「密教」の起源と仏教の始まり──【学びのきほん みんなの密教】
僧侶・白川密成さんによる「みんなのもの」としての密教入門(3)
働き方や暮らし方が大きく変わりつつある現代。身体と心のバランスを保ちながら生きていくために、私たちは何を身に着け、考え、行動していけばよいのでしょうか。
1月27日に発売となった『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、映画化作品『ボクは坊さん。』などで知られる、お遍路のお寺の僧侶・白川密成さんが、近寄りがたいイメージを持たれがちな「密教」を「みんなの生き方のヒント」にしていくため、噛み砕いて解説します。
今回は、白川さんによる本書「はじめに」と冒頭部分を特別公開します。(全4回中の第3回)
密教の起源と仏教の始まり
紀元前二五〇〇年頃、インド北西部のインダス川流域に、非アーリア系民族によってインダス文明が興りました。そこには大自然や動物や植物などを崇拝し、呪術的な加持祈禱をおこなう民間信仰があったそうです。
その後、紀元前一三〇〇年頃、アーリア人が北インドに侵入すると、民間信仰と混じり合いながら、バラモン教の原点となる宗教が生まれました。
それから紀元前五〇〇年頃までに書かれたバラモン教の聖典を、総じて「ヴェーダ」と呼びます。ヴェーダには、密教の「真言」の起源の一つとなる祈りの言葉が書かれています。また、ヴェーダに登場する神々は、密教の「曼荼羅」にも描かれています。仏教が誕生するよりはるか昔の古代インドの民間信仰や習俗は、さまざまな地域や民族を経て多面的に密教に結びついているのです。
次に、一方で仏教はどのように生まれたのかについてお話しします。
紀元前七世紀から五世紀ぐらいの間に、ゴータマ・シッダールタという王族の子が誕生しました。のちに「お釈迦様」や「釈尊」として崇められる仏教の開祖です。ゴータマは二九歳になると、人間が「生まれ、老い、病み、死ぬこと」に悩み真理を求めて家を出て、さまざまな修行をしながら各地を巡りました。当時、古代インド地域にはいろいろな民間信仰や思想があり、森の中で修行をする行者が珍しくありませんでした。
六年間の修行の末、ゴータマはのちにブッダガヤーと呼ばれる場所の菩提樹の下で瞑想をして、「ブッダ(覚りを得た人)」となりました。ブッダが人々に教えを説くと、彼の教えに魅了された人々が集まってきました。こうして仏教の教団ができていき、ブッダ亡きあとも教えを引き継いでいったのです。
ブッダが亡くなってから約一〇〇年後、教団は「上座部」と「大衆部」に分かれました(根本分裂)。おおまかにいえば、上座部はそれまでの教えをなるべく保持しようとしたグループ、大衆部は時代に合わせて変えようとしたグループです。
この根本分裂から約一〇〇年後、仏教の教団はさらに二〇ほどのグループに分かれます(枝末分裂)。この頃、仏教思想はより重厚で細やかな哲学体系を持つようになります。一方で複雑になりすぎて、本来のブッダの教えから離れてしまったという指摘もありました。
そんななか、紀元前後に発生したのが「大乗仏教」です。その大乗仏教から密教は発生します。
『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、「そもそも、密教って何?/密教の基本思想/空海の教え/密教はみんなのもの、といった4つのテーマで、密教を「現代の生き方のヒント」として読み解いていきます。
特別公開第4回は1月30日公開予定です。
著者紹介
白川密成(しらかわ・みっせい)
1977 年生まれ。四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所・栄福寺住職(愛媛県今治市)。真言宗僧侶。高野山大学密教学科卒業後、2001 年より現職。デビュー作『ボクは坊さん。』が2015 年に映画化。著書に『坊さん、父になる。』『坊さん、ぼーっとする。』(ミシマ社)、『マイ遍路』(新潮新書)、『空海さんの言葉』(徳間文庫)など。NHK こころの時代「空海の風景」(2023年)に出演。
※刊行時の情報です
◆『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』「第1章」より
◆ルビなどは割愛しています