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『スイミー』の作者レオーニが絵本で伝えた「自分らしさ」とは?代表作から読み解く表現とメッセージ

イロハニアート

レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『スイミー』好学社

『スイミー』をはじめ、数々の名作を生み出した絵本界の巨匠レオ・レオーニ(1910〜1999)。生涯で手がけた絵本の数は、なんと40冊近くにのぼります。日本では小学校の教科書にも掲載され、何十年もの間、多くの子どもたちに愛されています。

レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『スイミー』好学社、1969年(画像提供:好学社)

レオーニは、画家、彫刻家、グラフィック・デザイナー、アート・ディレクターなど、美術の世界で幅広く活躍しました。中でも、彼自身が大切にしていたのが、49歳の時から始めた絵本作家の仕事だったそうです。

この記事では、レオーニの代表作『あおくんときいろちゃん』『アレクサンダとぜんまいねずみ』『スイミー』の3作品をピックアップし、彼の表現や絵本に込めたメッセージをひも解きます。

なじみ深い作品の背景を知ることで、レオーニの世界をより深く味わえるでしょう。

8月27日(水)まで、絵本の仕事にフォーカスした「レオ・レオーニの絵本づくり展」がヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)で開催されます。絵本の原画や映像を通して、彼の世界観を体感できますので、本記事を参考に展覧会も楽しんでみてくださいね。

『あおくんときいろちゃん』—生涯をかけたテーマの始まり


レオ・レオーニ作、藤田圭雄訳『あおくんときいろちゃん』至光社、1967年(画像提供:至光社)

絵本作家としてのレオーニのデビュー作『あおくんときいろちゃん』。すべての登場人物がシンプルな形で構成されています。子どもの絵本に初めて抽象的な概念を取り入れた、エポックメーキングな作品です。

従来の絵本とは一線を画した斬新な表現ですが、そのアイデアは子どもたちとの遊びという日常的な場面から生まれました。

彼は2人の孫と電車に乗っていた時、子どもたちが退屈しないようにと、たまたま持っていた雑誌の校正刷りの青いページをちぎって丸い形を作り、即興でストーリーを組み立てたそうです。

整然とした図形ではなく紙をちぎったように表現しているのは、この出来事がもとになっています。

レオ・レオーニ作、藤田圭雄訳『あおくんときいろちゃん』至光社、1967年、p.10,11 (画像提供:至光社)

レオーニがこの作品で大切にしているのは、シンプルさと分かりやすさです。明快なストーリーだからこそ、読者が登場人物に気持ちを重ねたり、想像の余白を楽しんだりできると言えます。

たとえば、主人公の「あおくん」が友達と遊んでいるページ(上の写真)を見てみましょう。かくれんぼをしたり、輪になって遊んだりする様子が描かれています。「あおくん」の形に注目すると、左ページでは正円に近いですが、右ページでは横長になっており、読者はそれぞれの形に動作や感情の違いを感じるでしょう。

このように、大きさや配置を工夫することで、キャラクターの心の動きや感情を見事に表現しています。

また、彼は、「子どもの絵本の作者には、ほかの人のために世界を『見る』義務があります」(※)と話し、「自分とは何か?」という根源的な問いを絵本で示しました。レオーニが生涯を通して考え続けたテーマは、「あおくん」が自身を認識するこの絵本から始まったのです。

※引用元:松岡希代子『レオ・レオーニ 希望の絵本をつくる人』美術出版社、2013年、p.143

『アレクサンダとぜんまいねずみ』—ストーリーにふさわしい技法を探求


レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『アレクサンダとぜんまいねずみ』好学社、1975年(画像提供:好学社)

レオーニが絵本でくり返し描いたのが、小さなねずみたちです。ねずみが初めて登場したのは、作家が自身を投影した『フレデリック』(好学社、1969年)です。

生きるためには、食料だけではなく芸術が必要なのだと、詩人のフレデリックは仲間たちに教えます。この作品を皮切りに、自分探しをするねずみたちのストーリーを、レオーニはいくつも生み出しました。

その中のひとつ、『アレクサンダとぜんまいねずみ』には、人間に嫌われるねずみとおもちゃのねずみという対照的なキャラクターが登場します。少女に大切に扱われているぜんまいねずみのウィリーをうらやむアレクサンダ。「自分もウィリーのようになりたい」と思い悩む様子が描かれています。

レオーニが作るストーリーの多くは、ある出来事が起こり、危機が訪れ、やがてハッピーエンドを迎えるという構成で、洗練された分かりやすさが特徴です。彼は、ストーリーを明確に伝えることが何よりも大切だと考え、「ストーリーにもっともふさわしい手法をつかおうと努めている」と語りました。(※)

レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『アレクサンダとぜんまいねずみ』好学社、1975年、p.10, 11(画像提供:好学社)

