『江戸時代の不倫は死罪だった?』それでも横行した人妻との密会「出合茶屋」とは
江戸時代、不義密通は原則死罪だった
江戸時代、武家階級よりも締め付けが緩やかで、比較的自由な立場であった町人の女性たちは、独身時代には恋愛を楽しむ余地があった。
しかし、そんな彼女たちも結婚すると、独身時代に比べて貞操観念が強まったと考えられている。
それは、江戸時代には、「不義密通」という概念が存在したからだ。
「不義密通」とは、婚姻関係にない男女の間で起きた性的関係、すなわち「不倫」を指すが、その代償は過酷であった。
当時「不義密通」は、男女ともに死罪とされ、不倫された夫が妻やその相手を殺害しても、無罪とされていた。
ただし、浮気をした配偶者に対する私的制裁が許されていたのは、男性のみであった。
なぜかというと、男性は結婚していても妾を囲うことができ、複数の女性と関係を持つことが自由であったからである。
これは、家長である男性が家族を支配・統率するという家父長制が、江戸時代の社会構造の基本であったからだ。
とはいえ、「密通」は、男女の情愛が複雑に絡み合った結果である。当事者としても、いちいち関係者を死罪にするのは気が重かっただろう。
そのため、妻の不貞が発覚した際には、世間体の悪さを理由に金銭で決着をつけることが多かったようだ。
その金銭は、本人の首の代わりとなる示談金なので「首代(くびしろ)」と呼ばれ、相場は金7両2分。現在の貨幣価値に換算すると、約100万円ほどだった。
このようにして、「首代」に「詫び状」を添えることで、和解が成立したのである。
命にかかわると知りながら横行した不倫
江戸時代、既婚女性は眉を剃り、歯を黒く染めるのが一般的な習慣だった。※お歯黒
そのため、女性が未婚か既婚かは、ひと目で判断できる場合が多かった。
浮気性の男が町中で美しい女性を見かけたとしても、顔を見れば彼女が人妻かどうかはすぐに見分けがついたのである。
一方、眉を剃ってお歯黒を施した既婚女性の姿は、自分には夫がいること、すなわち「貞操を守っている」ことを示す社会的なサインでもあった。
とはいえ、江戸時代は男女ともに性をおおらかに謳歌し、奔放に楽しんでいた時代だった。
そんな時代であったがゆえに、発覚すれば命にかかわる「密通」であっても、「不倫」は横行していたと考えられる。
密会は、江戸版ラブホテルの「出合茶屋」で行われた
では、江戸時代の不倫カップルは、どこで密会を重ねていたのか。
もちろん、それは街中など人目に付く場所ではなかった。
彼らが密会の場として利用したのが「出合茶屋」。現代でいうラブホテルである。
「出合茶屋」は江戸のいたるところに存在していたが、なかでも多かったのが上野の不忍池のほとりだったという。
不忍池は、1625年の寛永寺創建の際、寺の山号を比叡山にならって東叡山としたことにちなみ、琵琶湖に見立てられた池である。
琵琶湖に浮かぶ竹生島は、日本三弁財天の一つに数えられる宝厳寺や都久夫須麻神社がある島だが、その竹生島になぞらえた中島には、弁天堂が祀られた。
上野公園や上野動物園に隣接し、蓮の名所として知られる不忍池は、春は桜、梅雨時はあじさい、夏は蓮の花と、四季折々の景色が見られることから、一年を通じて多くの人々で賑わっている。
不忍池は、江戸時代から蓮の名所として知られ、多くの人々が集まる観光地であった。
不忍池界隈は「池之端」と呼ばれ、料理屋などが軒を連ねる歓楽街となった。
そうした場所の一角に、男女が密会して逢引きを楽しむ「出合茶屋」が集まっていたのだ。
また、不忍池という名称は、男女が忍んで逢引を行ったことから付いたという説もある。
ちなみに、池之端には「出合茶屋」だけでなく、男色を売り物にする「陰間茶屋」も多かったという。
今でもこの周辺にラブホテルが多いのは、その名残といえるだろう。
表向きは食事処として営業していた「出合茶屋」は二階建ての構造で、男女は二階の個室に上がり、禁断の快楽に身を委ねた。
ただし、この茶屋が現代のラブホテルと異なるのは、営業時間が昼間のみであった点である。
このことからも、利用客の大半が既婚者であり、世間に関係を知られることを避けたかったカップルであったことがうかがえる。
「出合茶屋」を題材にした川柳も残っている。
「出合茶屋 生きて帰るは めっけもの」
繰り返しになるが、江戸時代において不義密通は大罪であり、発覚して裁判に発展すれば、死罪となることもあった。
そのような危険を冒してまで不倫が横行していたという点から見ても、江戸の不倫文化はかなり進んでいたといえるだろう。
※参考文献
日本史深堀講座編 『みてきたようによくわかる蔦屋重三郎と江戸の風俗』 青春出版社
樋口清之著 『もう一つの歴史をつくった女たち』 ごま書房新社
網野善彦著 『日本の歴史をよみなおす』 ちくま学芸文庫
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部