子どもの性被害「逃げられなくても、あなたは悪くない」小児科医が解説 心と体を守る【おうち性教育】
子どもの性被害が増加している。予防のために何が必要か。今日からすぐに家庭で活かせるヒントとして、「自分の心と体を守るための知識」をわかりやすく教える、小児科医の森重智先生の出張授業を紹介。
【図を見る】性被害から身を守る方法は? 小児科医の人気授業【おうち性教育】「“いや”って言ってもいい」「逃げられなくても、あなたは悪くない」──。
子どもの性被害が増加する中、小児科医の森 重智(もり・しげとも)先生は、「子どもたちを守るためには、家庭での対応がとても大切」と力説します。
今日からすぐに家庭で活かせるヒントとして、「自分の心と体を守るための知識」や、被害を防ぐ「いや」の練習など、子どもに向けた森先生の出張授業をご紹介。
「プライベートゾーン」や「同意・拒否」の大切さを、子どもにわかりやすく伝える方法が満載です!
「性教育」ってセックスの話じゃないんです
子どもたちには、前向きに、のびのびと、自分らしく生きていってほしい──。そう願う森 重智(もり・しげとも)先生は、『あいち小児保健医療総合センター』で勤務する小児科医。
幼稚園や学校にも出向き「子どもたちが笑顔でいられる教育」を届ける出張授業を行っています。
「僕がしているのは、いわゆる“包括的性教育(※)”です。対象は幼稚園児から保護者、先生たちまで幅広いですが、大人にはまず『“性教育”と言っても、セックスの話じゃないんですよ』と伝えることから始めます」(森先生)
(注:「包括的性教育」は人権や平等・多様性の観点から、生殖や性交だけでなく「人間関係」を含む幅広い内容を学ぶ性教育のこと)
小児科医・森 重智先生
「性教育」と聞くと、多くの人が妊娠・出産や性感染症など、思春期以降の話を思い浮かべがちですが、それはごく一部に過ぎません。
「包括的性教育は、自分や他人の身体を尊重し、違いを認める心を育てる“人権教育”なんです。人が人として当たり前に、より良く生きるために保障されるべき、生まれながらの権利──それが“人権”なんだよと伝えています」
今回は、そんな森先生が保育園・幼稚園の年中・年長さんを対象に行っている出張授業の様子をお届けします!
“好き・嫌い”と“いい・悪い”は違う
(提供:森 重智先生)
「一番いい色と、一番悪い色は、どの色でしょう?」
授業の冒頭、プロジェクターで壁に映し出した色えんぴつのイラストを示しながら、森先生が子どもたちに問いかけるところから、授業はスタート。「黒が一番悪い色!」「いいのは赤かなぁ」──。子どもたちは興味津々。それぞれの思いを、元気よく口にします。
「ごめんね、先生、意地悪しちゃった。実は、答えはありません。“好き・嫌い”と“いい・悪い”は同じ意味ではないんだよ」
こうして始まったのは、「違いって素晴らしい」というテーマの授業。
利き手、髪型、目の色、肌の色──と先生は、たくさんの例を挙げながら、まわりにはたくさんの“違い”があることを、子どもたちに気づかせます。
(写真:アフロ)
「例えば、この中には弟がいる子がいるよね。お兄ちゃんがいる子もいるよね。でも、お兄ちゃんも弟もいない子もいるよね。同じように、お父さんがいないおうちもあれば、お母さんがいないおうちもあるよね」「そういうのって、目の色が違ったり、肌の色が違ったりするのと同じ。“違い”なだけで“いい・悪い”じゃないんだよ」
家庭の多様性、カラダの特徴などに触れながら、森先生は、違いを認め合う人権の土台を丁寧に説いていきます。
プライベートゾーンは「自分だけの大切な場所」
「みんな違うってことは、素晴らしいこと。だからみんなは、一人ひとり違うとっても大事な存在なんだよ」
こう説明しながら、話題は徐々に「とっても大事な自分のカラダ」へと移っていきます
(提供:森 重智先生)
「みんなは、転んで膝をケガしたら、どうする? 血が出ていたら、絆創膏を貼るよね。どうしてだと思う? ……それは、自分のカラダが大事だからだよね」
続いて「プライベートゾーン」の話が始まります。
「お胸など水着で隠れる場所は、“自分だけの特に大事なところ”。お口も含めて、“プライベートゾーン”と言って、誰にも触らせちゃダメなんだよ」
子どもたちは、先生と一緒にカラダの部位の名称や性別による違いを学んでいきます。
「じゃあ、男の子と女の子でカラダの同じところってどこだろう? 目とか鼻とか口とか、いっぱいあるよね。じゃあ違うところってどこだろう?」
ここでは、男の子と女の子のカラダの違いを、正しい医学的な名称で伝えるようにしていきます。
普段の生活では聞き慣れない言葉でも、特別視せず、当たり前のこととして教えることで、子どもたちのカラダへの正しい知識と安心感を育てていくのです。
「また、ピンクや青などの色、人形、車といったおもちゃの好みについて『性別とは関係ないんだよ』と伝たりもします。『男の子がピンクが好きでもいいし、女の子が車のオモチャで遊んでもいいんだよ』と」「男の子はこうあるべき、女の子はこうあるべきという、いわゆるジェンダー規範に子どもたちが縛られずに、のびのびと生きられるようにするためですね」(森先生)
「いいタッチ」と「悪いタッチ」
(提供:森 重智先生)
ここからは、行動の練習の時間です。
「みんな、プライベートゾーンはわかったよね。じゃあ、プライベートゾーンじゃないところなら、人のカラダを勝手に触っていいのかなぁ……」
