<真のドンコ>は貪欲な河川のハンター? 「どんこ」と呼ばれる魚たち
魚の名前というのは実に複雑。同じ魚でも地方によって呼び名が違うのはよくあることですし、とある魚の標準和名が、別の魚種の地方名である、なんていうケースもあります。
「どんこ」と呼ばれる魚もそのひとつで、かたや浅瀬から深海にまで生息するタラの仲間であり、かたや一生を淡水域でくらすハゼの仲間です。
さて、標準和名で「ドンコ」と呼ばれる魚はどちらでしょうか。
「どんこ」と呼ばれる魚たち
「どんこ」と呼称される魚は、いくつかあります。
海釣り師の間で「どんこ」というのは、タラ目・チゴダラ科のチゴダラであることが多いようです。
チゴダラは北海道から九州南部、瀬戸内海の浅瀬から水深1000メートル近くにまで広くみられ、主に千葉県の銚子などでそう呼ばれていたものですが、現在はこの呼称は各地に広まっているようです。
なお、チゴダラについてはもともと「エゾイソアイナメ」という和名でも呼ばれていましたが、現在エゾイソアイナメはチゴダラと同じ種類とされています。
しかし、標準和名でドンコと呼ばれるのは淡水に生息するハゼの仲間です。
つまり単に「どんこ」と呼んでしまうと、どちらの種を指しているのか分からなくなってしまうこともあります。できるだけ標準和名で覚え、その名称を使うようにしたほうがよいでしょう。
これが「真のドンコ」だっ!
標準和名でドンコと呼ばれるのは、スズキ目ハゼ亜目、またはハゼ目のなかの、ドンコ科の魚の種 Odontobutis obscura(Tremminck and Schlegel, 1845)です。
全体的に体が茶褐色で、背中に茶褐色の模様が入ります。全長は大きいもので20センチを超えるくらいにまで育ちます。
また、チチブなど、淡水から汽水域に生息するハゼ科の一部をも「どんこ」と呼称することもあり、おそらく、ヨシノボリなどと比べてやや大きく、がっしりしたハゼの仲間の総称のように使われているのかもしれません。
漢字では「鈍魚」または「貧魚」と書くようで、「鈍甲などと書いてある辞典もあるが、それでは語意を表さない。コは魚名語尾」(榮川省造(1982)、新釈 魚名考、青銅企画出版)とあります。
実際にドンコは動きが鈍いとされ、『琵琶湖の魚図鑑』では「自然下でも素手で容易につかめる」とあります。ただドンコのつかみ取りについては、私も挑戦してみたものの、うまくつかむことはできませんでした。
なお、チチブやヌマチチブはドンコと間違われることがしばしばあります。しかしながら、チチブやヌマチチブの成魚には明瞭な白い斑点があるのに対し、ドンコにはそれは見られません。
またチチブはドンコと比べると、全体的に黒っぽい色をしています。白いバケツに入れると色が薄くなることがあります。
福岡ではよく見る淡水魚・ドンコ
ドンコの分布域は富山県・愛知県以西の河川(四国・九州を含む)で、淡路島、五島列島・福江島にも分布しますが、大隅半島など一部分布しない地域もあります。海外では韓国のコジェ島にも分布しています。
筆者は滋賀県、愛媛県、山口県でもドンコを採集しているのですが、地元である福岡県でもドンコはよく見ることができる淡水魚といえます。筆者の住んでいたマンションのそばにある河川でもよく採集したもので、私にとってはなじみの深い魚といえる存在です。
初めて採集したのは2004年の早春で、河川の底にある、堆積物の中にじっとしている個体でした。というよりも、水温が低く魚がじっとしている時期のため、魚が隠れている堆積物ごと掬うとその中にドンコもいたのでした。
その格好良さに惚れ、自転車のかごにバケツを収納し丁寧に自宅まで持ち帰り、私の“ドンコライフ”が始まったのでした。
ドンコは貪欲な河川のハンター
いよいよ、ドンコライフがスタート。筆者の部屋にある水槽でオイカワやイトモロコ、ヌマエビなどと一緒に飼育をはじめました。
しかし、ある日異変が起きてしまいます。ある日水槽を見ていると、ドンコがオイカワを咥えているではありませんか……!
