「箱根の片道」から大胆変更…規模拡大3年目で“ジャンプ”した宮古島大学駅伝。箱根駅伝シード校が7校も参加したワケ
正に「ホップ・ステップ・ジャンプ」という発展ぶりである。 2月9日、宮古島市陸上競技場を発着点に行われた「宮古島大学駅伝ワイドー・ズミ2025」(以下、宮古島駅伝)のことだ。宮古島の言葉でワイドーは「頑張れ」「ファイト」、「ズミ」は「素晴らしい」「最高」などの意味がある。 島への合宿誘致などを目的に2020年に始まった大会で、今回で5回目を迎える。2023年大会から大学スポーツの花形である東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根駅伝)を後援する報知新聞社が実行委員会入りし、強豪校も参加するようになって規模が拡大。同年は6校、2024年は9校に増え、さらに今回は過去最多となる14校が13チーム(うち2チームは大学連合2)に分かれ、6区間82.0kmの道のりで健脚を競った。 しかも、参加した大学名のインパクトが凄まじい。 今年1月の箱根駅伝で2連覇を飾った青山学院大を筆頭に、3位國學院大、4位早稲田大、5位中央大、6位城西大、8位東京国際大、10位帝京大と、来年のシード権を獲得した上位10校のうち、実に7校が参戦。そのうち、早稲田大以外は単独チームを出した。 箱根駅伝を終え、2月は世代替わりしたばかりの時期。関東の強豪校からすると、舞台となる南国の離島は決してアクセスが良いとは言えない。まだまだ歴史の浅い大会が、なぜ急速に吸引力を増しているのかーー。
國學院大学が大会2連覇 前田康弘監督「4冠狙いたい」
レースは小雨の降る午前9時に号砲が鳴った。前日あたりから冷え込み、南国ながら気温は12℃前後。絶好の駅伝日和となった。 名だたる大学名が刻まれたタスキを掛けた選手たちが、宮古島市陸上競技場に設置されたアーチの下から一斉にスタートする。「ワイドー!」。集まった住民の声援を背に、縦列を成したランナーが島内のコースへと勢い良く駆け出していった。 中盤からきつい上り坂が続く1区(10.8km)は競り合いが続き、最終盤のラストスパートで抜け出した沖縄出身である順天堂大1年の池間凛斗(八重瀬町出身、東風平中学校ー宮崎県・小林高校卒)がトップでタスキを繋いだ。2区(12.2km)で國學院大1年の浅野結太が先頭に躍り出るも、エース区間で最長の3区(20.1km)で順天堂大2年の小林侑世が抜き返し、この2校がトップを争う構図となった。 4区(10.0km)では、9位でタスキを受けた青山学院大学3年のキャプテン黒田朝日が4人抜きの快走を見せ、29分29秒で区間賞を獲得。起伏の激しいコースで「場所によってキツイところがありましたが、かなり追い込めました」と手応えを語った。 その後も先頭は順天堂大と國學院大のデッドヒートに。最終6区(18.6km)でアンカーを担った國學院大3年の鎌田匠馬が中盤で順天堂大2年の荒牧琢登を交わし、さらにその後ろから青山学院大1年の飯田翔大も迫る中、鎌田が逃げ切って先頭で陸上競技場に帰還。2位順天堂大と28秒差の4時間8分38秒で國學院大が2連覇を飾った。 前半はラップが上がらずに苦しんだという鎌田。しかし、後方を走る運営管理車に乗った前田康弘監督からの声掛けが力になった。 「前田監督から『駅伝は頭で走るものじゃなくて、しっかり気持ちで走るものだよ』と言われ、気持ちを切り替えられました。ゾーンに入ったような状態になり、不思議と体が動きました。箱根よりも全然タフなコースだったので、今後の大会でも攻めの走りができるようになっていくと思います」 國學院大は前のシーズン、大学三大駅伝のうち出雲駅伝(6区間、総距離45.1km)、全日本大学駅伝(8区間、総距離106.8km)で2冠を達成。初優勝となった全日本では1区を3年の嘉数純平(那覇市出身、北山高校卒)、アンカーの8区を3年の上原琉翔(同)が担い、沖縄県勢も躍動した。ただ、最大のタイトルであり、初優勝を狙った今年1月の箱根駅伝は総合3位に終わった。 それを念頭に、前田監督は「昨年は宮古島駅伝を含めて『裏3冠』をしたのですが、箱根で負けて4冠はできませんでした。今年も宮古島で1冠目が獲得できたので、出雲、全日本、箱根を含めた4冠を狙えるようにしっかり頑張っていきたいと思います」と快挙を見据えた。
