスタート。「獲って終わりではなく、自分で育てた昆布、自分が獲ったウニを最高の状態で知ってもらいたい。漁師だってもっといろいろな働き方をしていいと思っています」

漁師の新しい挑戦−高級ヴィラ運営

利尻の漁師だからこそできることがある

そして昨年、利尻のパワースポット「神居岩(かむいいわ)」の横に海を見下ろす一棟貸しの高級ヴィラをオープン。こだわりの一つは食事。小坂さん自らが水揚げしたウニやアワビを提供する。ウニの保存には多くの場合ミョウバンが使用される。これがウニ独特のえぐみに繋がります。しかし、漁師の運営するヴィラの特権はミョウバンを使わない最高鮮度のウニが食べれること。もちろんたっぷりの利尻昆布で作った至高の味噌汁も。

利尻の敏腕漁師の新しい働き方は、ただ獲るだけではなく、漁師だからこそ可能な軸足をいくつも持つこと。通販やヴィラは海の恵みを伝えるためのチャンネル。

「昆布もウニも、この海のおかげです。僕らは獲らせてもらっているんです」

利尻の海を守り、利尻の良さを知ってもらうことが、小坂さんの次なる目的です。

「利尻神居(かむい)に誕生した高級ヴィラがヤバい」は関連記事から読めます。

写真/田部信子

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