ベルカントの新星 クラウディア・ムスキオが語るオペラへの情熱と初来日への思い〜新国立劇場『夢遊病の女』アミーナ役で本邦初登場
新国立劇場オペラ『夢遊病の女』(2024年10月3日~10月14日、新国立劇場 オペラパレス)で、アミーナ役を歌うソプラノ、クラウディア・ムスキオ。1995年、イタリア・ブレーシャ生まれ。20/21シーズンからドイツのシュトゥットガルト州立劇場でイタリア人初の専属歌手となり、今年(2024年)7月にはやはり『夢遊病の女』のアミーナ役を歌い大成功を収めたばかりだ。初来日を目前に控えたムスキオに、シュトゥットガルト州立劇場の様子や自身の歌手としての歩みについて語ってもらった。
■マリア・カラスに憧れて——オペラとの出会い
——声楽を始めたきっかけを教えてください。また当時はどのような歌手に憧れましたか?
14歳のときに学校のコーラス隊で歌っていたら、先生から「あなたの声は特別だから、もっと本格的に歌を学んだほうが良い」と言われたことがきっかけです。コーラス隊で歌っていたのはイタリアン・ポップスでしたが、先生の言葉をきっかけに本格的に声楽を習い始めました。
当時の憧れの歌手は、なんといってもマリア・カラスです! 彼女の歌うアミーナは、私がオペラ歌手を目指すきっかけの一つとなりました。そして、アンジェラ・ゲオルギュー。彼女の英国ロイヤル・オペラでの『椿姫』を観て、オペラへの憧れが増しました。
——ポップスとオペラでは歌い方が異なりますが、すぐにオペラを好きになれましたか?
はい。小さい頃からオーケストラ曲などのクラシックを聴く機会はあったので、抵抗はなかったです。それに、オペラの世界を作るのは歌だけではありません。衣装、美術もその世界の一部です。そして毎晩、さまざまな演目が世界中で上映されていて、しかもそれが何世紀にもわたって続いているのです! もともと19世紀の小説や美術が好きだったということもあり、すぐにオペラが好きになりました。
——現在はドイツにお住まいですが、最初はイタリアの音楽院で学ばれたのでしょうか?
はい、そうです。声楽を習い始めた翌年には音楽院受験の準備を始め、入学後は午前中は普通高校、午後は音楽院に通う生活を送りました。
——とても忙しい学生生活でしたね。
声楽の勉強を始めてすぐに「オペラこそが私のやりたいことだ!」という確信をもったので、なんの疑問も抱きませんでした。その後、一心不乱に7年間ブレーシャの音楽院で学び、マスターコースへ。22歳でフェッラーラの音楽院を修了してすぐにイタリアの歌劇場でデビューして、23歳のときにロッシーニ・オペラ・フェスティバルに出演しました。その後は、ドイツのシュトゥットガルト州立劇場の研修生を経て、専属歌手になった現在に至ります。
■ドイツ・シュトゥットガルト州立劇場での新たな挑戦
——オペラの国・イタリアでお生まれになったことが大変うらやましいです。しかし、なぜドイツへ行こうと思われたのですか?
イタリアは私の祖国ですし、いつも心にある国ではありますが、その頃、コロナ・ウイルス感染症の危機があり、歌手としての仕事のチャンスがどんどん減っていました。また、数年間フリーランスのオペラ歌手としてイタリアで活動していましたが、新しい研鑽を積みたいとも考えていたので、シュトゥットガルト州立劇場のオペラスタジオに入ったのです。
——それから現在は、同劇場の専属歌手として歌われていますね。ドイツの劇場の雇用システムは、イタリアとはどのように異なるのでしょうか?
イタリアでは歌手は基本的にフリーランスですが、ドイツでは劇場に雇用されながらフリーランスとしても活動できます。歌劇場に所属していることでレパートリーも広がり、素晴らしい指揮者、オーケストラ、ピアニスト、スタッフとも共演する機会に恵まれ、さらに他の歌劇場でも歌えることは、若い歌手に素晴らしい経験を与えてくれます。
——ムスキオさんのように、そういったチャンスを求めてドイツに来るイタリア人歌手はたくさんいるのでしょうか?
いいえ。イタリアではあまりこのドイツのシステムは知られていないと思います。私も研修所に入って初めて知りました。
——専属歌手の方々は、他にどのような方がいらっしゃいますか?