このように問いかけながら、先生は、子どもたちに「いいタッチ」「悪いタッチ」を考えさせます。そして、「心地いい距離は人によって違う」ことを伝え、「相手が嫌がっていたら、それは悪いタッチになる」と説明します。
いやだったら、「今はいやだ」って言っていい
「ところで、みんなは、ハグしたことある? 握手したことある?」
先生は子どもたちに問いかけながら、実際に子どもたちを二人一組にして握手をさせます。ただし、その前に、「『握手してもいい?』と聞いてからにしよう」と付け加えます。
「いやだったら、『今はいやだ』って言っていいんだよ」「『いや』と『いいよ』は、自分の気分で変えていいんだよ。今、友だちと握手したからって、いつでも、その子と握手しなくちゃいけないわけじゃない」
子どもたちにかける、こうした先生の言葉は、“同意”の考え方を子どもにわかる形で伝えるための工夫。「いや」と言える子になることを願ってのことです。
また、「いや」と言われた側の立場に立って、「人格を否定されたわけじゃない」「嫌われたわけじゃない」といったことも、丁寧に伝えていきます。
日本では和を乱すことは悪いことだという空気感があります。ただ、それが行き過ぎて本当に嫌なときに「いや」と言えなくなると、結果的にその子が苦しむことになります。
だからこそ、適切に「いや」を伝え合う練習が必要です。
声を出して逃げる・相談は「大人2人」に
(写真:アフロ)
そして次は、声を出して逃げる練習です。
「もし誰かにプライベートゾーンを触られそうになったら、どうするんだっけ!? そうだよね、『やだっ!』って言って逃げるんだよね。そして、そのことを安心できる2人の大人に話すんだよ」
ここで森先生が「2人に話す」としているのは、1人だけに依存すると、その人が信頼できない人だった場合、事実を揉み消される可能性を考えてのこと。
「じゃあ、実際に言ってみよう」
こうして子どもたちに「やだーっ!」と声を出して何度か叫ぶ練習をさせ、「大きな声」を出すことを体感させます。最初は遠慮がちな「やだ」の声も、繰り返すうち、だんだんと大きく力強くなっていきます。
声を出せなくても、逃げられなくてもみんなは悪くない
「そうそう、その調子。でもね、もし本当にそんな場面になったときに怖くて『やだ』と言えなくても、逃げられなかったとしても、みんなは悪くないんだからね。大丈夫だよ」
先生の授業を受けた子どものお母さんは、幼いころに性被害を受けた経験があり、「逃げられなくても悪くない」という先生の言葉に、「過去の自分が肯定されたようで救われました」と話してくれたそう。
逃げられなかったとしても、あなたは悪くない──。
子どもたちにとってはもちろんですが、ときには大人にも深く届く大事なメッセージです。
子ども同士“ひとりの人”として尊重
森先生の出張授業はおよそ25分。その終盤は、これまでのおさらいの意味を込めて、「お友だちのおまたにタッチしていい?」「先生はみんなのお尻を触っていい?」とクイズ形式で確認。
「誰であっても、他の人のプライベートゾーンに触れてはいけない」という基本を繰り返します。
性暴力の約9割が顔見知りによるものというデータもある事を踏まえ、子どもたちには「自分以外には見せたり触らせたらダメ」と強調。
「病院や着替えのときなど、特別なとき以外は、見せたり触らせたりしてはダメ」「触られたりして“これは秘密ね”と言われたら、おかしいと思ってね」と、実践的な知識も教えます。
また、先生は「幼稚園あるある」の“おふざけ”にも言及。
「ふざけて友だちのズボンを下ろしたり、女の子のスカートをめくったり、先生のお胸やお尻を触ったりしてもいいと思う? ダメだよね。大人が見ていなかったら、トイレや着替えをのぞいていい? もちろんダメだよね」
今は、誰もが“ひとりの人”として尊重されなければならない時代。
だからこそ、「たとえ“おふざけ”でも、やってはいけないことがある」と説き、さらには、これまで授業で教えたことを言葉で繰り返し、丁寧に丁寧に子どもたちに説いて聞かせて、25分の授業を終了します。
学校では教えてくれないから“おうち性教育”が大事
先生の授業、いかがだったでしょうか。こうしたことは、学校でやってくれるから、家でわざわざ教える必要はないと思うでしょうか。
「性教育は学校でやってくれるものと思っている方もいるかもしれません。しかし実際には、学習指導要綱の“はどめ規定(※)”により、学校の先生が限られた内容を超えて性教育を実施するのが難しいのが現実です」
(注:学校現場での教育に対して、何を教え・何を教えないかを線引きしている文部科学省のガイドライン上の制限)
「だからこそ、家庭での性教育、つまり“おうち性教育”がとても大切なんです」
今回ご紹介した、森先生の出張授業の内容は、家庭でも応用できるヒントがいっぱい。イラストやクイズ形式を取り入れながら、日常の中で伝えていくことができます。
「性教育は特別なものではなく、“より良く生きる力”を育てる生活の一部。ぜひ家庭でも始めてみてください」
【「子どもを性被害から守る」をテーマに、小児科医・森重智先生にお話を伺った前回に続き、この記事では、森先生が行っている、包括的性教育の授業を紹介しました。子どもに伝えるポイントをつかんで、ぜひ“おうち性教育”に役立ててください】
(取材・文/佐藤美由紀)