「やわらかい」という言葉に柔らかさを感じるのはなぜ? 言語学者・秋田喜美さんが日本語のオノマトペを徹底解剖!【NHK俳句】
「やんわり」「ゆらゆら」…「Y音」で始まるオノマトペのイメージとは? 秋田喜美さんの解説を紹介!
「やかもか」「ゆるゆる」「よよ」…オノマトペは擬態語や擬音語の総称です。
2025年度『NHK俳句』テキストに掲載の「オノマトペ解剖辞典」は、新書大賞2024(中央公論新社主催)で大賞を受賞した『言語の本質』の共著者で言語学者の秋田喜美さんによる連載です。
様々なオノマトペを俳句とともに徹底解剖するこの連載で、日本語への興味を深め、俳句作りのヒントも学んでみましょう。
今回は『NHK俳句』テキスト2025年6月号から、「Y音」のオノマトペに宿るイメージについての解説をお届けします。
共鳴音 Y音で始まるオノマトペ
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「やわらかい」という言葉は、なぜこんなにも柔らかい感じがするのでしょう? 教室でこんなことを言うと、いつも笑われてしまうのですが、私は「やわらかい」が柔らかいのには理由があってもいいと思っています。
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言葉の音形と意味が似ているという性質を「アイコン性」といいます。「ニャー」というオノマトペは猫の声に似ているので、アイコン的(つまり絵のよう)です。以前、日本語を母語とする人たちに、五百語ほどの日本語のアイコン性を、マイナス5からプラス5の十一段階で評定してもらったことがあります。どんな言葉のアイコン性が高く評定されたと思いますか?
圧倒的に高い値を得たのは、やはりオノマトペでした。次いで高く評定されたのは「美味しい」「好きな」のような形容(動)詞と「聞く」のような動詞、続いて「店」のような名詞、最も低く評定されたのは「こそ」「です」のような助(動)詞でした。同じような結果は、英語やスペイン語についても報告されています。
このことは、音で意味を写すのはオノマトペだけではないということを意味しています。「やわらかい」という形容詞も「ゆるむ」という動詞も、その共鳴音(Y、W、R、M)に柔らかさが見出せます。Y音で始まる形容詞を挙げていくと、「やさしい」「やすい」「ゆるい」「よわい」「よい」など、不思議なほどに柔らかい意味の言葉が多いことに気づきます。
もちろんオノマトペもそうです。句例にある「やはやは」は子の踵の柔らかさを、「ゆらゆら」「ゆらりゆらり」は寒卵や干若布の緩やかな揺れ方を、「ゆるり」は白桃がゆっくりと蜜に落ちる様子を、「よよよよ」は優しい月の光を、「よろよろ」は頼りない棹の動きを、「よよ」は泣いているような蛸の様子を表します。柔らかく、緩やかに揺れる感覚が共通しています。「やかもか」は、「やきもき」と同様、年の瀬の訃報に気を揉む様子を写します。動揺により気持ちが定まらない様子がY音に込められているのでしょう。
Yと次回のWは半母音といって、子音と母音の中間に位置する音です。共鳴音の中でも特に呼気の阻害が少なく、非常に滑らかな気流を生みます。この音声の特徴が、Y音に柔らかさを与えており、それがオノマトペだけでなく一般語(特に形容詞)にまで広がっているのです。
『NHK俳句』テキストでは、外来語よりも和語、外国語よりも母語の方が、言葉をアイコン的に感じられることについても解説しています。
講師
秋田喜美(あきた・きみ)
1982年、愛知県生まれ。名古屋大学文学部准教授。専門は認知・心理言語学。著書・編書に『オノマトペの認知科学』『言語の本質――ことばはどう生まれ、進化したか』、Ideophones, Mimetics and Expressives など。
※掲載時の情報です
◆『NHK俳句』2025年6月号より「オノマトペ解剖辞典」
◆イラスト:川村 易
◆参考文献:『日本語のオノマトペ──音象徴と構造』(浜野祥子著・くろしお出版)/『現代俳句擬音・擬態語辞典』(水庭進編・博友社)/Iida, H., & Akita, K. (2024). Iconicity emerges from language experience.Cognitive Science, 48/Thompson, A. L., Akita, K., & Do, Y. (2020).Iconicity ratings across the Japanese lexicon. Linguistics Vanguard, 6
◆トップ写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート(テキストへの掲載はありません)