地元・釜石のためにできることを。岩手の食材や地酒を味わえる渋谷『イワテバル。』佐々木達磨さん【上京店主のふるさと噺】
地方から上京し、故郷の味を東京で伝えるべく奮闘する店主たちに聞く「上京店主のふるさと噺」シリーズ。第3回は、渋谷の百軒店(ひゃっけんだな)に店を構える『イワテバル。』。岩手県釜石市出身の店主・佐々木達磨(たつま)さんが東日本大震災をきっかけに自分にできることを模索し作り出した、岩手県民憩いの空間だ。
想像を超えてくる岩手の広大さ
知らない土地のことは、どうしてもひとくくりで考えてしまいがち。田舎者が想像する東京は隅々まで高層ビルが立っているし、京都にはどこまでも石畳と木造建築の街並みを期待してしまう。そういったよそ者が見落とすことのひとつが、東北地方の広大さと多彩さだと筆者は思う。特に岩手県は想像以上に広くて、その面積は東京・神奈川・千葉・埼玉の一都三県を合わせたよりも大きい。内陸の盛岡市や花巻市と沿岸部との間には北上高地の山々がどっしりと構え、それによって隔てられた地域にそれぞれの色があるのだ。
「地元から最寄りのマクドナルドまで、車で2、3時間かかるんですよ。盛岡市まで出ないといけないので」と言う佐々木達磨さんの故郷は岩手県釜石市。三陸海岸の中心に位置する街だ。
物理的な遠さだけではなく、精神的にもやはり遠い。「盛岡に行くと言うと、祖母に『背広着ていけ』と言われました」という話には笑ってしまった。「上京」というと地方と東京を二元的に捉えがちだが、真の田舎はそこから地方都市へ出るまでにまず一段「上る」わけである。
そんな釜石市は、海と山の街。沖には黒潮と親潮がぶつかる潮目がある三陸海岸は、世界有数の漁場ともいわれる。サバやサケのほか、ワカメ、ホタテ、カキも有名だ。佐々木さんが子供の頃には、詰め放題で売られているほどサンマも豊漁だったという。
同級生には漁師の家の子供もいて、「口開けの季節は家の手伝いで遅刻してくる子もいたし、先生もそれをあたりまえに受け入れていました」と佐々木さん。「口開け」とは要するに水揚げして殻を剥くこと。漁港ならではの“あたりまえ”に、磯の香りがふんわり香ってくる。
震災を機に考えた、地元を応援する方法
そんな釜石市で育った佐々木さんは、大学進学を機に上京する。同級生のなかで東京に出る人の割合は多くはなかったが、「どうせ地元を離れるなら、東京へ行きたいと思った」という。自動改札機もなかった地元から出てきて東京に降り立った時には、「外国人だ!」「マツキヨだ!」「吉牛だ!」と大興奮だったとか。いやはや、絵に描いたような「上京」で微笑ましい。
大学卒業後はいくつかの職場を経て、28歳のときに赤坂の中国郷土料理店『黒猫夜』に入り、ここで本格的に料理の道へ進むことになる。最初から料理人になりたかったわけではなく、ましてや自分の店を出すことも考えていなかった。そんな佐々木さんが『イワテバル。』を開くことになったのは、地元の被災がきっかけだ。
2011年の東日本大震災では、東北地方の数々の地と同様に釜石市も壊滅的な被害を受けた。東京にいた佐々木さんは、自分にできることを探して奔走。「近所の飲食店に募金箱を置かせてもらって寄付を募ったりしていました」。でも、どんな支援も結局は一時的なものという感覚が拭いきれなかった。東京にいながら継続的に地元を支えられる方法はないかと考えて、たどり着いたのが飲食店開業という道だったのだ。
「岩手の食材を使った店にすれば、仕入れで継続的に還元できると思って」。そうして2016年に、岩手の名産品や郷土料理を提供する『イワテバル。』を開店した。
素材を生かしたメニューの数々
『イワテバル。』のメニューはその店名の通り、釜石市を中心とした岩手県産の食材を使ったものがそろう。海産物はもちろん肉や地酒も岩手にゆかりあるものが多く、和食や中華などのジャンルはこだわらずに素材を生かしたアレンジだ。
器にこんもりと盛られたわかめは、シンプルな味付けでわかめそのもののおいしさが際立つ。一方、たっぷりの薬味で彩られたよだれどりは、旨味あるピリ辛のタレに佐々木さんの中華料理の腕が光る。さらにアヒージョの器は、盛岡市や奥州市が産地として有名な南部鉄器を使ったものと、あらゆる角度から岩手を味わえる。
料理を堪能しながらローカルばなしを聞いていると、焼きおにぎりは醤油ではなく味噌を塗る、おでんも薄めの味付けで煮込んでから甘味噌をつけて食べる……など、岩手ならではの味は数知れず。
冷麺は盛岡に行ったときくらいしか食べないやら、同じ岩手出身でも「かまだんご」は釜石の人にしか通じないやら、岩手と一口に言っても各地域に慣習や文化があることを改めて感じられる。
釜石市の味や風習に親しむ機会に
佐々木さんが渋谷に『イワテバル。』を構えた理由は、岩手県出身者が東京で集まろうとした際に便利なターミナル駅がいいと思ったから。実際、店を訪れる人の8、9割が岩手県出身で、偶然隣に座った人が地元の先輩だった!なんて出会いが起こったこともあったとか。
でも、もちろん岩手県出身者以外の人も大歓迎。「岩手出身じゃないとだめなんですか、とたまに聞かれることがあるというが、全くそんなことはないですよ」と佐々木さん。むしろ、岩手出身者以外のお客さんが店で疎外感を感じないよう気を配っているという。
電化していても鉄道のことは“汽車”と呼ぶ一部の地方あるあるな風習や、「いずい」という方言のニュアンスが通じなくて「いずい」感覚など、北海道が故郷の筆者が共感できる話も出てくる。わかったり、全くわからなかったり、どちらだとしてもローカルな風習や方言の話はおもしろい。
コロナ禍の前はイベントもよく開催していたといい、いつかまた復活したいと考えているそうだ。
取材時点で東日本大震災からは15年。復興が進んでいるとはいえ、被災の影響がさっぱり癒えた街などないだろう。そんななかで、岩手の味を提供し、岩手の人が集まれる場所があることは、大切な支援であり心の拠り所になっているはずだ。
イワテバル。
住所:東京都渋谷区道玄坂2-20-5 2F/営業時間:18:00~23:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・私鉄・地下鉄渋谷駅から徒歩10分
取材・文・撮影=中村こより
中村こより
もの書き・もの描き
1993年東京生まれ、北海道育ち。中央線沿線に憧れて三鷹で暮らした後、坂のある街に憧れて現在は谷中在住。好きなものは凸凹地形、地図、路上観察、夕立。挑戦したいことは測量と東海道踏破。