【萩原利久】「匠海に試されている気がしました」映画『世界征服やめた』ロングインタビュー
俳優として数々の作品に出演する北村匠海さんが、初めて企画・脚本・監督を務めた映画『世界征服やめた』が、2月7日(金)より公開されます。
北村さんが高校生のとき出会ったというポエトリーラッパー・不可思議/wonderboyの楽曲「世界征服やめた」から、北村さんが感じた想いが“映画”という形になっています。
その世界の中に登場する萩原利久さんが演じた“彼方”という青年は、1ルームの部屋に住み、スーツを着て会社に通っていますが、それ以外のディテールがほとんど描かれない人物です。そんな彼方と、ふと気づくと彼方の隣に居て、何かと物申す星野(藤堂日向)とのやり取りを中心に、物語が展開します。
プライベートでも仲がいいという萩原さんと北村さん。萩原さんは北村さんが本作の脚本を書いているという話を進行形で聞いていたうえで、後日、正式に出演のオファーを受けたとのこと。友人が監督を務める作品に出るという意味や、そこで求められるものに応えながら、萩原さんが感じたことを話してくださいました。
自分が試されているように感じた
――北村さんが本作の脚本を執筆している際、萩原さんはそのことを聞いていたそうですが、その時点から「出演してほしい」という話はあったのでしょうか。
決定ではなくて、なんとなく、脚本を書いているという会話の延長線上で話しているような感じでした。ご飯を食べながら「(北村が監督を)やるなら絶対出るよ!」みたいな。まだ、具体的に何か形になっている段階でもなかったので。
その時は、「本当に脚本を書いているんだ……」という印象で。当時、匠海の中でどのくらい固まっていたのかはわからないんですけど、やるかもしれないという片鱗を見たような状態でした。
――正式なオファーはどのような形で受けたのですか。
他の作品と一緒で、正式に事務所を通して来ました。僕が想像していたよりも早かったので、びっくりして。脚本を書いていると聞いたときは、もっと未来の話なのかと思っていたから、このスピード感で形になって、自分のところまで話が来たことに驚きました。
その時に僕としても初めて実感が湧いて、いろんなことを考え始めました。それまでは「こうなったらいいね」という世界のものが、「こうします」というものを明確に示されて、プレイヤー視点からするとフェーズが変わった瞬間でした。嬉しかったです。
――その時点で脚本も出来上がっていたのでしょうか。
その後の微調整はありましたけど、ちゃんとした形になったものを受け取りました。読んだときは、彼に試されている気がしました(笑)。僕に何をしてほしいと思っているんだろうと。なんでしょう……「(利久なら)できるよね?」みたいな。そういうメッセージを感じました。「匠海が監督するならやるよ!」みたいなノリから、一気に具体的になって、「ちょっとこれはヤバいかも」ってなりました。
――物語としての印象は?
不可思議/wonderboyさんの「世界征服やめた」という楽曲が原案にはなっていますけど、楽曲の世界観を実写化しているわけではなく、あくまでも彼がそこから受けたものが投影された物語になっていて。
彼が表立って言っていることと、深層心理からくるものを含めて、僕は彼が言いたいことの全部を知らないと思うし、彼も言葉にしていない部分もあるとは思います。ただ総合してみて、彼の器用さとか、実直さとか、照れとか、彼がこれまで経験してきたものが詰まっているなと思ったんです。
脚本において、彼は嘘をついていない。〇〇風ではなくて、自分の見てきたもの、知っているもの、彼のなかで「こうだ」というものを投影している印象はありました。
そこがまた、自分が試されているように感じた理由の一つで。匠海が彼方をやっている姿が想像できたんです。普段、脚本を読んでいて、自分以外の人が演じている姿を想像することってないんですけど、素直に匠海が演じる彼方が見えたから、それを僕がやるというのは、試されているのかなと。役に対してそういう感覚になったのは初めてでした。
彼方が匠海に見えたことは間違いじゃなかった
――北村さんが演じる彼方を想像できたとおっしゃいましたが、自分に当て書きされているかのようにも感じたともコメントされていましたよね。
僕らって人間を大雑把に分けたら、近いところにいる気がするんです。だから、当て書きと感じたのも、自分でもあり、彼でもあるというか、どちらにも該当する部分があるというか。たぶん、どこかのチャンネルが限りなく近いんだと思います。
普段、彼と僕は生き方も、見ているものも全然違うんですけど、1個だけ、ガチャってはまる、同じところを見ているチャンネルを持っている気がします。そのチャンネルを持っていることが、少なくともこの彼方という役には必要だったのかなと思いました。
あとから、匠海が脚本を書いていく中で、どんどん自分に近づいて行ったけど、自分はプレイヤーではなく、監督をやりたかったと言っているのを聞いて「なるほど」と。僕が、彼方が匠海に見えたことは間違いじゃなかったんだと納得しました。
――お2人の共通点は、この物語の中で描かれているようなことを実際に経験したという意味ではないですよね?
