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ジョンとヨーコの甘く切ないミルク・アンド・ハニー|ビートルズのことを考えない日は一にも日にもなかったVol.28

Dig-it[ディグ・イット]

ポールの『パイプス・オブ・ピース』以外にこれといった大きなニュースがなかった83年、音楽誌やファンクラブ会報から入って来るトピックも小ネタばかりで、現行音楽シーンからは完全にスルーされる状況になってしまった。ビートルズは過去のバンドになりつつあった。時間が経ってから振り返れば、この年アビーロードスタジオで行われた「アビーロード・ショー」は画期的なものだったとわかるが、当時は日本まで詳細が伝わってくることはなく、あくまでもマニア向けの情報であった。そういう意味で83年はビートルズが一種アングラな存在となりマニア化が始まった年ともいえる。

話題にならなかったリンゴ『オールド・ウェイブ』

83年リリースのリンゴの『オールド・ウェイブ』

そんな83年ではあるが、84年に入る前にいくつかのトピックに触れておきたい。まずはリンゴから。この頃までコンスタントにアルバムをリリースしており、9月に2年ぶりのアルバムが届けられた。タイトルを『オールド・ウェイブ』といい、ジャケットにビートルズ参加前の若きリンゴの写真をフィーチャーするあたりはどこかジョンの『ロックンロール』を想起させ、なんかいいかもという雰囲気は漂わせてはいた。リンゴのルーツ、あるいはバック・トゥ・ビートルズ的な予感を含ませてはいた。

だがこれが全く話題にならなかった。前作『ストップ・アンド・ザ・スメル・ザ・ローゼズ』はリリース前からプロモーションされており、プロモ2曲が『ベスト・ヒット・USA』で流れるなど展開されていたが、本作は英・米では未発売ということからなのか、日本でもほぼ事前プロモーションされることはなく、地味にレコード店に並ぶ程度であった。それが理由なのか、あるいはUKニューウェーブにも興味が行くようになっている中での『オールド・ウェイブ』はないだろうという批判めいた気持ちがどこかにあったのか。前作『ストップ』は日本盤発売前に輸入盤を買って、毎日のように聴いていたのに本作には全く興味が向かず、レコードを購入することはなかった。とりあえず確認という気持ちで友達Aくんからレコード店借りて一応は聞いたものの、1度聞いたのみでカセットテープにも録音せずに返却してしまった。

その後リンゴはアル中になったとかで目立った音楽活動はなくなり、シュエップスのCMへの出演や「プリンス・トラスト」でのジョージと共演、ラジオ番組『イエロー・サブマリン』のMCを務めるなどの露出があったものの、主だったニュースは少なく、大々的な活動は89年のリンゴスターオールスターバンドまで聞こえてこなかった。オリジナルアルバムは92年の『タイム・テイクス・タイム』(これは傑作)までリリースすることはなかった。

『YMO散開スペシャル』で流れた「ホンコン・ブルース」

映画『バンデットQ』主題歌だった「オ・ラ・イ・ナ・エ」

ジョージも3月に映画『バンデッドQ』の主題歌「オ・ラ・イ・ナ・エ」がリリースされた程度で目立った活動はなく、復活祭で紹介されたメンバーの最新情報でも、「ジョージは映画に注力し、F1レースの会場に顔を見せているようです」と簡単なものにとどまり、スクリーンに映し出された『ゴーン・トロッポ』のジャケからトリミングされた画質の粗いジョージの写真に場内から失笑が出たほどだった。『ゴーン・トロッポ』はプロモどころかアーティスト写真さえなかった。

この頃のジョージの話題で覚えているのは、大晦日の夕方にNHKで放送された『YMO散開スペシャル』で「ホンコン・ブルース」が流れたこと。メンバー紹介の細野晴臣コーナー(伊武雅刀との絡みだった)のBGMで、どこかで聴いたことがある曲だと記憶を巡らせていたら、ジョージの『サムホエア・イン・イングランド』に入っていた曲だということを思い出した。ここで流れていたのは『泰平洋行』に収録されている細野さんバージョンだったが。

ビートルズとYMOということで言えば、散開直前にリリースされたシングル「以心電信」が、「オンリー・ア・ノーザン・ソング」や「イッツ・オール・トゥ・マッチ」を想起させ、以前からジョージっぽいと思っていた高橋幸宏のボーカルがここでつながった。

