デヴィッド・ボウイが遺したミュージカル『LAZARUS』(ラザルス)日本初演開幕間近~立川直樹氏の解説でボウイ楽曲の魅力に触れる『デヴィッド・ボウイ スーパー・オーディオ・ライブ』レポート
世界的なロックスター、デヴィッド・ボウイの遺作となったミュージカル『LAZARUS』(ラザルス)が、2025年5月31日(土)にKAAT神奈川芸術劇場で開幕する。
記念すべき日本初演を前に、4月某日、ボウイと親交があった立川直樹氏(プロデューサー/ディレクター/音楽評論家)を迎え、今年60年周年を迎えたハイファイオーディオ製品ブランド「Technics(テクニクス)」の協力のもと、同ブランドの超高音質オーディオを使用した『デヴィッド・ボウイ スーパー・オーディオ・ライブ』(楽曲鑑賞会)が日本公演の関係者向けに開催された。立川氏の解説でボウイの楽曲と、人柄の魅力に触れる貴重な機会となった。
鑑賞会のために設置された機材は、レコードプレイヤー「SL―1000RS」(200万円)、山形県にあるレコード針生産メーカー「ナガオカ」社のダイヤモンドレコード針(65万円)、木製スピーカー、音を増幅させるフルデジタルのアンプ、反射板など総額は1000万円。ブランドスタッフによる、「データ量が多いレコードは、しっかりとしたプレイヤーで聴くと、いままで聴いたことがないような音も聴くことができる」という説明に期待が高まっていった。
たくさんのレコードを持参して登場した立川氏。冒頭、ミュージカル『LAZARUS』(ラザルス)のプロデューサーを務める熊谷信也氏から、日本初演にあたり本作の魅力をどう伝えたらいいのか、と相談を受けたことを明かし、立川氏が「日本で一番デヴィッド・ボウイを正当に理解していて、僕が死んだ後もボウイについて伝えてくれる人」と信頼を置く、ギタリストのSUGIZOとの対談を提案したことを話した。ボウイに憧れ、アーティストを志したSUGIZOと、私的にも交流した立川氏の読み応えがある対談は、「ミュージカル『LAZARUS』上演記念特別対談~より楽しみ、理解するために~ 立川直樹×SUGIZOが語る“デヴィッド・ボウイという天才の宇宙” ──音・言葉・時代の軌跡」としてSPICEの中で展開されている( https://spice.eplus.jp/featured/0000170284/articles )。
そんな背景から、1曲目は「SUGIZOが生まれた年のレコードをかけます」とボウイが1969年11月にリリースしたアルバム『スペイス・オディティ』から、「Space Oddity」をセレクト。立川氏は「ロック史上に残る名盤で、ボウイが世界に天才として知られるようになった記念すべき曲でもある。あの時代に、こんなことをしていたのかって驚かされる」と絶賛した。
楽曲はロケットに乗って宇宙に旅立ったトム少佐の物語。同年7月20日に、ニール・アームストロング船長らを乗せた宇宙船「アポロ11号」が人類史上初めて月面着陸に成功するなど、曲と現実がリンクしチャートをにぎわせた。未知の世界に飛び立っていく、曲中にカウントダウンがあるユニークな楽曲について立川氏は「宇宙で迷子になってしまう。すごいことを考えるな」とボウイの発想力に驚いたことを振り返っていた。
続く2曲目は、滅びようとする地球を助けるためにやってきたロックスター「ジギー・スターダスト」としてリリースしたアルバム『ジギー・スターダスト』に収録されている「Starman」。そのコンセプトも度肝を抜いたが、本アルバムをリリースした1972年に「僕は、バイセクシャルだ」とボウイが新聞のインタビューで話し、世間を騒がせたことについて触れ「1960年代のイギリスでは、バイセクシャルは犯罪でした。だから大問題になっていた」と回想。「僕は1976年にボウイに初めて会ったんですけど、その時に聞いたんです。『何で、あんなこと言ったの?』って。そうしたら彼は『僕みたいに無名な人が、世間に知られるようになるためには、あのくらいのことを言わなきゃダメなんだよ』って話してくれた」と近い距離にいた立川氏だからこそ聞くことができたエピソードも明かした。
ボウイは1973年4月に神奈川・横浜港に船で初来日。ジギー・スターダストとして、東京・渋谷公会堂(現・LINE CUBE SHIBUYA)でライブを行い、旋風を巻き起こした。大成功した世界ツアーの最後は、同年7月3日にイギリス、ロンドンにあるハマースミス・オデオンで開催。「引退する」と宣言したMCは、翌日の新聞に大きく報道されたという。
