「聴く人の感情によって見える景色が変わっても良い」京都発の4人組・水平線が放つ豊かな情景とメロディーを追求したEP「Howling」
冬の空に白い息が立ち昇っていく。1月22日(水)に配信された「シリウス」を一聴した時、私の眼前にはこんな景色が立ち現れた。しかし、この情景はその時の私が見たものであり、誰かが、あるいは明日の私が見る光景はまた違ったものになるだろう。京都発の4人組・水平線が奏でているのは、丁寧な筆致で解釈の余地を残しながらも、その時の感情に寄り添う音楽。フォーキーで温かな楽曲の裏には、確かな野心と自らが地平を切り開かんとする覚悟が満ちている。2月26日(水)にリリースされる3rd EP「Howling」はそんな力強さはそのままに、より美しいメロディーへと挑戦した1枚であり、ポップスとロックをいかに混ぜ合わせるかを追求した全5曲が収められている。京都への愛を抱えながら、「自分たちは自分たちだ」と水平線の音楽へプライドを持った4人が鳴らす最新。京都からはもう、狼煙が上がっている。
●フォーキーな楽曲の裏に潜む水平線の燃え盛る野心
――まずは、水平線結成の経緯から伺わせてください。大学が一緒だった皆さんで水平線を結成したとのことですが、具体的にどういったキッカケでバンドを組むことになったのでしょう。
田嶋太一(Vo.Gt):そもそも僕らは全員が同じ軽音団体に所属していたんですよね。そこはコピーバンドが中心だったんですけど、オリジナルのバンドを組みたい人も何人かいる集団で。僕はもともとオリジナルのバンドがやりたいと思っていたので、メンバー探しも兼ねて部活に入った部分もありました。その中で最初に水野くん(水野龍之介/Ba)と話が進んでいって。そこから、技術的に信頼できる人とやりたいと思って、安東くん(安東瑞登/Vo.Gt)と無限くん(川島無限/Dr)に声をかけ、結成に至りました。
――自分のバンドがやりたいという思いは、どこから芽生えたものなんですか。
田嶋:昔からずっと目立ちたがり屋だったので、目立つための方法として行き着いた先がバンドだったのかもしれないです。それこそ、小中学校時代は応援団長をやっていましたし、親の影響を受けて東方神起が好きだった中学生のころは、習ってもいないのに「ダンスで世界を取るんだ」と思っていた。目立ちたい、何かを表現したいといった思いを抱えてきた中で、バンドと出会ったことで「これだ」と思えたんですよね。
――安東さんは、田嶋さんのお誘いに対して悩んだりはしなかった?
安東:僕は大学に入ってからバンドを始めたんですけど、ずっとコピーバンドだけだったので、ゼロから音楽を作ることに漠然と興味があったんですよ。「いつかオリジナルのバンドをやってみたいな」とやんわり思っている時に誘ってもらったので、迷いはなかったかな。
――お2人ともやりたかったバンド活動を始められたことで喜びもひとしおだったと思うのですが、結成当初はバンドの方向性に関してどのようなビジョンを持っていたのでしょうか。
安東:正直、僕は初めてのバンドやから何も考えられてなかったけど、どう?