トレイシー・ウルマンと共演するポール

そしてポール、『パイプス・オブ・ピース』から「セイ・セイ・セイ」に続いて「パイプス・オブ・ピース」「ソー・バッド」のプロモが届けられるなか、ゲスト出演したトレイシー・ウルマン「ゼイ・ドント・ノウ」のプロモが流れ出した。事前情報はなく、偶然テレビで観た際に驚喜。その後『ベスト・ヒット・USA』で流れたときには「最後に大物ミュージシャンが登場します」と言って紹介されたことをおぼろげながら覚えている。

あとから気づくのだが、これはその頃ポールが撮影していた映画『ヤア!ブロードストリート』の事前告知、ティーザーだったのだろう。トレイシー・ウルマンは『ヤア!ブロードストリート』に重要な役で出演していた。「ゼイ・ドント・ノウ」からさらに時間が経過した頃、今度はボブ・マーリーの「ワン・ラブ」のプロモにも出演していて、これも深夜のニュース番組の後にふと流れたものだから驚いた。

ジョンとヨーコの『ミルク・アンド・ハニー』発売

年が明けて84年の新年早々、待望のアルバム、ジョンとヨーコの『ミルク&ハニー』がリリースされた。そもそもこれは、『ダブル・ファンタジー』の続編として制作されていたものだが、80年12月のジョンの不慮の死によって頓挫し、未完だった音源をヨーコが完成させたアルバムだ。

当時のわたしはこのアルバムを心待ちにしていた。3年前のジョンの死で打ちひしがれていたなかで、その悲しみを埋める唯一の希望が未発表作で、それを聞くまでジョンは死んだという事実は受け入れられないし、自分も死ぬわけにはいかないと思っていた。ある種生きる糧にしていた部分があった。そんな心境が継続するなかで、ようやく『ミルク&ハニー』がリリースとなった。ジャケは『ダブル・ファンタジー』のアウトテイク。もし存命ならどういうジャケになったのだろうか。と、レコード屋でレコードを手に持ったときに頭をよぎった。

『ミルク・アンド・ハニー』からの第一弾シングル「ノーバディ・トールド・ミー」

内容の方も『ダブル・ファンタジー』と似た感じで、曲自体も「スターティング・オーヴァー」の延長線上にあるシングル「ノーバディ・トールド・ミー」や1曲目の「アイム・ステッピング・アウト」のような良作があって、ホッとする部分も多いが、サウンド的には本人不在というどうすることもできない部分での最終的なツメの甘さを感じてしまった。『ダブル・ファンタジー』をプロデュースしていたジャック・ダグラスがいないからなのだろうかとも思ったり。それはヨーコの曲にしても同じで、前作に漂っていた張り詰めたような緊張感がない。『シーズン・オブ・グラス』同様、どうじても悲しみの部分が全面に出てしまうのだ。

それでもジョンの新曲が聞けたと言う感激は大きく、そのほかの曲も気に入ったし、最後の「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」では不意に涙がこぼれてしまった。メロディや歌詞はもちろんのこと、デモのままリリースせざるを得たかったと言う事実に、あらためてジョンの死を受け入れなければと言う気持ちになったのである。

またこのアルバムに封入されていた松村雄策さんのライナーノーツも忘れることはできない。わたしはこのレコードを発売日に神保町のビクトリアで購入し、そのあと家に帰りすぐにレコードに針を落としたのだが、すべてを聞き終えたあとに読んだこの文章にちょっとした衝撃を受けるほど感動してしまった。「人生でなかったことにしたい一日を選べと言われたら1980年12月8日とする」という一文からはじまり、「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」をベストスリーに入る素晴らしい曲として絶賛し、「この先ジョンと一緒に年をとっていけないことを考えると悲しくて仕方ない。最後にジョンと同じ時代を生きられたことを感謝したい」と結んでいる。

同じレコードでも、ライナーノーツを読んだ後に聴くとまた別の味わい、感動があった。このこのライナーノーツは、自分がこれまで読んできたライナーノーツの中で最高の部類に入るもので、これを機に松村シンパとなっていき、ジョンの命日のたびに読み返す大切な文章となった。その後、本人にお会いする機会があり、この文章についての感想を述べたこともあった。しかし、その松村さんも今はもうこの世にはいない。

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