ローカルはビジネスアイデアの種を苗に育てる最適な場所。仙台で育むIT開発20年の軌跡<ギジン株式会社 小泉彌和さん>【宮城県仙台市】
仙台市を拠点に活動するギジン株式会社は、生成AIコンテンツとスマホアプリのプロデュース・開発をメインに行っています。スマホをさわるだけで眠れる睡眠アプリ「睡眠観測」は、2022年にリリースされて以降、4万ダウンロードを達成しました(24年10月時点)。仙台で経営を始めて今年で20年をむかえる代表取締役の小泉彌和(こいずみ・ひろか)さんに、ローカルで起業することの魅力や、開発を続ける理由、将来実現したい世界について、お話しを伺いました。
ガラケー最盛期のモバイルコンテンツ事業「東京でなくても最先端の仕事を」
小泉さんの会社経営は、2004年、携帯電話のモバイルコンテンツ事業から始まりました。「どこよりも高品質な着メロを作る」をかかげ、着メロや着うた、待ち受け画像制作をはじめとした事業を04年に仙台で起業しました。
「東京でなくとも最先端の仕事ができる」という文句で人を集めていたと小泉さんは言います。当時、地方にIT系のスタートアップがほとんど存在しない中、小泉さんの会社は、設立1年後には社員数が30人に。急成長を遂げ、小泉さんは地域の起業家の先駆者的な存在として知られるようになりました。
07年に、小泉さんはソーシャルゲーム業界に革命をもたらす「カードガチャ」というビジネスモデルを開発します。これは、カードとカードを合成して強化するもので、後に「コンプガチャ」として知られるようになりました。しかし、この革新的なシステムは大手企業に模倣され、競合会社との競争が激化。最終的に、11年の東日本大震災を契機に事業を廃業することになりました。
「市場では模倣が横行し、競争が過熱してまるで焼畑のような状態でした。このような状況を続けていては前に進めないと痛感しました。結局発明しなければいけない、発明を広く社会に普及させることが重要だと強く感じています」と小泉さんは語ります。
仙台にこだわって働き続ける理由「静かなところで発明をして、それで世の中を変えていきたい」
小泉さんは、仙台での起業を振り返り、「作物を種から苗にする過程に似ている」と表現しています。
「植物が種から芽を出し、ある程度育つまでは、温室のような環境で育てるように、ビジネスもまた、競争の激しい市場に投入する前に、じっくりと育てるべきです。最初から苛烈(かれつ)な競争環境の中に「種」のままさらされると、発芽しない。多くのビジネスのアイデアが未熟なまま消えてしまう可能性があります」
新しいアイデアを育て、イノベーションを実現するのに、仙台は最適な場所であると小泉さんは言います。
「競争が始まる前のブルーオーシャンを引き当てないことには、イノベーションを起こせない。だから静かなところで発明をして、それで世の中を変えていきたいと考えています」と小泉さんは述べています。
「地方でもどこでも仕事できる」リモートワークの普及はIT系起業家には追い風に
小泉さんは、地方での起業に伴う課題として、「地元で仕事の機会を見つけるのが困難である」と指摘しています。
「最先端のAIやITを活用した研究開発系の仕事は、クライアントがもっぱら資金力のある大都市の企業であり、地方では求められていない。地方では、チャットボットよりホームページを作ってほしい、となりますね」
また、小泉さんは「地元で高度な技術職を見つけるのは難しい」と人材不足についても指摘します。
リモートワークの普及はこの問題に一石を投じています。
「IT業界の良さは、どこにいても働けることです。リモートで働ける環境が整えば、地方でも多くの仕事を引き受けることが可能です。今は特に、開発人材が足りないため、仙台にいても、どこにいても仕事を受けられます。この環境を利用し、私は睡眠アプリという発明品でビジネスができるようになっていくために、サービス・事業を育てていこうとしています」。