田嶋:そうやな……明確に自分たちのバンドをやろうとなったのが、プププランドのライブを観に行った時だったんですよね。だから、当時の関西のバンドシーンやHOLIDAY! RECORDSが取り扱っていたバンドたちは何となく念頭にあったかもしれなくて。あとは、くるりやスピッツ、フジファブリックのような、クラシックなロックからの影響をポップと織り交ぜながら良い塩梅で表現しているバンドも結成当初から心のどこかで意識していた気がします。
――くるりの名前も挙がりましたが、京都を拠点に活動している以上、京都のシーンの空気感は必然的に付随してくるものじゃないですか。そういった中でお2人は京都のバンドシーンをどのように捉えていらっしゃるのでしょう。
安東:京都のシーンは特定のジャンルが強いわけじゃなくて、混在していると思うんですよ。フォーク的なシーンがあれば、オルタナティブの要素が強いバンドもいるし、『京都大作戦』があるみたいにパンクも強い。京都イコールこのジャンルといった図式がないからこそ、縛られずにやれている感覚がありますね。
田嶋:安東が言っていたみたいに、少し上の世代の先輩や同世代、後輩は、本当に自由に曲を作っていると感じているんですよね。一緒に頑張っていこうというよりも、それぞれが大きいバンドになって盛り上げれば良い、みたいなある種の距離感がある。淡白でありながらも愛の深いバンドが周囲には多いと感じていますし、自分たちもそういった態度を持っていると思います。
――京都らしさに繋がっている部分として語っていただいたように、水平線の音楽に対してフォーキーで柔らかい印象を持っている方も多いと思うんですよ。その一方で、前作『NEW HORIZON』のタイトルや<どこへ行ける? どこまでも行ける>と歌う「颱」、<こだまするように叫ぶよ>と宣言する「Throwback」からはシーンに対する野心を感じるんですが、こうした水平線の根底に流れる反骨精神は何に由来しているんですか。
安東:何かの影響を受けてそういうマインドがあるわけではないから、人間性かな。やっぱりバンドをやるからにはオンリーワンでありたいでので。あとは、シーンの話とも繋がっていますけど、周囲のバンドが「俺らは俺ら、お前らはお前ら」みたいなスタンスだったことも一因だと思います。仲が良くても戦う気持ちで対バンに臨んでいたからこそ、血気盛んな部分が楽曲にも表れている気がします。
田嶋:僕個人で言うと、目立ちたいという思いからバンドを始めていることもバンドの態度に影響を与えている気がしていて。なかなか勝負に勝ってきたわけではなかったからこそ、バンドでは勝ちたいし成果を出したい。あと、自分の好みとして昔の音楽やロックが好きなこともあり、現行の音楽シーンに対する違和感もあったんですよね。「颱」や「Throwback」はそういう違和感に対して、「俺らはこんなことをやってるぜ」と提示するような楽曲なので、余計に血気盛んな所を感じられるのかも。
――音楽シーンにフラストレーションを抱えていて、そこを自分たちが切り込んでいきたいと考えていたから、野心が滲んでいると。
田嶋:今は変わってきた部分もあるんですけど、「4人組のロックバンドは格好良い」みたいな図式に憧れてバンドを始めているので、電子音を加えたりすることにも抵抗があった。あとは、世の中的な中心になっている短くて速い楽曲に対する疑問もありましたね。
――ファストな傾向やバンド隊だけでは鳴らせない音を使うことに対して疑問を抱いていたのが、だんだんとほぐれてきたキッカケは何だったのでしょう。
田嶋:井の中の蛙じゃないですけど、全然ほかのバンドやジャンルのことを知らずに思っているだけの部分も強かったんですよ。ライブで共演したり、知見を広げていく中で、何かを否定するスタンスは良くないなと思って。これもシーンの話と重なりますが、自分たちのことは自分たちのことだと思えるようになった。そういう時期の中で、最近はバンド感と聴きやすさをいかに両立するかを考えています。
●美しいメロディーを追い求めたEP『Howling』
――2月26日(水)に3rd EP「Howling」がリリースされます。前作『NEW HORIZON』を踏まえ、メロディーの美しさや情景描写の筆致の正確さを突き詰めていった1枚だと感じているのですが、今作の制作にはどのようなビジョンを持って臨んでいったのでしょう。
田嶋:『NEW HORIZON』のようにコンセプトが強く決まっていたわけではなかったから、今作はシンプルにどれだけ良い1曲を作れるのかを追求するところから始まっていて。そうした中で、「シリウス」と「メモリーズ」が軸として完成したんです。そこからはこの2曲をどう彩っていくのかを意識しながら、毛色の違う残りの3曲でまとまりを出すイメージで進めていきましたね。
――「シリウス」と「メモリーズ」を中心に考えていった1枚とのことですが、改めて本作を振り返って、どういった作品になったと感じていらっしゃいますか。
安東:当たり前のことかも知れないけれど、今までになかった1枚になっているなと。これまでのメロディーの雰囲気は残しつつも、別の視点からのアレンジを加えたり、今まで取り入れてこなかった音楽的な要素を加えたりもできた。挑戦のEPになったと思います。
――このタイミングで新しいことに挑戦しようと思った理由は何だったんですか?