県勢2人が区間賞!専修大・具志堅「沖縄出身だから、じゃなく…」
今大会では、参戦した沖縄県勢2人の活躍も光った。 先述のように、池間は32分13秒で1区の区間賞を獲得。1週間前に第77回香川丸亀国際ハーフマラソンに出場したばかりで「そこから状態が上がらない中で迎えました」と言うが、序盤の下りでスピードが上がった先頭集団に粘り強く着いて行き、ラスト数百mでトップに立った。 「苦手なイメージがある」と自覚する上り下りのあるコースだったが、しっかりと我慢強く走ることができた。「不安もあったんですけど、苦手を克服できそうなコースで思ったより走れました。地元沖縄で区間賞を取りたかったので、達成できたことは自信につながります」と笑みを浮かべた。 今年の箱根駅伝は往路1区にエントリーしたものの、当日変更で出走できず「悔しい思いをした」と唇を噛む。それを念頭に「全日本と箱根は予選会からですが、予選会からチームに加わり、どちらも出場したいです」と意気込みを語った。 エース区間の3区でも専修大学2年の具志堅一斗(うるま市出身、コザ高校卒)が9位から3位に順位を上げ、1時間1分で区間賞に輝いた。 駆け抜けた距離は20.1km。今年1月の箱根駅伝で復路7区(21.3km)を走り、それとほぼ同等の長さだが、「箱根のコースがかわいく感じるくらいアップダウンの激しいコースでした」と振り返る。 風も強く約15km地点で一度は失速したが、耐えて回復してからラスト約1kmでスパート。好位置でタスキを渡し、自らの走りに対して「監督が常日頃言っている『突っ込んで耐える』という駅伝ができました」と及第点を付けた。 専修大は昨年の箱根予選会を2位で通過し、本番は17位。いずれも出走した具志堅は「いろいろな公式戦を経験できたおかげで他校と競れるくらいの実力は付いてきました。チームを陰から支えられる選手になり、チームとして去年の予選会2位がまぐれじゃないということを他大学にしっかりと示していきたいです」と意気込む。 國學院大で新キャプテンに就いた上原や嘉数ら同郷の先輩の活躍を目にし、刺激を受ける。「あの2人くらい活躍して、沖縄出身だから取り上げられるのではなく、一人の選手として取り上げてもらえるくらい結果を出したいです」と決意を述べた。
2月に駅伝…青学・黒田主将「立ち位置を見極められる」
もともとは、以前から島内で合宿を張っていた立教大と芝浦工業大に宮古島の選抜チームを加え、練習を兼ねて競い合う交流色の強い大会だった宮古島駅伝。観光の閑散期に当たる冬場の新たなコンテンツ作りを目指して2023年に規模を拡大すると、青山学院大や東洋大などが同年に参加した。その後も國學院大や中央大、早稲田大など強豪校の参戦が年々増えている。 選手たちのコメントにもあるように、コースとなっている宮古島の海岸沿い道路は起伏が激しく、風も強い。新チームが始動したばかりの2月に、この過酷な道のりで行われる駅伝に参加することは、各チームにとってどのようなメリットがあるのだろうか。 箱根駅伝2連覇中のチームで重積を担う青山学院大の黒田キャプテンに聞くと、今シーズンの目標も含めてこんな答えが返ってきた。 「どこの大学も主力をメインに出しているという感じではないですが、自分のチームと隣りのチームの差というか、自分たちが今どのくらいの立ち位置にいるかはある程度見極められると思っています。目指すところは箱根駅伝3連覇です。現状では力不足だと思うので、しっかり1年間力を付けて、来年のお正月を迎えられたらなと思います」 個人で出場するマラソン大会やトラックでの競技会は多いが、「三大駅伝」以外で他校と駅伝で競い合う機会は多くはない。