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めぐろバレエ祭り2025『ベジャール振付「M」を語ろう』イベントレポート

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佐野志織(東京バレエ団芸術監督)、柄本弾(東京バレエ団プリンシパル)

毎年、夏に恒例で開催されているNBS(公益財団法人日本舞台芸術振興会)主催の〈めぐろバレエ祭り〉。今年(2025年)は、そのなかのイベントのひとつとして、9月に上演するモーリス・ベジャール振付『M』についてより深く知るためのトークイベントが開催されました。登壇者として、『M』初演キャストのひとりであり、現・東京バレエ団芸術監督の佐野志織さんと、2010年から『M』に出演しているプリンシパルの柄本弾さんが登場(司会はNBSの田里光平氏)。イベントの内容をレポートします。

(Photo:Shoko Matsuhashi)

今から32年前、1993年に初演された『M』は、東京バレエ団にとって10作目のベジャール作品。初演時は、鹿鳴館のシーンでワルツを踊ったという佐野が思い出を語った。

佐野「初演時は小林十市くんがベジャールの振付助手として来日し、振り移しをしてくれました。ベジャールさんは人の見えないところでたくさん準備をされる方で、ダンサーとリハーサルをする前にはある程度の構成や振付が頭の中でできているんですね。それですでに決まっている部分を十市くんが教えてくれて、公演1カ月くらい前にベジャールさんがいらしてダンサーと一緒に調整していきました。ベジャールさんとのリハーサルが始まったあとは、次から次へと振付が仕上がっていくのでまるで手品みたいだなと思ったのを覚えています」

『M』(1993)premire Rehearsal (Photo:Kiyonori Hasegawa)

最終的にすべてのパートがひとつとなり、作品全体を観たときに「ベジャールさんが『全体を通すと神話のようになる』と言っていた意味がわかった」と佐野は言う。

いっぽう、2010年に『M』のコール・ド・バレエを踊り、2020年は「イチ」を踊った柄本弾。一貫したストーリーのない作品である『M』で、抽象的な役柄を踊ることで得た体験について話してくれた。

イチ‐Ⅰ、ニ‐Ⅱ、サン‐Ⅲ、シ‐Ⅳと子役が演じる少年三島 (Photo:Kiyonori Hasegawa)

柄本「イチは『鹿鳴館』や『武士道』などのシーンに登場しますが、その中にある物語に関係するわけではないので、どんな立場で踊ればいいかがわからず、最初は悩みました。(イチの初演キャストである高岸)直樹さんに聞いてみたら、直樹さんもベジャールさんに質問したら『バレエに説明は不要だ』と言われて、答えがなかったそうなんです。僕はどうしたら……と思ったのですが(笑)、次第に与えられた役に対し、ダンサーがどう感じ、どう演じるかをベジャールさんは大切にされているのではないかと感じるようになりました。だからこそ、ダンサーごとに出せる色が変わるのだと思います」

鹿鳴館 (Photo:Kiyonori Hasegawa)

また、ベジャールの振付の特徴として、佐野は「オフバランスの多用」、柄本は「重心を下げた中腰の姿勢」を挙げた。

佐野「ベジャールさんの振付特有の腰の動きがあり、オフバランスが多用されています。女性はトウシューズで踊ることもあるので、通常の垂直軸とは異なる軸でのコントロールを求められ、とても難しい。たとえばアラベスクに立つ場合、クラシック作品であればプレパレーションからきれいにアラベスクに立つのに対し、ベジャール作品では何かの動きからそのままアラベスクに入り、オフバランスにしてから違う動きへ……と繋がっていく。それがベジャール作品の特徴であり、面白いところでもあります」

海上の月を演じる金子仁美 (Photo:Kiyonori Hasegawa)

柄本「普段、中腰でのうさぎ跳びなんて、クラシック作品の振付には出てこないですよね。でもベジャール作品では、たとえば『春の祭典』の生贄の女性には、そういった振付が入ってきます。リハーサルの最初のころは中腰で踊るための筋肉がついていないので踊れないんですけど、本番が近づくにつれてその作品の体になっていく。ベジャール作品では、その体にしていく時間が重要だと思います」

(Photo:Shoko Matsuhashi)

次いで、『M』に使用されている多彩な音楽についての話題について。柄本が踊るイチは、旋律のない音楽で踊ることも多く、そのときの工夫について「とことん(リハーサルを)やって、体で音楽の長さを覚えるしかない」と言う。

柄本「ダンサーによって音楽の覚え方は違って、カウントで覚えるタイプもいれば、メロディで覚えるタイプもいる。僕はどちらかというと後者のタイプ。でも、音の変わり目がないような音楽は、数えようがないのでダンサーにとっては恐怖ですね。『M』のほかには『イン・ザ・ミドル・オブ・サムホワット・エレヴェイテッド』(ウィリアム・フォーサイス振付)も同様で、カウント地獄。32とか38とか、普段聞いたことのない数字を数えながら踊っていました。そうやって繰り返して覚えていくしかない」

冒頭、海の場面。着物を着た老婆に扮するシ‐Ⅳの池本祥真 (Photo:Kiyonori Hasegawa)

余談だが、柄本は『ボレロ』のメロディ役も踊っているため、「『ボレロ』は振付がパーツごとに分かれていて、各パーツの仕切りのところで毎回(『ボレロ』の代表的なポーズである)プリエが入るため、プリエをすると頭の中がリセットされてしまい、次がどのパーツを踊ればいいかが混乱することが最初はよくあった」という興味深い話題も出た。

最後に『M』の見どころ、魅力を問われたふたりはこう答えた。

佐野「イチやシなど、どのキャラクターに焦点を当てるかで見え方や感じ方が変わる。正解のある作品ではないので、お客様には考えながら観るより、感じながらご覧になっていただき、そこから見えてくるものを感じていただければ」

(Photo:Shoko Matsuhashi)

柄本「ダンサーに対する説明がない分、演じるうえでも踊るうえでも自由度が高いのが魅力。どういう感情で踊るかを任せてもらえる作品なので、キャストが変わるとカラーも変わる。今回は生方隆之介くんが初役で、以前ご覧になったことのある方は違いを楽しんでいただきたいと思います」

(Photo:Shoko Matsuhashi)

温かい笑いに満ちながらも、学びの多かった1時間はあっという間に幕を閉じた。『M』の魅力を改めて知り、9月20日からの開幕が待ち遠しい。

取材・文=富永明子(編集者・ライター)

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