「さす九」は7歳から?女性管理職が少ない理由を小学生までさかのぼって考えた
「女の子はピンク色が好き」「男の子は数学が得意」ーーこれらは性差?思い込み? 私たちは「男らしさ」「女らしさ」をいつからイメージし始めるのでしょうか。こどもの成長とジェンダー(社会的性差)について研究を重ね、かつ小学生の親でもある2人の研究者が、性差の意識の「はじまり」について語り合いました。
【後編】娘が全身ピンクを選ぶとなぜモヤモヤするのか。こどもの「好き」を邪魔しない声かけとは
京都大学教授(発達心理学)の森口佑介さんが書いた『つくられる子どもの性差』、東京大学准教授(教育学)の中野円佳さんが書いた『教育にひそむジェンダー』。両書とも、こどもの頃にジェンダーが「刷り込まれる」ことによる影響を指摘しています。
森口佑介 私は、自分自身の性別による思い込みに気づいたことがきっかけで、なぜ人間は無自覚に偏ったジェンダー意識を持つようになるのか、学術的な興味を持ちました。
私は九州生まれの男兄弟で、学生時代はラグビー部に所属していました。少し前にSNSで「さす九」というスラングが話題になりましたよね。男尊女卑が根強く残る九州地方やその出身者を揶揄する言葉ですが、私も結婚したら女性が姓を変えるのが当たり前だという感覚で育ったので、「さす九」と言われかねない九州男児でした。
森口 結婚してこどもが生まれ、自分が"男性"の視点からしか世界をとらえていなかったことに遅まきながら気づいたんです。おそらく私のような男性は少なくないのではないでしょうか。
私はいまでも十分なバランス感覚を持てているか自信はないのですが、男性たちのジェンダー意識を変えるきっかけをつくりたいという思いもあり、性差に関する言説について『つくられる子どもの性差』にまとめました。偏ったジェンダー意識を、次世代でも繰り返したくはありませんから。
中野円佳 私は教育社会学の研究者かつジャーナリストとして、主に働く親の問題を追いかけてきました。2022年から東京大学の男女共同参画室で働きはじめて、いまは多様性包摂共創センターというところで学内外のジェンダー平等や多様性の推進をしています。
『教育にひそむジェンダー』は、非常勤講師として大学生向けに授業をした内容を、幅広い年齢層に届けるために1冊にまとめたものです。というのも、大学の授業で届けられる人数は限られていますし、問題は幼少期からの周囲の大人の態度などからはじまっていて、幅広い層に知ってもらいたいと思ったからです。
2022年に女性活躍推進法が改正され、多くの企業では数値目標を設けて女性管理職の登用などを進めています。しかし、エンジニアなど理系の職種では、そもそも女性を十分に採用できていないため管理職を育てられないのだといいます。採用できないのは理系の女子学生が少ないからで、理系の女子学生が少ないのは受験する高校生が少ないから。それは進路選択で女子が理系に進みづらいからだ、と。女性管理職が少ない要因がどんどん遡っていくんです。
一体いつどこからそのようなジェンダーバイアスが刷り込まれるのか。教育社会学の関連領域の先行研究を見ると、乳幼児期からすでに始まっているという指摘もあり、保育や教育が与える影響が気になっていました。
「男性は賢い」という男の子
森口 私たちの共同研究グループは2022年、日本の4歳から7歳のこどもを対象に、ジェンダーステレオタイプがいつ頃から見られるようになるかを調査しました。アメリカの先行研究を日本で検証したもので、アメリカとほぼ相違ない結果となりました。
その調査内容は、「賢い人」「優しい人」の話をこどもに聞かせて、その人物は女性だと思うか男性だと思うかを尋ねるという実験です。その結果、「女性=優しい」というステレオタイプは4歳頃から一貫して見られました。「男性=賢い」というステレオタイプは、7歳頃から男児のほうにより見られる傾向がありました。つまり、ジェンダーステレオタイプのルーツは幼児期や児童期にある可能性を示しています。
中野 この研究は大きな話題になりましたよね。その年齢でステレオタイプを持ち始める要因はわかったのでしょうか。例えば、親の影響とか?