『アレクサンダとぜんまいねずみ』の絵に注目すると、紙に直接描くだけではなく、様々な技法が用いられていると分かります。

たとえば、アレクサンダがウィリーと出会うシーンでは、紙を切り貼りするコラージュという技法を取り入れており、日本の千代紙など何種類もの紙が使われています。手でちぎってアレクサンダの柔らかな毛並みを表現したり、ハサミを使ったシャープな形でウィリーを作ったりと、キャラクターやモチーフに適した手法を探りました。

このように、レオーニは、ストーリーを最適な手段で伝えられるよう、どのような技法で描くかを考え抜いて絵本を制作しました。

(※)参考:「レオ・レオニ インタビュー」聞き手 M. ラマツォッティ、朝日新聞社 企画事業本部 大阪企画事業部、松本育子(刈谷市美術館)『レオ・レオニ 絵本のしごと BOOK! ART! BOOK!』、朝日新聞社、2012〜2014年、p.133

『スイミー』—芸術家としてのまなざし


レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『スイミー』好学社、1969年(画像提供:好学社)

小さな黒い魚の活躍を描いた『スイミー』。赤い魚のきょうだいたちの中で、一匹だけ色が違うスイミーが、仲間たちと困難を乗り越えるストーリーです。

この作品には、スタンプやモノタイプといった版画の技法が使われ、主人公が他の魚と異なる存在だと強調したり、海底の水のゆらぎを表現したりと、世界観を巧みに描き出しています。

小さな魚たちはスタンプの技法を使い、彫刻刀で削り出した凸面にインクを付け、紙に押して印刷する方法で描かれました。

きょうだいたちを赤い線で表す一方で、スイミーは黒く塗りつぶされ、異質さが際立っています。同じ形を再現できるスタンプの技法を活かし、レオーニは物語のテーマを見事に示しました。

もうひとつの手法であるモノタイプは、版に直接インクや絵の具で絵を描き、その上に紙をのせて圧力をかけ、描画したイメージを紙に転写する版画の技法です。レースペーパーを版として使うなど、素材の柄を活かし、透き通るような海の中を表現しました。

レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『スイミー』好学社、1969年、p.30, 31(画像提供:好学社)

『スイミー』のストーリーに焦点を当てると、レオーニが伝えたかったことが見えてきます。

しばしば、一致団結する素晴らしさにフォーカスして語られることもありますが、「この物語でもっとも大切なところは、『ぼくが目になろう』というところにある」と、レオーニ自身が話しています。(※)

ストーリーの終盤で、スイミーは自分が仲間たちとは異なることを認め、自身にしかできない役割を担おうと決意し、問題に立ち向かいました。レオーニはスイミーに自らを重ね、それぞれの人に個性と役割があること、他の人が見過ごしてしまうものを芸術家の視点で見せることを示しました。

絵本づくりを通して、彼は現代の子どもたちを取り巻く様々な問題に敏感になっていったと言います。自身の追い求めるテーマと絵本が重なり合ったのが、彼の傑作のひとつ『スイミー』だったのです。

(※)参考:松岡希代子『レオ・レオーニ 希望の絵本をつくる人』美術出版社、2013年、p.114

レオーニが絵本で伝えた「自分らしさ」と人生の豊かさ


この記事では、レオ・レオーニの代表作である3冊の絵本をピックアップし、その表現と作品に込められたメッセージについて解説しました。

彼は、自分らしさを探求するプロセスを丁寧に描き出し、主人公が自らの役割を果たす喜びを、一貫して伝えました。
また、様々な技法を取り入れた理由として、ストーリーを明確に示すことが何よりも大切だと考えていたことが挙げられます。ストーリーを絵でどのように表現するかを考え抜き、テーマに最適な手法を見出しました。

絵本が出版されてから何十年もの間、世界中で親しまれているのは、子どもたちを取り巻く問題をレオーニがつぶさに観察し、作品を通じて希望を示したからだと言えるでしょう。

絵本をより深く味わいたいという方は、2025年7月5日(土)〜8月27日(水)にヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)で開催される「レオ・レオーニの絵本づくり展」に、ぜひ足を運んでみてくださいね。

《参考文献》
・レオ・レオーニ作、藤田圭雄訳『あおくんときいろちゃん』至光社、2021年(初版:1967年)
・レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『スイミー』好学社、2021年(初版:1969年)
・レオ=レオニ作、谷川俊太郎訳『アレクサンダとぜんまいねずみ』好学社、2023年(初版:1975年)
・朝日新聞社 企画事業本部 大阪企画事業部、松本育子(刈谷市美術館)『レオ・レオニ 絵本のしごと BOOK! ART! BOOK!』、朝日新聞社、2012〜2014年
・松岡希代子『レオ・レオーニ 希望の絵本をつくる人』美術出版社、2013年
・松岡希代子、森泉文美編著『レオ・レオーニと仲間たち』青幻舎、2024年
・『月刊モエ 2019年6月号 巻頭大特集 スイミーとレオ・レオーニ』白泉社、2019年5月

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