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「顧客の声は意味をなさない」ドワンゴ川上量生が語る“0→1する時”に必要なもの

エンジニアtype

「顧客の声は意味をなさない」ドワンゴ川上量生が語る“0→1する時”に必要なもの

生成AIの進化が、プロダクト開発のあり方を根本から変えるのではないか。そんなムードが漂う今、この人のプロダクト論を聞いてみたくはないだろうか。ニコニコ動画やN高等学校(以下、N高)生みの親として知られる川上量生さんだ。

巨大ITサービスと、大規模な教育機関。分野は違えど、双方で“異例の成果”をあげている。川上さん的ヒットの法則とは何なのか。

2025年5月9日に著書『教育ZEN問答 N高をつくった僕らが大学を始める理由』(中公新書ラクレ)を上梓した川上さんに、改めて、「かわんご流・ヒットのコツ」を教えてもらった。

川上量生さん(

@gweoipfsd

株式会社ドワンゴ顧問、学校法人角川ドワンゴ学園理事、株式会社KADOKAWA取締役。1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピューターの知識を生かしてソフトウエアの専門商社に入社。97年に株式会社ドワンゴ設立。通信ゲーム、着メロ、動画サービス、教育などの各種事業を立ち上げる

目次

顧客の「声」ではなく「気持ち」を理解する言葉を鵜呑みにせず、人間の本質を洞察バイアスを排除し、「仮の判断」を積み重ねる「好き」という感情は、判断を曇らせる不理解を前提としたコミュニケーションも「あり」最後にーー “第二のニコ動”誕生もある?書籍紹介

顧客の「声」ではなく「気持ち」を理解する

早速本題だが、多くの人々が「欲しい、使いたい」と感じるサービスを生み出す上で、最も重要な要素とは何か。川上さんは、それは「顧客の気持ちを理解すること」だと言う。

一見、当たり前のように聞こえるが、一般的に意味することとは少し異なるようだ。

川上:「よく『顧客の声を聞け』と言われますが、私はそれは正しくないと思っています。既存事業であれば有効な場合もありますが、新規事業や新しいサービスを構想する際には、『顧客の声』はあまり意味をなさないからです」

その理由について、川上さんは次のように説明する。

川上:「まだ存在していないものを作ろうとしているわけですから、顧客の声を聞く術はありません。実際にモノを見せられていないと、正しく想像することはできませんから。だからこそ、重要になるのが『自分自身が納得できるか』という視点です。これならユーザーが使って気持ちが良いだろう、と自分で納得できるまで、徹底的にシミュレーションするんです」

「もし自分がユーザーだったらどう感じるか、どう行動するか」を、自分が心底納得できるまで深く掘り下げる作業を繰り返す。川上さんにとって「ユーザーの気持ちを理解する」とは、「ユーザーと一体になる」レベルまで考え抜くことを意味するようだ。

加えてユーザーインタビューなど、想定ターゲットに近い他者の意見を聞くことの重要性について、川上さんはその価値は認めつつも、盲信することには警鐘を鳴らす。

川上:「他者の意見はもちろん重要ですが、彼らの言っていることが常に正しいわけではありません。彼らが『言った』という情報が重要なだけであって、『言ったから正しい』と判断できるかは全く違う問題です。それに、私たちは仕事だから必死に想像するわけで、お金ももらっていない協力者に難しい想像を求めるのは無理があるでしょう」

結局のところ、顧客の反応を見ながら、実際に欲しいものが何なのかを突き詰めていく作業こそが、最も必要だと川上さんは強調する。

言葉を鵜呑みにせず、人間の本質を洞察

では、川上さんの言う「徹底的な脳内シミュレーション」とは、具体的にどのように行えばいいのだろうか。

N高を例にとると、川上さんはまず、「日本人が教育費として何にお金を払っているか」を徹底的に調べたという。その結果、意外な事実が浮かび上がった。

川上:「データをみると、教育費のうち9割以上が大学受験に関する費用であることが分かりました。小学校から塾に通わせるのも、親子で必死になって中学受験させるのも、結局は大学受験のためなのです」

川上:「9割が大学受験に投じられているという結果を見れば、『(当時注目されていた)EdTech界隈がこれからは「生涯教育」とか主張していたのは、相当にチャレンジングな仮説である』ということが分かります。だから僕たちは早い段階で、生涯教育の分野には行かないと決めたんです」