森口 保護者にジェンダー意識を尋ねるアンケートを実施したのですが、親のジェンダー意識はこどもの反応に関係していませんでした。どちらかというと、こどもが目にするいわゆる「賢い人」、例えばノーベル賞の受賞者などが影響していそうだという仮説です。
中野 たしかにメディアの影響はすごく大きいと感じます。ニュースに限らず、映画、アニメなどでも性別役割が表現されていたり、性的な描かれ方をしていたりするものがあります。こどもが日常的に目にする電車の中などにもそうした広告が掲示されているので、家庭だけでどうにかできるものではないと感じています。
森口 歴史マンガに登場する人物やノーベル賞を受賞した研究者なども男性ばかりですから、女の子は「賢い人」「偉い人」になる自分を想像しづらい。たとえば最も身近な「偉い人」といえば校長教員ですよね。幼稚園教諭や保育士、小学校低学年の教員は女性が多いのに、なぜか校長は男性であることが多い。一方、男の子のほうは「賢い人=自分の性別」という意識が醸成されるのかもしれません。
大人との関わりが影響か
森口 私たちの調査は、小学校に入学した頃からジェンダーバイアスが顕著に表れるという結果になりました。その背景として、大人との関わりが増えることに加え、学校には性差を感じさせる要素がいくつも散らばっています。
例えば、最近は多様化してきたとはいえ、ランドセルや通学グッズの色は性別を象徴する場合があります。また、小学校では集団行動で「男子」「女子」を分ける場面があり、こどもたちは友人関係でも同性の集団を意識するようになります。
中野 私たちが小学生だった頃は名簿が男女別で、集団行動は「男子が先、女子が後」だったり、男子は「くん」付け、女子は「さん」付けで呼ばれたりしていましたよね。最近は、男女混合名簿で全員を「さん」付けにするなど、「隠れたカリキュラム」(教育する側が意図しているかどうかに関わらず、児童が自ら学び取っていく事柄)を可視化する動きが進み、以前よりはジェンダーフリーになっていると感じます。
ただ、大人との関わりについては課題がありますよね。教員個人のジェンダーバイアスがこどもに伝わることに介入する方法がありません。
中野 著書でも触れたのですが、約50年前に米アイオワ州の小学校でおこなわれた「青い目、茶色い目」という有名な実験をおさめた動画があります。
白人女性である担任の先生が、児童に「今日は青い目のほうが優れていることにしよう」と言い、黒人やアジア人を差別する言動をすると、児童があっという間に適応して同級生を差別し始めるという衝撃的な実験です。翌日、先生が今度は「昨日、先生は間違っていました。本当は青い目のほうが劣っている」と言うと、児童の立場が逆転します。「劣っている」とされたほうは、意欲や成績が下がる様子も観察されました。
こどもは大人の言動に敏感に反応し、親が期待することや教員が示したことを内面化して、それに沿った行動をしがちです。就学前後や小学校の低学年あたりで、近くにいる大人、特に「この人の言うことは基本的に正しいと思っている人」からバイアスのかかったことを言われると、影響を受けやすいのだろうと想像します。
森口 その時期は、学校以外でも大人との関わりが増えますしね。特に習いごとは、指導者から偏ったジェンダー意識を与えられやすい場のような気がしています。ピアノであれバレエであれサッカーであれ、能力と性差を混同して指導されているケースがあります。
中野 指導している大人は無自覚ですもんね。「男なら泣くな!」といった、危うさを感じる発言を耳にしたことが何度もあります。
習いごとや塾は民間の企業や団体であり、指導者の資格や研修もあったりなかったりするため、価値観のアップデートがしづらい構造です。
森口 無自覚なだけに、気づきのチャンスがないことは大きな問題だと感じますね。
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