「虐殺された民族」不条理な迫害はなぜ起こった?ソ連統治下の恐怖を悲喜劇に仕立てた『アメリカッチ』
声に出して言いたい『アメリカッチ』って誰のこと?
夢に見た「帰郷」が、思いがけない「孤独」に変わってしまったら――。そんな人生の急転直下を“1940年代ソ連支配下のアルメニア”を舞台に描いたのが、6月13日(金)より公開中の映画『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』だ。
淡い記憶の中の憧れを胸に帰郷した男が直面した歓迎……ではなく逮捕・投獄という逆境。しかし本作はユーモアと哀愁を交えて、意外なほどの希望と共感とともに物語を紡いでみせる。
※アメリカッチ/アメリカッツィ=アメリカ人のこと
無実の罪で囚われた男は、ただ生きることを楽しみ続けた
幼少期にオスマン帝国(現在のトルコ)でのアルメニア人に対する迫害から逃れるためにアメリカに渡ったチャーリーは、1948年、自身のルーツを知るために祖国に戻ってくる。ソ連統治下にあっても理想の故郷に思えたからだ。
ところがチャーリーは不当に逮捕され、収監されてしまう。悲嘆に暮れる中、牢獄の小窓から近くのアパートの部屋が見えることを知り、そこに暮らす夫婦を観察することが日課になっていった。
いつしかチャーリーは夫婦の生活に合わせてあたかも同じ空間にいるかのように、一緒に食事をし、歌を歌い、会話を楽しんだ。しかし夫婦仲がこじれて部屋には夫だけが残され、時を同じくしてチャーリーのシベリア行きが決まってしまう。
移送の期限が迫る中、チャーリーによる夫婦仲直り作戦が始まる――。
アルメニア人虐殺を生き延びた祖父へ
ウッドストック映画祭長編映画賞・審査員賞・ハワード・ウェクスラー賞受賞、ハンブルグ映画祭観客賞受賞など、世界各国の映画祭で19の賞を受賞した本作。監督と脚本、そして主演も兼任したのはアルメニア系アメリカ人のマイケル・グールジャンで、彼の祖父はジェノサイドの生き残りだという。本作は監督の個人的なルーツに根ざした作品であり、また祖父への献辞でもあるだろう。
主人公チャーリーが逮捕される“奇妙な理由”をはじめ、本作はいちいちユーモアと風刺が効いている。そして監獄の窓から隣家の生活を覗き見ることで外とのつながりを得たチャーリーの“観察”というテーマが、作品全体を通して重要なモチーフとなっていく。
本作は重苦しいテーマを扱いながらも、観る者に希望を与える悲喜劇に仕上げている点が素晴らしい。ユーモアと哀愁を絶妙にブレンドし、歴史の残酷さだけでなく人々の温かさに焦点を当てた優しいタッチが大きな魅力だ。言葉の壁や文化の相違を笑いに変える監督のセンスも見事。観客はチャーリーの視点を通してディアスポラ(離散)、そして帰属意識の何たるかを理解していく。
歴史の影に隠れた個人の物語を、ユーモアと温かさで描き出した『アメリカッチ コウノトリと幸せな食卓』は全国公開中。