区間ごとの特性に合わせた布陣や、位置取りなどの駆け引きは駅伝ならではの難しさがあるため、世代替わりしたタイミングで「チームで戦う」という意識を共有する意味でもプラスになっているのだろう。 國學院大の前田監督も「駅伝を走る機会って、ありそうでなかなか無いんです。今は新チームになってスタートアップの時期なんですけど、箱根を走れなかった若い選手を出すこともできる。『ヨーイドン』のハーフマラソンよりも駅伝の方が難しいので、こういう大会を開いてもらえるのは非常にありがたいです」と感謝を口にする。 これから主力メンバー入りを狙う選手にとっても、「アピールの場」としての意味合いは強い。 國學院大のアンカーを担った鎌田は2年前の箱根駅伝で8区を走り、区間6位の好走を見せたが、前シーズンは三大駅伝の出走は無し。それを踏まえ、「去年は大事なところで故障してしまい、ずっと悔しい思いをしてきた1年でした。今後も各大会でタイムを出し、チームの顔になっていきたいです。出雲、全日本、箱根を走り、3冠を成し遂げたいです」と気持ちを新たにしていた。 前田監督いわく、チームでは「宮古島駅伝に出たい」と希望する選手も増えてきているという。それだけ大会の価値が浸透してきているのだろう。
5区100.5km→6区82.0kmに変更 需要増した理由
今回、参加大学数が初めて二桁に乗ったこと背景には大胆な改革があった。規模が拡大してから3年目にして、初めて区間割りを大きく変更したことだ。以下は昨年との比較だ。 【2024年】総距離100.5km 1区19.5km→2区21.8km→3区20.2km→4区20.4km→5区18.6km 【2025年】総距離82.0km 1区10.8km→2区12.2km→3区20.1km→4区10.0km→5区10.3km→6区18.6km 昨年までの2年間は1区間約20kmだった。これは学生駅伝界で国内最長の距離がある箱根駅伝(10区間、総距離217.1km)の片道に匹敵するスケールであり、宮古島の過酷なコースでこの長さを走り切るのは容易ではない。新チームとなり、これから走力を高めていく段階にある選手にとっては、怪我のリスクも拭えないだろう。 実行委員会事務局で中心を担う曽禰信さんが、区間ごとの距離のバリエーションを増やした経緯を説明する。 「この1年間、日本インカレなど様々な大会に顔を出して各大学のコーチから聞き取りをしましたが、新チームで戦うには5区100kmのフルパッケージは厳しいという声が多かったんです。『20km区間もいくつかあっていいけど、10km区間をもっと入れてほしい』との意見もありました。それで受けて区間割りを劇的に変えたら、一気に参加校が増えました」 今回参戦した大学のうち、半数ほどは事前、事後に島内で合宿を実施。國學院大については、昨年12月から3カ月連続で宮古島合宿を敢行したという。強豪大学を誘致し、事務局はさらに大会をフックにして大学駅伝ファンや市民ランナーの呼び込みも見据えている。 スケールの拡大は参加大学だけではない。 特別協賛にはサンエーや沖縄ファミリーマート、日本トランスオーシャン航空(JTA)など地元の著名企業のみでなく、宮古島で事業を展開する東急グループや三菱地所、全日本空輸(ANA)など大手も名を連ねる。全体の企業数は増加が続く。 今大会では、最終6区に限って宮古島市の中学生・高校生の選抜チーム、県内の陸上界を引っ張る北山高校、那覇西高校もオープン参加した。沖縄で強豪大学のレベルを直に感じられる機会は極めて稀であり、にわかに活気付く沖縄長距離界の盛り上がりを後押しする一助にもなるだろう。 國學院大の前田監督が「交通的な制約は理解していますが、もっと宮古島の方々にレースを見てもらうためにも、もう少し街中を走れると地域の活性化につながると思います」と言ったように、まだ改善の余地はありそうだ。 大会事務局が掲げる「第4の大学駅伝」として、そして沖縄スポーツの新たな「冬の風物詩」として…。今後のさらなる発展が期待される。