顧客を深く理解する過程で、「勉強」に対する人間の本質にも気付いた。

川上:「多くの人が勉強はしたいと思うし、しなければならないと言いたがるけど、実際にやるのは嫌い。これが、人間の本質でしょうという結論に至りました。まあ、冷静に考えれば当然です。ある人間が言っていることをそのまま信じ込むのではなく、なぜそのような発言をしているのかを理解することが重要です。例えばN高であれば、まさにその『勉強したいと言いたいけど、本当に勉強をやるのは嫌い』という部分にアプローチしていきました。誰しも、言っていることと本音が違ったりしますから」

N高は、生徒が自宅や好きな場所で学習できるオンラインシステムを軸とすることで、個人のペースで進められる「柔軟性」を実現した。加えて、生成AIやVRを取り入れたり、人気講師を起用したりと、「飽きさせない」工夫も凝らされている学校だ。

また、プログラミングやクリエーティブな活動、職業体験など、「楽しい」と思える多様な学びの選択肢を用意することで、「勉強は嫌い」という本音を抱えながらも「学びたい」という欲求に応えようとしているのだ。

さらに、「東大に行くことだけが価値ではない」と口にする人が多い一方で、自身の子どもを「東大合格者が出る高校」と「東大合格者が出ない高校」のどちらに行かせるかを問うと、ほとんどの人が前者を選ぶだろうと川上さんは続ける。

川上:「『東大に合格することだけが人生の価値ではない』というのが、たとえ本音だったとしても、学校選びに絶対的な正解がない以上、やはり人間は保守的になります」

バイアスを排除し、「仮の判断」を積み重ねる

川上:「にも関わらず皆、思考停止して考えない人が多いですよね。例えば、『倫理的に正しい』『ポリコレ的に正しい』『意識高い人がそう言っている』などの、世間の常識といったまわりの空気に流されすぎではないでしょうか。人間は無意識のうちにバイアスに基づいた発言に影響され、判断しがちです。だからこそ、特にプロダクト開発やマーケティングに携わる人間は、そうしたバイアスをできるだけ排除し、客観的に分析する努力が不可欠です」

とはいえ、バイアスを排除するのは極めて難易度が高い。川上さん自身も「取り除くには、ある程度の訓練が必要でしょう」と語る。

そんな高度なことを、川上さんはいかに実践しているのか。問うと、「私は基本的に(自分の考えを)信用しないのです」と即答した。

川上:「教科書に書かれていることだろうと、誰かが言っていることだろうと、自分自身で深く納得するまでは安易に信用しません。何なら、昨日の自分(の考え)だって信用していませんよ。信用できるものなど何もない。あるのは『仮の判断』のみです。時代や状況が変われば、正解は変わるので、その都度、仮の判断を積み重ねていくことで前に進めていくイメージです」

しかし、N高やZEN大学のような大規模な組織、あるいはサービスを牽引するリーダーの立場にあって、途中で方針を変えることは容易ではないはずだ。川上さんも「一度決定して進めていたことを軌道修正するのは、もちろん難しいですよ」と認める。

川上:「そんな時こそ、先ほど話したような『自分なりの納得』に至ったプロセスが役に立ちます。自分の中で確信が持てていないものは変えられませんから。逆に言えば、『自分なりの納得』があれば、『こう思うから、こうするんだ』と周囲を説得し、困難な方針転換をも断行できるのではないでしょうか」

「好き」という感情は、判断を曇らせる

顧客理解と入念なシミュレーションはもちろん、サービスやプロダクト開発で気を付けたい要素として、川上さんはもう一つ重要な点を挙げる。
それは「あまり感情移入してはいけない」という考えだ。なぜなら「好きなものは皆、判断を誤るから」だという。

川上:「例えば誰かにインタビューをする場合であっても、相手から情報を引き出す手段としては『対象者を好きになる』ことは有効だと思いますよ。ただ、『正しい記事を書くためにはマイナス』じゃないでしょうか。これは、プロダクト作りにおいても同様です。自社のプロダクトであっても、好きになりすぎるといけない。メンバーやスタッフクラスであれば好きな人が良いと思いますが、ジャッジする立場にある人は好きになってはいけないと思います」