そうですね。彼の経験は彼のものでしかなく、僕がどこまで似た経験をしても、それは似て非なるものだと思っていて。具体的な経験というより、大きく言うと、1つのものの見方ですかね。僕らは近いものの見方とか、キャッチの仕方ができていて、それが今回の彼方役には必要だったんだと思います。
彼方は、自分からアクションを起こして巻き込んでいくというより、巻き込まれていく人だから、相手のリアクションを受ける側なんです。受けるって、僕にとって演じるうえでは発信以上に難しく、重要というのが経験の中であって。
しかも、僕自身これまで、どちらかというと、発信する側よりも、受ける側を求められる役のほうが多くて、匠海もそういう役のほうが多いと思うんです。そのキャッチの仕方に、プレイヤーとして近しいものは感じていて。
僕は今回、(藤堂)日向くん(星野役)のあのエネルギーをキャッチしなくちゃいけない役割で、それを逃してしまうようだったら、僕である意味がない気がして。それは、匠海から細かく言われていたわけではないんですけど、脚本の段階から課されたミッションだと感じていました。
――今回の脚本にはト書きにキャラクターの感情の部分も書かれていたとお聞きしました。
僕は、特別意識しすぎないようにしていました。自然とその感情になる部分は、素直にそのままやっていますけど、今回は、どちらかと言うと、脚本はありつつ、現場で求められる量が尋常ではなかったので。
普段の現場では、例えば、立ち位置とか、きっかけとか、そういう役の感情とは別のクリアな部分をどこまでも持って演じているんですけど、今回はそれが極限まで省かれていたんです。省かざるをえなかったとも言えるんですけど、目の前で起こることをキャッチするために、自分が持っているもののすべてをそこにフォーカスしないといけなかったんです。
「脚本に書いてあるからこうしなきゃ」になってしまうと、せっかく、芝居の鮮度を高めるためにテストをやらずにすぐに本番というやり方であったり、長回しをしてくれたりということが、もったいないなと。
極限まで初見に近い感覚を持てるように整えてくれているのに、そこで嘘をつくじゃないですけど、書いてあることをやってしまったら、意味がないものになってしまう気がして。ただ、正直に言うと、撮影をしている最中は、そんなことを考えている余裕もなかったと思います。
――そうすると、予想外のことも多かったのでしょうか。
クランクインをして、最初のシーンをテスト無しでいきなり15分の長回しで撮るなんて思ってなかったです。台本上のページにしたら1ページもないようなシーンが、あんなに長いとは思っていなかったし、現場に入って本当に3分ぐらいで本番が始まったんです。まさにぶっつけ本番です。
スタッフさんは事前に聞いていて、準備をしていますけど、演者側は誰もそんなことになるとは想像しないと思います。例えば、“とある場所”と書いてあって、“これって外国なのかな?”とか、“スカイツリーの上なのかな?”とかって、考えないじゃないですか。そういう次元です。ある程度、示されているものをもとにすると、そんなことになるとは考えられなかったです。
やっぱり僕はプレイヤーだなと思います
――劇中では、彼方に対して、例えば、家族や友人の存在とか、何に興味があるのかとか、そういうディテールが描かれていません。観客はそこを想像しながら観ていくと思うのですが、演じる側としてはどう捉えていましたか。
確かに、そこに関しては観てくださる方に委ねているのだと思います。匠海の中でもそこまで限定していなかったと思うし、というか、今回に関しては大事な要素でもなかったのだと思います。彼方と星野との裏表の関係性であったり、2人のもっと自分の中のことのほうが大切というか。
僕に関して言えば、彼方の感情というより、日向くんが出すものをいかにキャッチするかが大切だったので、現場に入る前に準備しようと思っても、結局、彼が何をしてくるのかがわからないし、考えたとしても、たらればみたいなことでしかなかったから、正直、やりようがなかった部分でもありました。
日向くんとは今回が初めましてだったんですけど、初めて会ったときに、彼から出るエネルギーを感じて、想像外のことをしてくるタイプなんじゃないか?という感覚があったんです。
もちろん、脚本を読んでいる時は、多少、考えることもありますけど、結果、現場に入ったら、それは忘れるので。とにかく、鮮度であったり、普段ではできないような形を整えてくれている現場だったので、その中にいかに存在するか、生きるかという部分に力を入れていました。
結局、想像通りに本番が遂行されたシーンなんてないし。僕はその場で感じるものを逃したくなかったし、尋常じゃないくらい、いろんな要素が存在した現場でした。そういう意味ですごく楽しかったですし、フレッシュでした。匠海がプレイヤーでもあることの良さや経験値がふんだんに活かされた現場だったと思います。
――完成した作品として観たときはどう思いましたか。
僕はやっぱりどこまで行っても観客視点にはなれなくて。特に、最初は。とにかく自分が出ているものを観るのが苦手なんです。けど、この作品に関しては、比較的その感情が最小限だったので、客観的に観れた部分もあったんですけど……でも、これからな気がします。