小泉さんの周囲には、開発プロジェクトで豊富な経験を積んできた人々がいます。これらの才能豊かなプロフェッショナルたちは、継続的に多くの仕事を受注しており、仕事が途切れることがないといいます。
「周囲にも、さまざまな開発スキルを持つ人たちが、高い柔軟性を生かして活躍しています。スキルがあれば、どこにいても仕事がある世の中になりました」と小泉さんは語ります。
AIはクリエイターの「敵」ではなく「道具」
小泉さんは、生成AIの開発において、早くから業界の最前線で活動してきました。
「15年頃、LINEがチャットボットを導入し始めた頃から、私たちはAIの開発に取り組んでいました。その経験から、ChatGPTのような先進的なツールの制作に至りました」
小泉さんは現在、クライアントが生成AIを活用するためのコンサルティングと開発を行っています。
「アニメ産業での生成AIの活用を支援しており、AIによるアート作品はまだ完璧ではないため、最初と最後には人の手が必要です」と彼は指摘します。
「AIが書き出したコンセプトアートを基に、最終的な手直しを加えることで、作品に必要な精度を加えています。たとえば、漫画制作においても、AIは人間のアシスタントとしてではなく、単純作業を引き受けることでクリエイターを支援しています。AIに任せることができる工程は多く、それによって漫画家は創造的な部分に集中できるようになります」。
このように、生成AIはクリエイターにとって敵ではなく、創造活動を効率化し、質を高めるための強力な道具として機能しています。小泉さんは、この技術をさらに発展させ、より多くの分野での実用化を目指しています。
もっと健康に根差したアプリを開発して、人々がより健康に、より充実した生活を送る手助けを
小泉さんは、生成AIによるコンテンツ創出の拡大が、人々をどんどん暇にすると見ています。「人類はこれから大量のコンテンツを消費する中で、どんどん不健康になっていくでしょう。しかし、コンテンツを本当に楽しむためには、健康であることが不可欠です」。
小泉さんが開発したスマートフォンアプリ「睡眠観測」は、不眠に悩む多くの若者から注目を集めています。このゲームの特徴は、「つまらなさ」が眠気を誘うという画期的なアプローチです。
「目を閉じて退屈なゲームをすることで、プレイヤーは自然と眠気を感じるようになる」と小泉さんは説明します。この睡眠アプリは、不眠を解消することに特化しており、さわって眠れるという新しい形式を採用しています。
小泉さん自身も、緊張する場面でスマートフォンをなでることで安心感を得ていた経験から、このアプリを開発しました。「自分で使ってみて効果があったので、他の人にも共有するためにリリースしました。プレスリリースを出したところ、リリース後1週間で1万ダウンロードを達成しました」と、小泉さんは振り返ります。ユーザーからは、「おかげで睡眠薬の使用量が減った」との感謝の声も寄せられています。
特に10代の若者たちが睡眠問題で苦労していることに注目し、小泉さんはこれを社会的な課題と捉えています。
「睡眠アプリを通じて分かることですが、利用者の多くが10代です。彼らはストレスが多く、睡眠の質に直接影響を受けています。そのため、健康への意識改革が今後ますます進むことが予想されます」
さらに、自身が過敏性腸炎で苦しんでいた経験を元に、小泉さんは腸活をテーマにしたアプリ「らくメモ腸活」を開発しました。
「私が開発した腸活アプリは、食べたものと排便の関連性を視覚化するものです。過敏性腸炎で苦しむ人々のために、何を食べるとお腹を壊しやすいのか、その管理を支援するアプリを作りました」
小泉さんは、健康に特化したアプリの開発を通じて、人々がより健康に、より充実した生活を送る手助けをしたいと考えています。「今後も、より細分化された健康問題に焦点を当て、将来的には医者の先生と提携もできるような治療アプリを開発していくつもりです」と意気込みを語ります。
聞き手:中野宏一、執筆:坂本友実