この「ジャッジする立場」とは、プロジェクトマネジャー以上、あるいは進行管理を担う層が該当すると川上さんは言う。

川上:「もちろん、プロダクトの性質にもよりますが、新しいことをやる、もしくはグロースさせていくのであれば感情移入は基本的にしない方がいいと思います。それはやっぱり、作り手の感情的な「好き」が、客観的な分析やユーザーの本質的なニーズを見抜く目を曇らせ、誤った判断へと導く危険性があるからです。 特に、前例のない新しい価値を創造しようとする際には、パッションと『好き』は切り離した方がいい。そして『好き』という感情とは距離を置き、冷静にジャッジする姿勢を持つ必要があるでしょう」

不理解を前提としたコミュニケーションも「あり」

川上さんが語る「顧客の気持ちを理解する」本質的なアプローチ、そして「好き」という感情を排した判断は、AI技術が急速に進歩する現代においても変わらないのだろうか。そんな問いに対して、川上さんは「変わらないですよ」と断言する。

川上:「自分の判断より、AIの判断の方が正しくなるということは起こると思いますが、今はまだ変化の途中にありますよね。まださまざまな物事のジャッジ、最終決定権はAIにはありません。人間が最終ジャッジをしている限りは変わらないと思います」

しかし、フラットな考え方や客観的な視点を持つ難しさについて、川上さんは「たとえ事業の立ち上げ時から一緒にやってきたスタッフでも、できないことの方が多い」と指摘する。

では、チームメンバーがリーダーの意図を完全に理解できない場合、リーダーはどう動くべきか。川上さんは、「必ずしも全てを誠実に説明する必要はない」と、一般的なリーダー論とは異なる見解を示す。

川上:「私の場合、チームメンバーにとって難しい、つまり理解できないだろうなと思うことは説明しません。理解できそうなこと、もしくは『これを理解してもらおう』と思うことだけを説明します」

プランナーやビジョナリーなタイプの人ほど、自分の考えを一から十まで全て伝え、理解されたいと思ってしまいがちだ。しかし、川上さんはそれを無駄だとし、「むしろ弊害の方が大きい」と言い切る。相手が理解する能力も意思もない場合、無理に理解させようと説明コストをかけるのは、「本当に無駄」なのだ。

さらに、川上さんは「リーダーは基本的に嘘つきでないと無理でしょう」と続ける。その意図は、決してリーダーが不誠実であるべきだというものではない。

川上:「リーダーは引っ張っていく立場ですから。エンジニアを含むクリエーターであれば自分の思いを表現すれば良いですが、リーダーの仕事は自分のやりたいことを表現することではありません。リーダーは結果を出すのが仕事なので、そのために自己表現ではなく、結果を出すために自分がどのようなアクションを起こせば良いのか、ということだけを考えるべきです」

リーダーは、メンバーが目標に向かって効果的に動くための「方便」や「物語」を巧みに操る必要があるのかもしれない。

最後にーー “第二のニコ動”誕生もある?

「教育事業に10年近く携わっている」と話す川上さん。これから先、どのような展望を描いているのだろうか。そう問うと、「これまでと変わらず、善いことをやっていくだけです」と話す。

教育事業は『善をなす』ことが、そのままビジネスの成長にもつながる稀有な業種です。それはとても痛快だし、大きなやりがいを感じています。

新著でそう述べられている通り、N高を始めとする教育事業は川上さんにとって「善いこと」なのだ。

教育事業を今後の主要事業の一つと位置づけながらも、新しいものを生み出すことが好きな川上さんのことだ、いずれまた何かを仕掛けてくるのだろう。その過程で、“第二のニコ動”をつくる可能性はあるのか。そう問うと、「ニコ動はもう作りません」ときっぱり。

ただ、WebサービスやITプロダクト全般については「それは言えません」と何やら含みのある言葉が返ってきた。再び川上さんが世の中を驚かせる日が来るのか。そんな可能性を、どこかで予感させる。

書籍紹介

『教育ZEN問答
 ーN高をつくった僕らが大学を始める理由ー』

■著者:川上量生(ドワンゴ顧問)
■出版社:中央公論新社
■定価:968円

教育の素人だった著者は、ネットネイティブの10代が通いたくなる学校をめざしてN高校を設立。未来のエリート育成を掲げ、今や在籍生徒数日本一の通信制高校だ。「教育は善をなすことが、成功につながる幸せなビジネス」という著者の次の一手は、「日本発の本格的なオンライン大学」ZEN大学。赤裸々な舞台裏を明かしながら、「実体験は不足しないのか」等々の疑問や誤解に答える。ビジネス目線で、教育と社会にツッコミを入れる一作。

>>>詳細・購入はこちらから

撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)

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