バイクで旅に出る理由 ━ ナカノヒトSSTR参戦記
今年で13回目を迎える「SSTR(サンセット・サンライズ・ツーリング・ラリー)」(以下、SSTR)は、日の出から日の入りの間に日本を横断するイベントです。年間2万キロを走る大のツーリング好きを自負する自工会の”ナカノヒト”がSSTRの魅力について語ります。
バイクに乗るのは楽しい。ツーリングに出かけるのはもっと楽しい。けれども何年かすると行き先がマンネリ化してきたり、行き帰りの自宅周辺での渋滞が苦痛になってきたり、季節によっては暑い寒いで出かけるのが億劫になったりと、だんだん「倦怠期」を経験するライダーもいると思います。そのままバイクを降りてしまうケースも目にしてきましたが、せっかく免許を取り、人生を豊かにしてくれる相棒を手に入れたのに、わずか数年でバイクライフを終わらせてしまうのはもったいないことではないでしょうか。
購入後にライダーが末永くバイクライフを楽しめるよう、さまざまなレベルに合わせたライディングレッスンや、オーナーズミーティングなどさまざまなイベントが用意されています。ツーリングラリーもその1つかもしれません。スタンプラリーのようにチェックポイント(以下、CP)で位置登録をしてポイントを集めながらゴールを目指すツーリングラリーはSSTRや琵琶湖を一周する「CBTR(CENTRAL BIWAKO TOURING RALLY)」などがあります。また、自工会が参画している「BLF(バイクラブフォーラム)」のツーリングキャンペーンもあります。今回参加したSSTRは、ツーリングへのモチベーションをかきたて、「バイクで旅に出る」強い動機を再認識することになりました。
一般社団法人 日本自動車工業会(自工会) 広報担当
小川 正太郎
四輪メーカーにて欧州事務所勤務などを経ながらおよそ30年間広報業務に従事。後半は主にWEBサイト制作やSNS運用などデジタル広報を手がける。2021年4月より自工会に移り広報担当。
25歳で中型二輪免許(当時)取得、コロナ禍を機にバイク熱が再燃して2024年に大型二輪免許取得。
出発まで
日本人として初めて二輪車でパリ・ダカール・ラリー(パリダカ)に参戦し完走を果たした冒険家の風間深志氏が石川県を訪れた際、千里浜の海岸に沈む夕陽を見て思わず「まるで(当時のパリダカのゴール地であるダカールの)『ラック・ローズ』のようだ!」と讃え、ここをゴールとする冒険ラリーを企画したのがSSTRの由来です。2013年の第1回は130台だった参加台数も13回目を迎え、今年は12,000台を超える国内最大級のツーリングイベントになりました。
それだけ人気が上がるとエントリーするための競争率が高まります。2月23日の申込開始時はPCの前に待機して記入項目の「下書き」をして待機します。コロナ禍の2020年以降は複数日の分散開催となりましたが、初日や最終日の週末は数分で締切になります。
4月下旬には小包が届きました。中にはゼッケン、ルールブック、記念品などが同梱されていて、こうした演出も旅心をくすぐります。気の早い参加者はすでに「ゼッケン貼付の儀」と称して愛車にゼッケンを貼り付けてSNSにアップする姿が見られました。
ルールブックもしっかり予習します。おおまかには、以下の通りです。
日の出以降に太平洋側の任意の地点をスタート日の入り前に千里浜にゴール道の駅や高速道路のSA/PA等のCPでポイント獲得合計15ポイント以上獲得指定道の駅、指定能登半島地震被災地応援地点、指定自然災害伝承碑を各1カ所以上経由
指定CPは5月初旬に発表されます。同時に専用WEBアプリも公開されるので、位置登録の練習をすることもできます。
ルート選定
よく「旅は準備が一番楽しいよね」と言われます。指定CPの発表から自分の出走まで1カ月弱。獲得ポイントを計算しつつあれこれとルートを検討するのはワクワクするものです。名古屋の人は最短距離で一番乗りを目指すもよし、東北の人は長距離の記録に挑むもよし、125cc以下のバイクで全線一般道での走破に挑戦するライダーもいます。自分は事前に静岡までリエゾン(回送)して岬ポイントが獲得できる御前崎スタート〜岐阜を北上するルートにしようか悩みましたが、天候が崩れそうなのと、ゴール後現地でゆっくり過ごしたいことから、茅ヶ崎スタートで比較的最短となるルートをベースに、指定CPを経由することにしました。自作したルート表はちょっとパリダカを意識してフランス語で作ってみました。
雨の準備