田嶋:先ほどもお話したようにEPのコンセプト的には、王道を行く「シリウス」「メモリーズ」の2曲を色づけていくことを大切にしたので、新しいサウンドを強く意識していたわけではないんですよ。とはいえ、『NEW HORIZON』のリリース後にデモ音源を作っていく中で、前作と違った色を探そうと思っていた。だから、リズム感を変えたり、変則チューニングを使ったりしたんです。
――『NEW HORIZON』と違うアプローチを試みたのは、やりきった感覚もあったから?
田嶋:前作は初めてのアルバムだったこともあり、新曲もありつつ、結成した時からその地点までの水平線をまとめた作品だったんですよね。だから、出しきった感覚もあって、違うことをしていかなきゃなと。
安東:漠然とこのタイミングで新しいアウトプットをしないと燃え尽きてしまう気がしたんです。アルバムを出して一安心していたら、次の作品を作る時に大変なことになりそうだという危機感もありましたし。
――先ほど『Howling』の中で「シリウス」と「メモリーズ」が基盤になったとお話いただいたので、1月22日(水)に配信された「シリウス」について伺わせてください。「シリウス」は黒い空に立ち昇っていく白い息やコートに手を入れている姿が浮かんでくる楽曲だと感じているのですが、この曲はどういった部分を始点にしたのでしょう。
田嶋:正直に言うと、冬にリリースすることが決まっていたので、そこに合わせてテーマを考えていったんです。テーマを探す中で冬は星が綺麗だし、シリウスが明るい星だと知って良いなと思って。そこからは、とにかく綺麗なメロディーを目指していきました。なので、アプローチとしてはどれだけポップスにできるかへ挑戦した1曲なんですよ。
――先ほどおっしゃっていただいたように、ロックだけでは駄目だという感覚があったから、ポップスや美しいメロディーを追求していったのでしょうか。
田嶋:そうですね。どれだけポップスとロックをバランス良くミックスできるかへの挑戦だったかな。
――「シリウス」に限らず、水平線は風景や匂いの切り取り方にこだわっているバンドだと思うのですが、ストレートな感情描写よりも情景描写に重心を置いている理由は何なのでしょう。
田嶋:そもそも、情景が固まりすぎる楽曲はいちリスナーの立場としてもビビっとこないことが多くて。というのも、たわいもないことを歌った音楽が自分の体験や状態とリンクして、どんどん解釈が広がっていくことが好きなんですよ。だから、聴き手に委ねられる部分は委ねたいなと。
安東:僕もそこの感性は一緒なんですけど、その上で今の音楽シーンに対するアンチテーゼ的な部分もある気がしていて。決してそれが悪いわけではなく、今って楽曲の描写が丁寧で特定的で詳細な景色が浮かぶものが多いなと思うんです。でも、解釈がバラバラになるものを作ることで、芸術としての強度を高める方法もあるじゃないですか。僕たちは余地を残すことが芸術性を高めると考えていますし、聴く人の感情によって見える景色が変わっても良いと思っている。「この曲はこうであれ」「この曲はこう聴いてほしい」みたいなことは、出来る限りないようにしたいかな。
●4か所それぞれの色を見つけるツアー『旅するロックンロールツアー2025 “Howling”』
――3月2日(日)愛知・池下CLUB UPSETより『旅するロックンロールツアー2025 “Howling”』がスタートします。名古屋編はスーパー登山部とハシリコミーズの2組との共演となりますが、このお2組にお声がけしたのはなぜだったんですか。
田嶋:大前提として、各土地にゆかりのあるバンドを1組は呼びたかったんですよね。その前提の上で、スーパー登山部は名古屋のバンドで、楽曲もライブも親近感を持っていた。あと、去年僕は登山をよくしていて。登山に行く時に聴いていたのが、スーパー登山部だったんです。いしはまくん(いしはまゆう/Gt)はもともと知り合いだったし、たまたま小田さん(小田智之/Sup Key)の特集を読んだタイミングだったこともあり、色々なことが重なって呼ぶしかないなと。
