【高梁市】成羽備中神楽育成会 〜 高梁川流域に伝わる伝統芸能を継承する若者たち
「備中神楽(びっちゅうかぐら)」を知っていますか。
高梁川流域に江戸時代より伝わる伝統芸能(神楽:かぐら)で、現在でもお祭りやイベントなどで奉納されています。
そして、備中神楽の担い手を育成するのが、備中神楽発祥の地、高梁市成羽町を拠点に活動する「成羽備中神楽育成会」です。
高梁市のPR大使「備中高梁伝えたいし!」を務めている東京ホテイソンのたけるさんもこちらのOBだとか。練習にはげむ備中神楽の担い手たちを取材してきました。
備中神楽とは
備中神楽の歴史をひも解くと、今をさかのぼること500年以上前の室町時代、神職によって神前に奉納されていた「荒神神楽(こうじんかぐら)」が起源であるといわれています。
これは、神事として荒ぶる神々を鎮(しず)めるために、奉納されていたものでした。
備中神楽の演目にある猿田彦命(さるだひこのみこと)の舞、榊(さかき)舞といった舞は、荒神神楽の流れを受けたものだといわれています。
現代の(日本神話を基にした)演劇性に富んだ備中神楽は、今から約220年前の江戸時代に現在の高梁市成羽町にて神官をしていた、西林国橋(にしばやし こっきょう)が広めたと伝えられています。
西林国橋
江戸時代末期の国学者で神官。備中神楽の創始者として知られています。
現在の島根県西部で発祥した石見(いわみ)神楽の影響がみられ、代表的な演目としては、古事記や日本書紀を題材とした岩戸開き(いわとびらき)、国譲り(くにゆずり)、大蛇退治(おろちたいじ)などがあります。
成羽備中神楽育成会について
成羽備中神楽育成会は、1988年に設立されました。
1979年に、備中神楽が国指定重要無形民俗文化財に指定されたことを受け、高梁川流域エリアの各地で設立された子ども神楽の団体のひとつで、備中神楽の担い手となる子どもたちを育成することを目的として結成されました。
現在は未就学児から高校生までの団員10名で活動していて、毎週水曜日の午後7時から高梁市立成羽文化センター別館にて約2時間の練習をしています。
また、週末や学校の長期休暇には、高梁市内のみならず岡山県内各所にて開催される公演にて、その成果を披露しています。
練習のようす
取材のため、2025年4月9日(水)の練習を見学させていただきました。本番さながらの迫真の演技に、思わず見入ってしまいます。
代表指導者の大塚芳伸(おおつか よしのぶ)さん、指導者で育成会OBの藤原紫恩(ふじわら しおん)さん、藤原里菜(ふじわら りな)さん、3名の指導のもと、各種演目の練習を進めていきます。
こちらは中学2年生の丸山拳志郎(まるやま けんしろう)さん。3歳の頃に備中神楽をはじめて10年のキャリアを持つベテランです。
備中神楽の魅力について、丸山さんはこう語りました。
「備中神楽の魅力は、演者も観客も一体となって楽しめること。大蛇退治(おろちたいじ)に代表されるダイナミックで迫力のある演技が特に楽しいですね」
小さい子たちも、お兄さんお姉さんのやっていることを見よう見まねで練習しています。
公演のようす
週末や学校の長期休暇には、高梁市内のみならず岡山県内各所にて公演をおこなっています。
こちらは2024年11月に高梁市成羽町にておこなわれた「なりわ祭り」での公演のようす。
こちらは2025年4月にコンベックス岡山(岡山市北区)でおこなわれたイベントでの公演のようす。
備中神楽と成羽備中神楽育成会について、代表指導者として後進の指導にあたっている大塚芳伸(おおつか よしのぶ)さんにお話を聞きました。
代表指導者 大塚芳伸さんインタビュー
備中神楽と成羽備中神楽育成会について、代表指導者の大塚芳伸(おおつか よしのぶ)さんにお話を聞きました。
──成羽備中神楽育成会の結成からこれまでのあゆみについて教えてください
大塚(敬称略)──
1979年に備中神楽が国指定重要無形民俗文化財に指定されたことで、後継者を育成しようとする機運が、高梁川流域エリアの各地で高まりました。
そういった動きのなか、高校を卒業したらすぐ一流の神楽太夫(かぐらだゆう)として活躍できるようにとの思いも込めて、1988年に成羽備中神楽育成会が結成され、現在まで活動を続けています。
結成当初は備中神楽発祥の地・成羽で備中神楽を習いたいと、成羽町(当時)だけでなく、高梁市をはじめ、総社市、倉敷市、遠くは岡山市と、各地より子どもたちが来ていました。
今は習い事の選択肢が多いこともあってか、地元の子が多いですけどね。
昨今は少子高齢化の影響もあり、子どもの数は年々少なくなっています。それでも備中神楽の伝統を守っていきたいと思い、日々活動しております。
──活動について教えてください
大塚──
練習は高梁市立成羽文化センター別館にて週に1回、毎週水曜日午後7時から約2時間程度おこなっています。
また、(神楽の)公演は昔よりは少なくなったものの、福祉施設への慰問や各地のイベントに多数声をかけていただいております。
公演は地元高梁市はもちろんのこと、遠いところだと津山市や岡山市、玉野市にも遠征しています。
──年間の公演数はどのくらいですか
大塚──
年によってばらつきはあるものの、現在は年間で約50回くらいですね。
子どもたちも学校がありますので、公演は土日と学校の長期休暇が中心です。