シュトゥットガルト州立劇場はドイツで最も大きな規模の歌劇場なのでメンバーも多く、40名以上が専属歌手として所属しています。歌劇場は毎シーズン、新しいプロダクションを上演しながら、2年ごとに再演があるなか、各々のレパートリーにもとづいて演目ごとに舞台に立ちます。私のレパートリーはイタリア・ベルカント作品なので、ロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティといった演目のときに出番がきます。他の同僚たちにはフランスものを得意とする人や、バロック歌手、ワーグナー歌いがいて、それぞれ出番が来るという感じです。
年齢層は、28歳の私は2番目に若く、また40年間ずっと専属歌手として歌われている方もいます。ドイツ以外にも他のヨーロッパやアメリカ、そして日本から来た歌手もいて、そういった多様なメンバーと知識や経験を共有でき、とても充実しています。
——アットホームな雰囲気があるともお聞きしました。
心からそう思います。歌劇場は、私たち歌手をとても人間的に扱ってくれるのです。歌手はいついかなるときも完璧なコンディションでいるのだと思われがちですが、病気になったり体調を壊すことだって当然あります。そういったことに劇場全体が理解を示してくれます。
また、それだけでなく、お互いに支え合えるような雰囲気もあります。歌手たちがひしめき合っていると、まるで生き馬の目を抜くような、戦々恐々とした雰囲気があるのだと思われませんか? そんなことはなく、お互いの公演を聴いて、フィードバックをしあったり、褒め合ったりもします。良い聴き手としても互いに支えられるような環境なのです。歌手は自分の体そのものが楽器なので、外的な要因に非常に左右されるからこそ、このような健康的で人間的な環境で歌えることは素晴らしいですね。
——7月にはそんなシュトゥットガルトで『夢遊病の女』のアミーナ役にロールデビューされました。劇場のコレペティである青木ゆりさんが、『彼女が歌う最終景には稽古場の皆が毎回涙ぐみ、私も彼女を通してベッリーニが更に好きになりました。明るく真面目で堅実で、大好きな同僚です。みなさま是非!』とご自身のSNSにも投稿されていましたね。
この投稿は本当にうれしかったです。彼女はずっと私の稽古で伴奏をしてくださっていました。今回の新国立劇場でのデビューについても、こんなふうに温かい投稿をしてくれたの見て本当に驚きましたし、感激しました!
■ベルカント歌手としてのさらなる高みを目指して
——高音が美しいだけでなく、安定した中音域をお持ちです。まだ20代でいらっしゃるなんて信じられません。ご自身の声をどのようなプロセスで作ってこられましたか?
たくさん研究し、練習を重ねたことはもちろんですが、もともと高音は出やすく、コロラトゥーラやアジリタは私にとって比較的容易でした。しかし、勉強を始めたころは、声の響きや音域については未熟だったので、よい支えや呼吸、姿勢について学び、歌うための筋肉を鍛えました。そうしたことを教えてくれる良い先生と出会い、先生を全面的に信じながら声を作ってきました。そしてもう一つ大事なことは、学んだことを舞台の上で、人前で実践すること。アカデミーや音楽院などを利用して、そういった機会を重ねてくことが声の成長の秘訣だと思います。
——歌っていらっしゃるお顔を拝見しましたが、どの音域であってもきれいな表情をキープされています。
そう言っていただけてうれしいです! 私は先生から、発声は“自然に”声が出せなければいけないと教わりました。また、限度もありますが、言葉の発音もセリフを喋るように自然にと言われ続けました。
——どこが音域のチェンジなのかわからないくらい、音色も均一でいらっしゃいます。
高い音、低い音で多少は変わることもありますが、どの音域であっても硬口蓋で声を響かせるようにと言われました。そして、そのような発声は筋肉の支えが可能にするのです。
——今後どのような声を作っていきたいですか?
歌手の勉強には終わりがありません。歌手は体が楽器であり、しかも体は日ごとに良くも悪くも変化し、老化も訪れます。歌手にとって必要なことは、この先、体がどうなっていくかを想像し、それを見定めて研鑽を続けていくことです。そして、良い先生と一緒にトレーニングを重ねて、その後一人でも発声のポジションや感覚を確認していく作業が必要です。若く、経験が少ないうちは自然発生的に、直感的に声を出せて、さまざまなポジションで歌えますが、それを必ず調整していくことが重要なのです。そしてそれを毎日続けなければいけません。この先、もっと良い歌手になるために経験も必要ですが、体の変化とともに技術的な訓練を積んで、“発声の基礎”を固めていくことが大事なのだと思います。確固たる礎があれば、その先へ進めるのだと思います。
——これまでも、これからも“ベルカント(美しい声)”を追求されるのですね。『夢遊病の女』はベルカント・オペラの、そしてベッリーニの最高傑作の一つ。ベッリーニは歌手にとってどのような作曲家だと思われますか?
まず、ベッリーニの音楽様式は唯一無二。他に類を見ない作曲家です。美しさと、声楽の超絶技巧が共存していて、歌い手に満足感を与えてくれる作曲家の一人で、作品の中にはイタリアオペラの発声の美が存在しています。一方で、歌手たちにとってベッリーニに挑むことは大きな挑戦でもあります。音楽がとてもシンプルだからこそ難しい。歌い手は舞台上の裸の声を四方八方から見られているようなもので、発声、言葉の一つずつに細心の注意を払って歌う必要があります。だからこそ色付け、フレージングをどのようにするか、そして敷布であるオーケストラの上にどう立つのか、どうアンサンブルするかは腕の見せどころでもあるでしょう。
——マエストロのマウリツィオ・ベニーニと、相手役のアントニーノ・シラグーザの、大ベテランお二人と共演する意気込みを教えてください。
偉大なお二人と一緒に作品を作れることに、感激で胸がいっぱいです。楽しみで仕方なく、きっと素晴らしい経験になるでしょう。初めての来日で、新国立劇場で最愛の作品の一つを歌えるなんて! この作品の美しさとベルカント・オペラの魅力を日本の皆さんにお届けしたいと思います。
取材・構成=東ゆか