日本各地に伝わる『火の玉妖怪』の伝承 〜触れても熱くない奇妙な怪異
「火」は、人類の歴史において欠かせない要素であり、火無くして文明は生まれなかったと断言できるほどに重要なものである。
しかし火は、一歩間違えれば全てを焼き尽くす恐ろしいものでもある。
その恐ろしさは神話や伝承においても語り継がれており、地獄の業火、火災を引き起こす怪火、火を吐く大怪獣など、様々な「火」にまつわる怪異の伝承が世に伝わっている。
だが中には、まるで熱量を持たないかのような、「触っても熱くない火の玉の妖怪」も存在する。
こうした妖怪は熱を持たないが、呪い・祟りといった霊的な力で人に害を及ぼすことがあり、決して油断してはならない。
今回はそんな「熱くないけどヤバイ火の玉妖怪」の伝承をいくつか解説しよう。
1. 海月の火の玉
海月の火の玉(くらげのひのたま)とは、江戸時代の俳人・堀麦水が、加賀・越中・能登(現在の石川県や富山県)に伝わる奇怪な話を集めた短編集、『三州奇談』において言及されている妖怪である。
元文の時代、とある侍が、夜中に全昌寺という寺の裏手を散歩していたそうだ。
そこへ、どこからともなく生温かい風がふいてきたかと思えば、その風に乗って奇妙な火の玉が飛んできたという。
侍がとりあえずその火の玉を斬ってみたところ、なんと二つに割れた火の玉が、侍の顔にベッタリと貼りついてきたというから堪らない。
その感触はまるで糊や松脂のようであり、驚いて目を開けてみると、周囲が赤く透き通って見えたという。
次の日、侍がこの恐ろしい体験を村の老人に話してみたところ、「それは海月(クラゲ)が風に乗って彷徨っていたのだ」と言われたそうだ。
とはいえ、クラゲが風で空を飛ぶなどあり得るだろうか。謎は深まるばかりである。
2. けち火
けち火(けちび)は、高知県などに伝わる怪火である。
「けち」とは、古い言葉で人魂を指すといわれ、「けち火」はすなわち幽霊が炎に化けたものだとされる。
高知県香美市には、次のような伝承がある。
(意訳・要約)
これは明治初期の話である。
芳やんという男がベロベロに酔っぱらって夜道を歩いていると、川の側に何やら怪しい火が落ちているのを見つけた。
興味本位で近づいてみたところ、不思議なことに火はコロコロと転がって距離をとるではないか。「なるほど。こいつが噂に聞くけち火だな」
と、好奇心旺盛な芳やんは、怪火を追いかけ始めた。
けち火と芳やんの追いかけっこはしばらく続いたが、やがて、けち火は近くにあった民家に入り込んでしまった。「おっと、ここは源やんの家だぞ」
その家は、知り合いの源やんという男の家だったのだ。
とりあえず聞き耳を立ててみると、何やら慌てた様子で源やんとその妻が話し合っていた。「お前さん。うなされていたようじゃが、どうなされた?」
「恐ろしい夢を見た。芳やんが凄い勢いで追いかけてくる夢じゃ」「なるほど。けち火の正体は、源やんが寝ている間に抜け出た魂だったのか」
と、芳やんは理解したが、なんだか怖くなってきたので、そのまま家に帰ったという。
知らず知らずの内に魂が抜け出るとは、なんとも気味が悪いものだ。
他にも高知県高岡郡には、けち火を生け捕りにしようとした男の伝承がある。
しかし、男は原因不明の病に冒され死んでしまったそうなので、もしけち火を見かけても近づかない方が懸命であろう。
3. 化け火
化け火(ばけび)は、近江国(現在の滋賀県)に伝わる妖怪である。
昌東舎真風という人物が執筆した江戸時代の書物『周遊奇談』などで言及をされている。
化け火はきまって、曇りか小雨の夜に現れるという。
湖の岸から出現した化け火は、山の方へ移動しながら少しづつ巨大化していき、最終的には3尺(約0.9m)ほどまで膨れ上がる。
その姿は不定形であり、時に人間の姿になったり、ある時は二人の屈強な男が相撲を取っているような姿にもなったという。
人々はこの怪火を恐れたが、とある力自慢の男がこの妖怪の正体を暴いてやろうと、夜中に田んぼで化け火がやってくるのを待ち構えていたそうだ。
しばらくすると化け火が現れたので、男は勢いよく飛びかかった。
しかし、化け火の体に触れた瞬間、男の体は宙を浮き、あっという間に10mほど投げ飛ばされてしまった。
幸いにも稲穂がクッションとなり男は一命をとりとめたが、この話を聞いた人々はますます化け火を恐れるようになり、誰一人として話題に挙げることすらなくなってしまったとされる。
4. 金玉(かねだま)
金玉(かねだま)とは、日本各地に伝わる輝く丸い火の玉である。
この玉を手にした者には、金運が舞い込むとされる。
静岡県沼津市の伝承によると、夜道を歩いている人間の元へ金玉が転がってくることがあったという。
この金玉を家の床の間に飾ることで、大金持ちになれると信じられていた。
金玉は赤く発光しながら激しく動き回っているので、腰巻などを被せてから取れば良いとされる。
ただし、持ち帰った金玉は丁重に扱わなければならず、壊したり穴を空けるなどの加工は厳禁とされている。
もし、うっかり金玉を傷つけてしまえば、家系はそこで絶えてしまうとのことだ。
参考 : 『日本昔話データベース』『怪異・妖怪伝承データベース』他
文 / 草の実堂編集部