政界を揺るがす政治とカネの問題。公示された衆院選は政権選択選挙ですが、争点はこれだけですか。
「杓子(しゃくし)定規」は曲がっている杓子の柄を定規にするように、ほかには通用しないただ一つの標準で全てを決めようとするやり方。また、「猫も杓子も」は皆がかかわるありふれたことを意味します。愛用する国語辞典の語釈です。杓子はご飯をよそったり、汁物をすくったりするする柄のついた道具。古からの身近な存在ゆえに、ことわざや慣用句に登場するのでしょう。
衆院選が公示されました。解散から本格化した政党や立候補者の舌戦を見聞きしていると、なんとも平和な国だと感じます。なぜなら、猫も杓子も、杓子定規に「政治とカネ」が最大の争点だと連呼しているから。派閥を巡る裏金問題が発覚して以降、国会はこの問題に膨大な労力を費やしてきました。政治とカネに清廉であることが政党の政権担当能力を見定める上で極めて重要な要件であることは論を待ちません。ただ、批判を恐れず申し上げるなら、山積する内政外交の複雑多岐にわたる政治課題は政治とカネの問題を解決すれば展望が開けるのですかと問いたい。
衆院選は政権選択選挙と称されます。衆院は任期が4年で参院より短く、両院で首相指名や法案の議決結果が異なった際に衆院を優先する優越権が認められているから。内閣の信任を懸けた解散は民意を問う重要な意味があり、衆院選の1票の選択はこの国の指導者と日本の針路を見定める選挙です。
ネットが翻弄? テレビや新聞報道
近年の選挙報道でネットメディアやSNSが影響力を発揮しています。ネット上でよく読まれるニュースや評論は多様な論点を提示することより、特定の課題を深掘りし、時に一刀両断に対象をこき下ろすのが特徴です。問題意識を共有する人々は胸のすく思いを共有します。この衆院選で言えば政治とカネの問題でしょう。心配になるのは、テレビ報道や新聞がこの手法に翻弄されていないかと言う点です。
国政選挙でも身近な市町村長や議員選挙でも、立候補者の訴えは国の将来像から地域社会の課題までさまざま。有権者は立候補者の訴えに耳を傾け、政治家の人となりを見定め、自ら重要だと感じるモノサシで1票を投じます。有権者の見方、考え方が多様であることが民主主義を健全で足腰の強い制度にします。なぜなら、幅広い民意を包括し、少数意見にも配慮しながら政策を手直ししたり、優先順位を判断したりすることが最大多数の最大幸福につながるから。民主主義は手間と時間がかかる制度なのです。
かつて参院選の応援演説で当時の川勝平太知事が「リニア水問題が争点だ」と応援演説で訴え続けたことに、私は「選挙の争点が一つであるかのような印象は与えるべきでない」と評論しました。同様に、政治とカネの問題は重要な政治課題ですが、単一の争点で有権者の関心を引く選挙戦略は危うさを内包していると理解すべきです。
もう一つの「カネ」の問題
さて「政治とカネ」に勝るとも劣らない、もう一つのカネの問題をお伝えします。それは積みあがる国の借金、つまり国債の問題です。借金は多額であっても返済の余力や返済計画が明確なら心配は不要です。庶民の住宅ローンと同じ。ただ、政治家の中には「国債をどんどん増し刷りして日銀に買わせればいい」との考え方があります。かつて「日銀は政府の子会社」と発言した首脳がいました。あたかも日銀を打ち出の小槌のように位置付け、経済対策のためなら放漫財政との批判を受け入れない姿勢です。
なぜこんな政治判断がはびこるのでしょうか。この国の政策論争は「何かをやめて、新たに何かを始める」といった議論を避けるからです。税収は限られ政策は取捨選択せざるを得ません。私たちは高額商品を購入するとき、その代わりにこれは節約しようという判断します。
しかし、国会では新たな政策を実施するため既存の支援策を廃止すると言ったとたん「切り捨てだ」と猛反発が起きます。するとどうなるか。現状に上乗せする形で支援策が講じられる。「スクラップ・アンド・ビルド(廃止と新設)」ではなくて「現状維持にプラス」が基本。いくらお金があっても足りません。だから国の借金が積みあがるのです。
公約も「現状維持にプラス」
どんなに練り上げた経済対策でも、全国民にあまねく恩恵をもたらすのは困難。野党は政権を監視する重責を負い、政策を点検して支援が行き届かないケースを浮き彫りにするのは重要な責務の一つです。ただ、国会論戦では法案の欠点をことさら強調して「弱者切り捨てだ」と政府を猛攻撃する野党が多いように見えます。政府も真正面から支援策の取捨選択の必要性を言わない。限られた予算でできるだけ政策効果を高めるための議論になりにくいのが実情です。こうした政治風土は国政選挙にも影響し、掲げられる公約は政党の規模が大きくなればなるほど「現状維持にプラス」の傾向が強まるのです。
世界に日本経済の強さを誇示した高度経済成長期を再びと、経済成長重視の政策で最先端のデジタル社会を展望するもよし。身の丈の穏やかなアナログの世界観の中で、風情に満ちた質素な生活を志向するもよし。国民の価値観が多様化し、政府が骨太の経済対策で国民を導くことが年々、難しくなっています。ただ、国の成長を自由な経済活動にゆだねるのか、一定程度の規制で経済を統制しつつ成長を主導するのか、また高福祉・高負担か別の道を歩むのかなど、どんな社会制度を目指すのかは政党の考え方に違いが出やすいと感じます。
衆院選では各党や政治団体、各立候補者の訴えに触れ、主張や政策がバラマキの言いっ放しの政策になっていないかを点検しましょう。自らの1票の選択は自分の価値観、生活感を確認することにもつながります。こんな機会、無駄にしてはなりません。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。