出発前は週間天気予報に釘づけです。今年は梅雨のはしりが早いせいかSSTR開催期間の5月24〜31日は天候が思わしくないようで、脳内で雨天対策本部が開設されました。自分のウェアは上下とも防水性能を備えたものですが、長時間や強雨の際にはやはりカッパが安心です。またブーツも防水を謳っていますが、接合部から滲みてくるのでブーツカバーも。最近はシリコン製の伸び縮みするものがでているので試してみましょう。浸入経路をシャットアウトするとどうしても蒸れてしまうため、インナーのシャツやスパッツ、靴下は作業着専門店で安価な速乾素材のものを調達。
仲間との会話だけでなく、ナビの音声案内や音楽を聴くためにインカムを使用するライダーも増えてきました。防水性能があっても長時間雨中に晒されると故障の原因になるため、SNSで見かけた「100円ショップの染髪用耳カバーが良いらしい」という情報を参考に使用してみました。確かにシンデレラフィット!ただし破けることがあるので数枚持っていくといいでしょう。
盲点となるのはウエストバッグなど。カッパごと覆えばいいのですが、カバーしきれない場合はレジ袋で包んでおくと荷物がズブ濡れにならずに済みます。
ヘルメットはシステム型にしました。コンビニでの買物などの際に都度脱ぎ着しなくても済むので、天候に関係なくこのようなイベントでは便利です。
脱着といえばグローブについても、最近は「スマホ対応」のものが主流ですが、CPでの登録操作時に反応しにくかったり誤操作したりすることもあるので、SNSでの「集合知」として絶賛されていたマグネット付スタイラスペンをタンクやハンドルバーに付けておいて快適に操作できました(もちろん操作は停車時に!)。
いよいよ本番
5月31日、早暁4:29。出発地に選んだ「サザンビーチ茅ヶ崎」には日の出前から多くのライダーが集まっていました。そのまま新湘南バイパス〜圏央道〜中央道に出られる便利さも人気の理由です。残念ながら日の出は拝めませんでしたが、幸い雨は降っていません。このまま頭上にあるであろう太陽を追いかけながら、とにかく安全に日没前に日本海を目指そう。どこかで顔を出してくれるかもしれないし。すでに前日までにフィニッシュしたライダーたちに見送られながら、まずは高速移動区間はSA/PAでポイントをコツコツと集めながらコマを進めます。
笹子トンネルを出ると甲府盆地は快晴!やはり太陽のエネルギーは偉大。まるで光合成をしているかのように元気が出てきます。甲信地方は好天に恵まれたまま中央高速を離脱し、最初の指定道の駅「安曇野ほりがねの里」には9:30過ぎに到着。「指定」道の駅を設ける理由は、観光要素以外に恐らくバイク用の充分な駐車エリアが確保されているなど、施設側と調整ができていることだと思います。
特急列車の愛称の由来にもなっている梓川沿いに、巨大なダムをいくつも横目に見ながら北アルプスに向けてグングンと高度を上げて走っていくと、前日までに完走を果たしたと思われる、ゼッケンを付けたバイクと何台もすれ違い挨拶を交わしました。元々登山などでもすれ違いの際には挨拶を交わしますが、大昔はクルマでも夜中に交通量の少ない峠道などですれ違う際にはチカチカとハイビームにすることもありました。バイクではその風習が残っていて、特に観光地でピースする姿をよく見かけます。この挨拶のことは一部で「ヤエー」と呼ばれますが、20年以上前、某巨大掲示板のバイク板で「初めて北海道ツーリングしたら嬉しくてたくさんYAEHしました(^^)v」という趣旨の書き込みがあり、イェー(YEAH)のスペルミスであったことがウケて拡散したのが起源と記憶しています(諸説あり。異論は認めます)。
東日本から能登を目指すとどうしても日本アルプスを越える必要が出てきます。そのうちもっともメジャーなのが安曇野と飛騨高山を結ぶ安房峠です。標高1,790mに及ぶ旧道(国道158号)は道幅も狭くつづら折れの連続で、トラックやバスは切り返さないと曲がりきれないほどの「酷道」でした。1997年に中部縦貫道の一部として安房峠道路(安房トンネル)が開通し、大幅に時間短縮となり、SSTRでも人気のルートになりました。ただし「自動車専用道路」であるため125cc以下の二輪車は通行できず、今年のSSTR開催期間はまだ旧道が冬季閉鎖であるため、原付二種以下のバイクで参加する方は木曽の開田高原経由か、糸魚川の親不知・子不知経由で越える必要があります。
全長およそ4kmの安房トンネルを抜けると一面の霧!雨ではないものの慎重に坂を下り、道の駅「奥飛騨温泉郷上宝」で一息。名物の五平餅をいただきます。SNSでよく「 #ライダーの義務 」といわれるソフトクリームは、寒さのため断念。
