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野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8④ 常連さんと連絡船 」

まるごと青森

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8④ 常連さんと連絡船 」

(前回:野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その8③ ナット昆布とカニ三昧)

2025年2月5日(水)        常連さんと連絡船

午前8時半。固く締まった雪を踏みしめながら、弘前公園と道を隔てて立つビルの1階を目指した。そこには喫茶店「珈琲 時代屋」がある。
小さなドアを押して中に入る。右奥のテーブル席に、こちらに背を向けた先客がいるだけだ。冷蔵庫の上のテレビはNHKの「あさイチ」の画面で、大雪のニュースを流している。

モーニングを注文した。カウンターの向こうでママがパンを焼いたり、ハムエッグをこしらえたりしていると、男性が入ってきた。当たり前のようにカウンターに腰を下ろし、一服しながら新聞を広げた。ママと何やら一言二言交わして、また新聞に目を落とす。
「寒い」と声に出しながら、続いて常連客の女性が入ってきた。なぜ常連とわかったかというと、彼女は入り口のドアが閉まる前からママに話しかけたからだった。
「〇〇食べた?」
「食べた、食べた」
聞き取れたわけではなかったが、「食べた」ことに関するやり取りだった。

ハムエッグ、サラダ、トーストをワンプレートに盛り付けたモーニングが登場した。テーブルに醤油はあるが、ソースはない。

「ソースはありませんか?」
と聞いてみた。私はご飯のおかずに目玉焼きなら醤油だが、パンと一緒のときはソース派なのだ。
「こっちは醤油なんだけど」
ママはそう言いながら、ソースを持ってきてくれた。思った通り中濃ソースだった。

それを食べ終わって店内を見渡すと、いつの間にかカウンターは常連客で埋まっている。全員が高齢者だ。ママはコーヒーを淹れたりパンを焼いたり、客の話に相槌を打ったりと忙しそうだ。
店内を見渡すと懐かしいピンクの電話があった。現役だ。そばに寄って受話器を持ち上げてみた。重い。公衆電話の受話器ってこんなに重かったのか。

店が落ち着いてママの手があいた。
「この店はいつからやっているんですか?」
「昭和59年からですけど」
西暦でいうと1984年だから、今年で41年ということになる。カウンターは見事な杉の一枚板で、開店当時からのものだという。ここでも壁の柱時計がカチカチと時を刻んでいる。9時になった。「ボーン」が9回鳴る。

「お名前をうかがってもいいですか?」
「渡辺真里子です。まりこの〝り〟は真理の理ではなくて里ね」
今朝も時間がタイトだ。
「写真を撮らせてください。顔が写ってもいい方は、こちらを向いてください」
誰もが背を向けたままだったが、そのままスマホで1枚撮影した。

ホワイトアウトみたいな吹雪の中を青森市に向かった。車は青森港のふ頭に係留されている「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」のそばで止まった。

車を降りた所に「津軽海峡冬景色歌謡碑」があり、声は聞こえないが青年が体を揺らしながら全力で歌っている。それを横目に見てタラップを登って船内に。

八甲田丸を訪れるのは2度目だ。3階の遊歩甲板は「青函ワールド」で昭和30年代の青森市の風俗が人形と大道具、小道具で再現されている。実在の人物のように作り込まれた人形たちは、いまにも動き出しそうだ。そしてテープで繰り返し流れる会話は笑いを誘う。見て回っていて楽しい。このコーナーは前回来たときにはなかったと思う。

1階は車両甲板で、本物の列車が展示されている。つまり船体の中にレールがあって、車両そのものを運んでいたことがわかる。
おっと、いますれ違ったのは歌謡碑の前で絶賛全力歌唱をしていたあの青年ではなかったか。船好き?それとも鉄道好き?

昼食を済ませて青森市森林博物館にお邪魔した。このところ青森ヒバやブナなど青森の林業に触れる機会が増えている。博物館の建物は明治41(1908)年築で、青森ヒバ材でできたルネッサンス式洋風木造建築。青森大林区署(後の青森営林局)として建てられた。近くには貯木場や製材所があった場所だ。

館長の辻村収さんの手慣れた説明を聞いて、改めて思ったのは今も昔も青森県、中でも津軽半島と下北半島はヒバの宝庫であるということだ。明治42(1909)年に完成した津軽森林鉄道の路線図がそのことを物語っている。

博物館の庭にある第7展示室では、かつて森林鉄道で活躍していた機関車と幹部用客車を見ることができる。
辻村さんに聞いてみた。
「どのくらいの来場者があるんですか?」
「年間1万6千人ほどです。鉄道ファンが多いですね」
森林鉄道の機関車は、鉄道ファン必見のお宝かもしれない。

津軽地方がかつてない大雪に見舞われた2025年2月。それでも昭和レトロな喫茶店に人々が集い、言葉と笑顔を交わしている。そして、温泉も変わらず賑わっている。それが青森で生きるということなのだろう。

野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

◇店舗情報◇

店舗名 珈琲 時代屋 住所 青森県弘前市元寺町9 三上ビル1F 電話 0172-35-9447 営業時間 8:00〜18:00(定休日 月、日曜日) 店舗名 青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸 住所 青森県青森市柳川1丁目112-15 電話 017-735-8150 営業時間 9:00〜18:00 店舗名 青森市森林博物館 住所 青森県青森市柳川2丁目4-37 電話 017-766-7800 営業時間 9:00〜17:00(定休日 日曜)

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