安東:ハシリコミーズはサーキットイベントで一緒になることもあったんですけど、きちんと共演するのは今回が初めてなんですよね。でも、お客さんから「一緒にやってほしい」と言われることもあったり、レコードショップで並んで扱ってもらうこともあって。ツアー名の『旅するロックンロールツアー』に共鳴するバンドというか、グッとくるバンドだと思っています。
――続いて、大阪編にはNagakumoとSubway Daydreamが出演します。2バンドとも大阪・心斎橋Pangeaに出演されている印象がありますね。
安東:関西のバンドでやりたかったから、それが実現できたかな。Subway Daydreamはサーキットで被っていたものの、初共演で。いちリスナーでもあったから、ずっと共演したいと思っていたんですけど、決め手になったのが去年の『MINAMI WHEEL』だったんです。もちろん何度もライブを観ていたんですが、その日は特にキラキラしていた。完全にそのライブでやられて、今一緒にやりたいなって。
田嶋:Nagakumoは一度共演する前から、同世代のバンドとして意識していたんですよ。ライバル視している部分もあったんですけど、ライブがとにかくロックで、その辺りからときどき一緒にやるようになって、去年2月のイベントで心斎橋ANIMAのトリをやっていた時の貫禄が物凄かった。もともとライバル視するくらい格好良いバンドだと感じていましたし、向こうも僕らのことを好きだと言ってくれて意気投合した感じです。
――続く東京編はUlulUとグソクムズとの共演です。水平線と空気感の近い2組だと感じていますが、こちらはどういったイメージで?
田嶋:ほかの場所と違って先輩にあたる2バンドに出ていただくので、より憧れの部分が強い1日になりそうだなと。UlulUはNEWFOLKでバリバリにやっているイメージも強かったし、直接接点があったわけではなかったんですけど、昨年一緒にやる機会に恵まれてそこでグッと距離が縮まったんですよ。初めて共演する直前にリリースされた「マイマイ蛾の来襲」はお気に入りの一曲です。
安東:グソクムズも共演は初めてなんですが、以前ご挨拶はさせてもらっていて。水平線のライブを観て「良いね」って言ってくれたのもありつつ、バンドの特性が似ているじゃないですか。
――確かに。皆さんがソングライティングやコーラスに参加されている部分は水平線とも重なります。
安東:そういう形態やバンドサウンドへのこだわりも含め、バンドのスタンスに親近感を抱いているんですよね。このタイミングで共演することで、いわゆる化学反応というか、良いものが生まれると思っています。
――そして、ツアーファイナルは今お話している京都・磔磔に、これまで何度も対バンを重ねて来たKhakiを迎えます。
安東:Khakiは3年前に開催した『旅するロックンロールツアー』の初回から皆勤賞で出てもらっているので、毎回ありがとうって感じです。
田嶋:僕らが初めて東京でライブをしたのが2022年の『旅するロックンロールツアー』の時だったんですけど、正直なところ、その日にガッツリ意気投合したわけじゃなかったんですよ。でも、年齢が近いこともあって、どんどん仲良くなっていった。その間にもKhakiは探求心を持って音楽を極めていたし、その姿勢が世間的にも評価されていって。ずっと意識する存在だし、負けたくない存在なんです。だからこそ、今回地元で一戦交えたいなと。
――全4箇所の対バン相手についてお話いただきましたが、改めて『旅するロックンロールツアー2025 “Howling”』はどういったツアーにしたいですか。
田嶋:ここまで話してきたように、自分たちとの共通項がありながらも、違うアウトプットをしているバンドたちとツアーを巡ることができそうだと考えていて。エンターテインメントにすることは前提として、それぞれの場所ごと、公演ごとの色を見つけたいです。
安東:今言ってもらったことと重なるんですが、その日の雰囲気で意図せずに僕らのスイッチも変わっていくと思うんですよ。だから、同じ曲を演奏するにしても違う色が出るはずで。色んな解釈をしてほしいと話しましたけど、その日その日の違いや余白を楽しんでもらいたいですね。
取材・文=横堀つばさ 撮影=Fuki Ishikura