続いて指定道の駅「宙(そら)ドーム・神岡」とポイントを重ねます。神岡はかつて亜鉛や鉛を採掘する鉱山が点在していましたが、今では宇宙からの素粒子ニュートリノを観測するために神岡鉱山の地下に設置された研究施設「カミオカンデ」で一躍有名になりました。お腹にまだ余裕があったので次の道の駅「細入」で旬の鮎塩焼きをいただきました。五平餅は1時間差でおかずと待ち合わせ。いつの間にか富山県に入っていました。
お腹も落ち着くと、ここからは雄大な砺波平野に入ります。 庄川水系を中心とした「扇状地」や「散村」について社会科で習った方もいるかもしれません。自分は高校の研修旅行で庄川上流にある建設当時日本最大のロックフィルダムであった「御母衣ダム」を課題レポートに書いたので馴染みがあります。
扇状地ということは、現代のように治水が進む以前は河川が乱流し洪水が多く川筋が頻繁に変わってきたという歴史があります。
能登半島地震をきっかけに「自然災害を後世に伝えよう」とSSTRのルールに追加された指定「自然災害伝承碑」は昭和9(1934)年豪雨による庄川の洪水を記した「破堤箇所標」をCPに選びました。
砺波(となみ)平野を横切るといよいよ石川県に入ります。ここにきて時折雨脚が強まってきました。日本海が見えてくると指定「能登半島地震被災地応援スポット」の一つである道の駅「内灘サンセットパーク」にチェックイン。ここからは海岸沿いに進路を北に取ります。ゴールまであと約30km!左手に日本海の荒波を見ながら快走する「のと里山海道」は、震災直後の報道でよくご覧になった方も多いことでしょう。今では路面もすっかりキレイに修復されています。しかし果たして波が高いとこの先の千里浜は入場できるか不安がよぎります。
SSTRのゴールエリアにして最大のハイライト「千里浜なぎさドライブウェイ」は日本で唯一、一般車両が砂浜を走れる全長8kmの公道です。
今浜ICで、のと里山海道を降りると「通行可」の看板が!実は過去2回SSTRに参戦して、いずれも千里浜なぎさドライブウェイは高波による通行規制となっていたため、今回初めて全線を走破できることに。一般的に砂地はバイクにとって非常に運転しにくい路面ですが、このドライブウェイは定期的に散水するなどして整備してくれています。この日はあいにく時折雨が降る残念な天候ですが、その代わり砂浜が締まってとても走りやすい!文字通り「雨降って地固まる」を体験。
「足もとに絡みつく~♪」某アニメのエンディングを思い浮かべながらゆっくり海岸線を走ります。20年ほど前、四輪でのパリダカの仕事でラックローズの海岸に行った際にはたくさんのフラミンゴが舞っていました。千里浜では何百人もの地元のボランティアやスタッフの皆さんが待っていて、大歓迎をしていただきました。
あいにく沈みゆく夕陽は見えないけれど、感無量でフィニッシュゲートをくぐり、15:49にゴールしました。
合計31ポイント獲得し467.0kmを11時間08分49秒で無事完走です!
ゴール後
ゲート付近には完走者を労うSSTR総合プロデューサーの風間深志氏とともに、元祖「旅ライダー」で作家の賀曽利隆氏(以下、賀曽利氏)の姿も。
ゴール後、フィニッシャーバッジ(完走賞)や記念品を受け取り、特設会場のトークショーへ。風間氏は「昨年に続き今回も能登の復興・復活を祈念することをテーマにした。参加者は自分の未来のためにアクセルを開けてゴールゲートをくぐり輝いている。能登の皆さんも未来に向かって輝こう、という思いを込めて『輝きをともに』とポスターに記した」説明しました。
今年75歳を迎える風間氏に対し「若い頃、山梨の温泉で風間氏と『俺たち80になってもバイクに乗ろうよ』と約束した」と応じた賀曽利氏は今年で78歳。
過去のインタビューで彼に「(コロナなどでバイクに乗り始めたライダーが)もし、ツーリングに飽きてしまったら?」と尋ねたところ、「全国の峠を走破する、温泉を制覇する、日本の旧国名をたどる。興味をもってバイクで出かけると必ず発見がある」と力説していたことを思い出します。
SSTRはまさにその興味をかきたててくれるツーリングの動機づけとなるイベントでした。
次回はもっと地域を応援したいので高速道路を極力使わないルートにしようか、それともゴール前に奥能登方面のCPに多く立ち寄って見分を深めてみようか……早くもルート選定が楽しみです!
ダイジェスト動画
https://youtu.be/C3JptEntSr0
お問い合わせ先:サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー(SSTR)公式サイト