また、50回と書くとほぼ毎週公演しているように思えますが、実際はばらつきがあり、昼に1公演、夜に1公演のように1日で2公演する日もあります。
今年度も、4月から5月にかけてほぼ毎週に近いくらい公演をおこないました。
私たちの公演を見たかたが声をかけてくれて呼ばれるケースが多く、ありがたい限りですね。
──メンバー構成について教えてください
現在10人で活動していて、下は保育園の年長(5歳)、から上は高校3年生(18歳)まで在籍しています。
高校卒業と同時に当会からは卒業するものの、OBは各地の神楽団体に所属して神楽太夫を続けている子も多いです。
ちなみに私の教え子も、現在十数名が現役の神楽太夫として活躍しています。
──備中神楽を取り入れたお笑いで人気の、東京ホテイソンのたけるさんもこちらのOBだそうですね
大塚──
そうですね。たけるくんと、お兄ちゃんの兄弟で、小・中学校と一緒に習っていました。
高校進学以降は二人とも通学に時間がかかるようになり、なかなか練習ができなくなったものの、それでも来られるときは他の子たちと一緒に練習していました。
大学進学のため上京したあとも、帰省したときには一緒に神楽を舞ってくれていたものの、2年生の終わりぐらいから帰省することもなくなり、そのときにお笑いの道に進む話を聞きましたね。
彼は当会に在籍していたときから、ユーモアがあり、頭の回転が速い子でした。今でも印象に残っているのは、神楽の演目中にあるコメディのような場面のことです。
たけるくんが小学校4年か5年生の頃、私が「こんなネタをやってみるか」と、簡単な台本を書いて渡したんですね。
そしたらそれに脚色を加えて、さらに面白いことをいったり、ネタを追加したりしていました。当時からお笑いのセンスがありましたね。
──指導するうえで工夫していることはありますか
大塚──
演劇性に富んだ備中神楽の演目は、舞うだけではなくセリフを話すことがとても多く、これらを覚えるのが子どもたちには難しいようです。
それは、セリフの言い回しが普段の生活でなじみのない昔の候文(文語体)であることがおもな要因です。
もちろん、言葉だけを覚えてセリフの意味がわからずに唱えている子もいるのですが、練習をとおしてこのセリフはこういう意味なんだよと教えています。
このような感じで、演目の内容について理解を深めながら練習を進めています。
──演舞だけでなく教養も大事なんですね
大塚──
そうですね。伝統、歴史、形式であることに加え、神事の一つでもありますので。
また、礼儀作法やあいさつはとても大事ですね。
これらは神楽をするしないにかかわらず生きていくうえでとても大事なことですし、当会を卒業し、神楽から離れても子どもたちにはすごく役に立つ、プラスになることだと思っています。
──武道に近い感じがありますね
大塚──
芸を教えるだけではなく、礼儀作法っていうものも大事なことではありますので。
また、年長者を敬う、先輩を敬うことも大事なので、そういったことも含めて指導しております。
──神楽をやってみたい子どもたちに向けて、一言お願いします
大塚──
興味があるな、習ってみたいなというかたが居られましたら、遠方からでも良いですし気軽に練習見学に来てもらえたらと思います。
見学してみて、興味を持ってもらえたら入会して一緒に頑張っていけたらうれしいですね。
そして、備中神楽の伝統をつなぐという意味でも、みんなで一緒になって盛り上げていきたいと思っています。
──最後に、読者にメッセージをどうぞ
大塚──
お近くで公演があった際には、一生懸命子どもたちが活動している姿を見に来てほしいです。あわせて公演する機会が、もっとほしいなと思っています。
子どもたちは人前で発表することにすごく意欲を持っており、指導者としてはその機会を少しでも作っていきたいですね。
現在、コロナ禍の頃より少しずつ回復し、公演回数は増えています。当時は練習もNG、公演もNGと、2・3年間苦難のときが続きました。
それを機に当会を辞めた子もいる一方で、あらためて当会に戻ってくる子もおります。
今再び、多方面から公演依頼が来るようになってきたので、そういった機会をいかしていきたいし、公演の際には観客の皆さんも子どもたちと一緒に楽しんでほしいですね。
(子どもたちの)保護者の皆さんも同じ思いです。
もし、うちに来てほしいという公演依頼がありましたら、気軽に声をかけていただけるとうれしいです。
おわりに
取材を通して、団員が純粋に神楽を舞うのが楽しくて続けていることがとてもよく伝わってきました。
それらが指導者の熱い思いと重なり、備中神楽の伝統を未来へとつないでいくのでしょう。
成羽備中神楽育成会は地元高梁市をはじめ、週末のイベントを中心に岡山市や倉敷市でも公演を開催しています。お近くで開催される際には、足を運んでみてはいかがでしょうか。
また新規団員も随時募集中です。興味がある子どもたちは毎週水曜日の午後7時から高梁市立成羽文化センター別館にて練習をおこなっていますので、気軽に見学に来てほしいとのことです。
代表指導者である大塚さんのお話にも出てきたとおり、少子化や過疎化など、次世代に備中神楽を継承していくにあたっての課題も多くあります。
そのなかで「備中神楽が好き」というまっすぐな思いを抱き、日々研鑽(けんさん)にはげむ若者たちの描く地域の未来が、備中神楽の演目にある岩戸開きのように明るく開けていくことを願っています。