この作品自体が伝えたいものを感じるのには、もう少し時間なのか、何かが必要な気がします。もう少しフラットに観られるようになったときに、感じられるような気がするので、今はまだわからないです。
――今回の経験は大きかったですか。
刺激はすごくありました。自分たちより少し上の世代の俳優さんだと、監督もされている方もいらっしゃいますけど、同世代はまだまだそういう存在が少ないし。プレイヤーとして一線で活動しながら、監督にも挑戦するというのは、匠海が先陣を切っているのかなと。友達が現場の監督として存在しているという光景は忘れることはないでしょうね。きっとこの経験を忘れることはないと思います。
けど、それに影響されて僕が彼と同じことをできるか、したいかと問われると、逆に間近で見たからこそ、これではないのかなとも思いました。まあでも……いつか気が変わって、全然真逆のことを言っているかもしれないですけど。ただ、現状、僕は同じことはできないなと思いましたし、やっぱり僕はプレイヤーだなと思います。
“本物”を目指すのが面白い
――北村さんはこれまで経験してきたことを、今回、“監督”という形で表現しましたが、萩原さんはやはり演じていくなかで表現してくということでしょうか。
そうですね。演じていく中でだと思います。結局、人を演じるので、役を通して経験したことや、見てきたものは、どんなにコントロールしようとしても出てくるものだと思いますし、そこは間違いなくあると思います。
他には……なんでしょう? まだわからないです。もしかしたら、先々に別の表現を欲する瞬間が来るのかもしれないし、このままなのかもしれないし。ただ、探すことはしていきたいと思いますし、何か、演じる以外のことが自分の中に現れたときは、それを拒まずにやってみたいなとは思います。
――北村さんは悩んでいた時に、「世界征服やめた」という曲に出会って救われたというお話をされていましたが、萩原さんにもそういう自分を変えるような創作物との出会いはありますか。
僕は人生とか、生活においてのインスピレーションを受けるものって、創作物よりもリアリティからなんです。わかりやすいことで言うと、スポーツとか。シナリオもなければ、その瞬間、瞬間での判断で生まれるものじゃないですか。100パーセントのリアリティの中に美しさを感じるんです。
だからこそ、本物の顔を見ているので、人を演じるうえではそれを目指したいと思います。それが僕の中での一つのテーマになっています。
ただ、演じているという時点で100パーセントの本物になることは無理で、本物になれることはない。けど、それを目指すというのが、僕の中では面白いんです。どこまで見せられるかっていうのは、表現者として楽しんでいる部分かもしれないです。
そもそも僕は挫折という挫折がこれまでなくて。楽観的な人間なんだと思います。だから、どん底まで落ちるということもないし、自分の心を救ってくれるような表現も求めたことがなかったのかも……。なので、今のところ、自分のインスピレーションを刺激するものは、ノンフィクションなものですね。
――面白いですね。ノンフィクションから得ている人が、フィクションを作っているって。
めちゃくちゃですよね(笑)。脚本という作り物から始まっている以上、100パーセントはないから、絶対に実現できないところを目指しているんです。
――でも、本作で言うと、目指すものに近いところはあったのではないでしょうか。
瞬間的にはあります。初めて見て反応しているときのリアクションには嘘はないので。特に、最初に撮った長回しのシーンは、本当に1回も何もしていないので、そういう意味では目指すところにちょっとは近づけたというか。生ものの瞬間が一番馴染んでいたのかもしれないです。
――あのシーンはリアルな萩原さんをのぞき見しているような感覚にもなったのですが、ご自身ではどんなふうに見えるのですか。
ホント、恥ずかしいです。匠海からの指示が、ただここで生活して、生きてということだけだったので、本当に自分がそこで生活しているだけで。それこそ、歯の磨き方とかも、「この人、こうやって磨くんだ」とかって思われるじゃないですか。
――まさに思っていました(笑)。
だから嫌というか、やっぱり恥ずかしいです。でも、そこでなんか演じちゃおうとかすると、それが今回はすごくもったいないと思ったんです。匠海も言葉にして伝えるとき、敢えて、「演じて」じゃなく、「生きて」って言ったと思うし。だから本当に、ありのままの僕が居ると思います。
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インタビュー中に萩原さんが話されていた、クランクインでもあったという長回しのシーンは、物語の序盤に登場します。彼方が自室で歯を磨いたり、スマホを見たり、何気なく過ごす姿が映し出され、彼方というより萩原利久のプライベートをのぞき見しているような感覚にもなります。“本物”を目指す萩原さんの、限りなく“本物”に近い姿を、ぜひ、劇場のスクリーンでお楽しみください。
ヘアメイク/Emiy スタイリスト/Shinya Tokita
衣装クレジット/ジャケット ¥88,000 シャツ ¥45,100 パンツ ¥56,100 すべてインカミング[コンクリート]
その他、スタイリスト私物
作品紹介
映画『世界征服やめた。』
2025年2月7日(金)より全国公開
(Medery./瀧本 幸恵)