実は、ドンコは淡水魚の中でも貪欲なハンターとして知られています。
下記写真の水槽ではドンコのほか、オイカワやイトモロコ、ヌマエビといった魚やエビを飼育していたのですが、エビやオイカワの小さいのはドンコに捕食されてしまいました。自然下の河川においても、食物連鎖の上位にたっている魚といえそうです。
空き缶などの中にもよく見られ、福岡の河川においても、空き缶やビン、あるいはタイヤなどの中に潜んでいる様子が確認できます。また、河川の魚のなかでも上位の捕食者でほかの魚に襲われる心配があまりないためか、いつも堂々としています。
ドンコの体色は暗褐色と茶褐色のまだら模様で、空き缶がない場合でも、水底にひそみ隠れるための保護色になっているように見えます。
興味深いことに、このような斑紋は別科(カワアナゴ科)のマレーゴビーなどにもよく似ています。おそらくこの種もドンコのように待ち伏せして餌を捕食するタイプなのでしょう。
ドンコを飼育する
ドンコは空き缶の中など、河川の中に見られるゴミの中に潜んでいることがあります。そのため、すばしっこく逃げるオイカワなどとは異なり比較的採集しやすいといえます。そして、持ち帰って飼育してみたくなるものです。
しかしながらドンコの飼育は、アクアリウム初心者にはあまりおすすめできないところがあります。
なぜかというと、ドンコの飼育には専用の水槽が必要になるからです。というのも、先述したようにドンコは肉食性が強いため、ほかの魚と一緒に飼育していると、ドンコがほかの魚を捕食してしまうことがあるからです。
そして、大きいものは全長25センチに達することもあるため、あまり小さな水槽では飼育できません。できれば、成魚は幅60センチ以上の水槽で飼育してあげたいところです。
酸欠にはあまり強くないらしく、投げ込みろ過や上部ろ過などのように、水中に酸素が溶け込みやすいタイプのろ過槽がドンコに向いています。
ドンコに限らず、ハゼの仲間は水槽の底のほうでじっとしていることが多いのですが、驚くと水槽の中を右往左往し、水槽から飛び跳ねてしまうこともありますので、フタはしっかりしておきましょう。
逃がしてはいけない
ひとくちに「ドンコ」といっても、いくつかのグループにわかれています。
Sakai, Yamamoto and Iwata(1998)によれば、日本産のドンコは西九州グループ、西瀬戸グループ、東瀬戸グループ、山陰・琵琶・伊勢グループ、そして匹見グループの5つのグループに分けられています。
このうち山口県と島根県に生息し、匹見グループと呼ばれていたグループについては2002年に新種として記載され、イシドンコOdontobutis hikimius Iwata and Sakai,2002 という標準和名がつけられました。
ほかの地域のドンコについても、いつかは種、ないし亜種として記載されるかもしれません。細かい遺伝的集団のすみわけが狂ってしまうこともあり、採集したドンコを飼育できなくなったとしても、河川に逃がしてはいけません。
また、飼育していたドンコを採集したのと同じ場所に逃がすのも、寄生虫やほかの魚の病気が伝染している可能性があり、慎みましょう。採集して写真だけ撮影し逃がすというのは許容されると思います。
ドンコに限らず飼育していた魚の放流というのはさまざまな問題があり、慎まなければならないのです。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
榮川省造(1982)、新釈 魚名考、青銅企画出版、607pp.
藤岡康弘・川瀬成吾・田畑諒一 編(2024)、琵琶湖の魚類図鑑、サンライズ出版
中坊徹次編(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版、東海大学出版会
日本魚類学会編(1981)、日本産魚名大辞典、三省堂
Sakai. H, C. Yamamoto and A. Iwata. 1998. Genetic divergence, variation and zoogeography of a freshwater goby, Odontobutis obscura. Ichthyol. Res., 45 (4): 363-376.