立川氏は「当時のボウイはすでに大スターだったから、『スターが引退する!』って大騒ぎになったんだけど、翌年に『アラジン・セイン』っていうアルバムを出すんですよね。それで記者から『引退するって言ったじゃないか!!』と責められたんだけど、『引退したのは、ジギー・スターダストだって』言ってのけた」と一筋縄ではいかないボウイについて話すと、会場から感嘆したため息がもれていた。
3曲目は再びアルバム『ジギー・スターダスト』から「Time」。「地球の救世主」として立ったハマースミス・オデオンのステージについて立川氏は「1973年にすでに、こういうことをやっている。今回のミュージカル『LAZARUS』(ラザルス)にも繋がる作品」と説明。ボウイのすごさについて「自分でオリジナルを作ることはもちろん、良いと思ったものをオリジナルにしてしまう力があって、そして影響を受けたことを隠さないところ。そして美味しいところを飲んだら、すぐ次に行ってしまう。僕は〝吸血鬼〟って呼んでいました」と笑った。
4曲目はカメラマンの鋤田正義氏がジャケット写真を手がけたアルバム『ヒーローズ』から「Heroes」をセレクト。第二次世界大戦後、ドイツが西と東に分けられ「ベルリンの壁」によって分断されていた時代。銃声が響く中、壁のたもとでキスを交わす恋人の姿を歌ったこの曲を、ボウイは1987年6月6日、西ベルリン側でコンサートを行った際、東ベルリン側にスピーカーを向けて歌ったことを説明。1989年11月9日に迎えた歴史的な「ベルリンの壁崩壊に一役買ったと言われている曲です」と曲にまつわるエピソードを語った。
続く5曲目は1980年に発売されたアルバム『スケアリー・モンスターズ』の1曲目に収められた「It‘s No Game」。回転を始めたレコードは、「♪ワン、トゥー」と英語のカウントで始まるが、その後「シルエットや影が革命を見ている~」という女性の日本語の口上へと続く。ボウイのエキセントリックな歌声で、ボウイのアルバムだということが分かるが、ボウイのボーカルの後に再び「新聞は書き立てるさ!!」など女性がシャウト。想像をいくつも超えていくインパクトと、歌舞伎や京都が好きな親日家の側面も感じられる楽曲に聴衆は静かに耳を傾けていた。
試聴会ではミュージカル「『LAZARUS』(ラザルス)の大切な場面で使われている曲」として、『ザ・ネクスト・デイ』に収録した「Where Are We Now?」を紹介。「2013年にリリースされたアルバムで、僕もSUGIZOもこの作品を聴いた時、『すごいな』って言った。ボウイの成熟を感じられる」と話した。
約1時間ほどの試聴会ラストは、2016年1月8日にリリースされたアルバム「★(ブラックスター)」から同名曲を選曲。「アルバムを発売した2日後にボウイは亡くなりました」と解説すると、会場にはどよめきも起こっていた。
立川氏はボウイについて「いま聴いても何も古くなっていない。いくつになっても革新を忘れなかった人」と称賛。1970年代以後のファッションやアート、カルチャーに多大な影響を及ぼし、いまなお光り輝くボウイが、アルバム『★』と同時期に制作し、遺作となったミュージカル『LAZARUS』(ラザルス/2015年オフブロードウェイで初演)は、ロックバンド「SOPHIA」のボーカリスト・松岡充の主演で5月から横浜と大阪で上演される。
同作品は、ボウイと、先鋭的な作風で知られる劇作家エンダ・ウォルシュが脚本を担当したもので、ボウイが1976年に主演したSF映画『地球に落ちて来た男』からインスパイアされた作品だ。ボウイが同作のために書き下ろした新曲「Lazarus」、「No Plan」や、代表曲「Changes」、「Heroes」など全17曲が物語の〝鍵〟として使われている。役者としても活躍する松岡は、地球に取り残された宇宙人・ニュートンを熱演。歌唱はボウイの遺志により〝全編英語〟で行われ、自身の肉体を通して、ボウイの魂を表現する。
ミュージカル『LAZARUS』(ラザルス)は、2025年5月31日(土)~6月14日(土)にKAAT神奈川芸術劇場<ホール>、6 月28日(土)・29 日(日)に大阪・フェスティバルホールで上演される。なお、今回の鑑賞会は作品関係者らを集めて開催されたが、同様のイベントが5月14日(水)に都内某所でも実施予定だ(申込みの詳細は下記参照)。
取材・文=翡翠