コメは本当に「高い」の? 日本農業新聞の問題提起です。日本人の食を支えるコメの価格、考えてみましょう。
「米は本当に高いの?」 これは定期購読している日本農業新聞に掲載された記事の見出しです。数値情報から農業の課題を探る「読み解く食農データ」の特集。コメの販売価格は5キロで3000円を超え品薄傾向。昨年は1500円から2000円ほどなので、庶民が「高値」と感じるのは仕方ありません。ただ、日本農業新聞は特集記事で、現状のコメの価格であっても「値ごろな良い食材」と指摘しています。
最近「コメ相対取引価格、8月で過去最高」とのニュースを見聞きします。農林水産省によると、2023年産のコメの8月の相対取引価格は全銘柄平均で1万6133円。前年同月比で17%の上昇です。農林水産省が調査を始めた2006年産米以降、8月として過去最高となりました。でも、注意が必要なのは農水省が前提条件として「06年産米以降」としている点です。
国の統計は政府の政策立案を左右するため、厳格に比較検討できるようデータの曖昧さを排除します。06年を機に米価の統計手法が変更になったため、これ以降に限定して価格の推移を論じるのは致し方ありません。ただ、06年以前にも類似するデータは存在します。米穀価格形成センターの入札結果で、1990年代は60キロ当たり2万1000円を上回る水準で取引されていました。
昨今の「最高値」の報道は関心を引きますが、この20年弱の期間は国民の食生活の多様化で「コメ離れ」が加速し、米価が下がり続けた時期と重なります。近年は農水省も稲作農家も「高値」ではなく「底値」の心配をしていたのが実情です。
コメは茶わん1杯いくらでしょう
ならば、コメの適正な価格水準はどのくらいなのでしょうか。日本農業新聞は独自の視点を提供しています。5キロ3000円の精米は茶わんに盛ると1杯(精米約65グラム)当たり約40円。これはカップ麺約200円、菓子パン約140円、ペットボトル飲料約150円などと比較して「依然割安に映る」と指摘しました。
コメはおかずと共に日本人の食を構成するため、単品で空腹を満たすカップ麺や菓子パンと単純に比較するのは難しい気もします。しかし、寿司やおにぎり、チャーハンや丼ものなど和洋中の食を支えるコメの“原価”を考える上で、試算は意味があると感じます。
また、コメを巡る産業の実態を調査した民間シンクタンクのデータによると、コメ産業の市場は5兆円規模。家庭の主食用が約40%を占め、中食(弁当や惣菜など家庭外で調理・加工された食品)と外食がそれぞれ15%前後。米菓やもち、日本酒などの加工品が計約20%だそうです。コメは多様な形で日本の食文化を形作っています。
農家も苦しむコスト高
特集記事は、農業資材などのコスト高にも言及しました。コメの取引価格は直近で高騰していても、稲作農家が生産に関するコストは適正に反映されていないとの問題提起です。20年の水稲作付け経営体(稲作農家)の数は約71万で、10年間で4割も減りました。農業が適正な収益を上げることができる持続可能な産業でないなら、コメ離れと稲作農家の激減が同時並行で進む現状を打破することはできません。
私たちは、昨今の物価高が生活を苦しめていると感じます。ただ、小売やサービスの価格にコストアップが反映されないと企業や事業者は利潤を得ることができません。すると賃金アップは困難で消費は上向きません。設備投資も減退し、魅力ある新商品がなかなか誕生しません。バブル崩壊後の「失われた30年」と称されるデフレ経済の悪循環です。物価が持続的に、適正レベルで上昇していくのは経済がうまく回っている証左でもあるのです。
備蓄ですか、買いだめですか?
さて、週末に訪ねた大型スーパーでの話。銘柄米の棚は空っぽでした。卓上コンロに使うガスボンベやペットボトル入りの水が品薄状態。店員に尋ねると「だいぶ落ち着いてきました」とのこと。南海トラフ巨大地震の注意情報でまとめ買いがあり、台風10号で長引いた豪雨災害が拍車をかけたそうです。家庭や事業所で「備蓄」の重要性が再認識されているとの見立てでした。
もちろん、災害に備えた備蓄は重要ですが、衝動買いや野放図な買いだめは異なります。仮にコメを買い込んでも、非常時に使うことができる炊飯設備が無ければ空腹を満たすことはできません。この秋に適正価格の新米が店頭に並んだとき、反動で「買い控え」が起きる可能性があります。そうなると市場は混乱し、ますます米農家と流通業者は苦境に立たされるでしょう。
稲作は国内市場に支えられた典型的な内需産業で、その振興策が地球環境の保全にもつながる特異性を有します。衰退させてはならず、政府や自治体は米価を巡る国民の理解を醸成する取り組みを強める必要があります。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。