最恐に愛らしい“ボクっ娘”殺人鬼の「ヤバさ」を紐解く!『夏目アラタの結婚』が〈モンスター・品川真珠〉を見事に実写化
獄中でニヤリと笑う少女の“正体”とは
可視光線を吸収し尽くした光のない黒い瞳で、拘置所のガラス越しにこちらを見つめる少女。連続殺人犯である彼女がニヤリと笑うと、並びの悪い汚れた歯が露になり……。背中をゾワリと冷たいものが這い上がる。累計部数260万部(全12巻)突破し、国内外で高い評価を得るベストセラーコミックス『夏目アラタの結婚』の実写化作品の冒頭シーンだ。
この犯罪スリラーの主人公は、発言を二転三転させ、関わる人を惑わせる猟奇的殺人を犯したモンスター・品川真珠(黒島結菜)と、彼女に獄中結婚を申し込むイカれた児童相談所職員の夏目アラタ(柳楽優弥)。
猟奇殺人犯・品川真珠に“求婚”の「なぜ!?」
品川真珠は、世間では“品川ピエロ”と呼ばれている。ピエロのような化粧をして死体を切り刻んでいるところを現行犯逮捕されたからだ。3人の男性を殺害し、バラバラにした連続殺人犯である彼女は、一審で死刑判決を受け、現在二審の裁判中。
夏目アラタは、児童相談所(児相)の世話になった過去がある元ヤンキー。当時そこに勤めていた現児相所長に見込まれて職員となった。そんなアラタが真珠に面会を申し込んだのは、彼が児相の職員として対応した、ある被害者の息子から“欠損している父親の首を見つけてほしい”と依頼されたため。少年は、夏目アラタの名前を使って獄中の真珠に手紙を送り、そのやり取りに魅了され始めていた。一線を越えようとする少年を守りたいアラタは、引き受けざるを得ない。
真珠と面会したアラタは、成り行きでプロポーズする。遺体の首の行方を聞くまで自分への興味を失わせるわけにはいかないし、面会権を確保するためには家族であったほうが都合がいいのだ(死刑確定後は家族と弁護士しか面会できなくなる)。
@warnerjp獄中で………🤫 はじめてプロポーズしたひとは連続殺人事件の死刑囚でしたーー 映画『#夏目アラタの結婚』9.6公開🤡#柳楽優弥#黒島結菜♬ オリジナル楽曲 – ワーナー ブラザース ジャパン
見る者を吸い込む瞳と薄汚れた歯…品川真珠の抗えない“魅力”
現行犯逮捕時の報道写真の真珠は、スウェットにニット帽、ピエロのメイクでだらしなく太っていた。そこからついた異名が《品川ピエロ》。小中学校では学業についていけず、看護高校も2年で中退。彼女に関する世間の印象はそこで定着していた。だからアラタは、面会室に入ってきた真珠の姿に動揺した。登場したのは、殺人犯だとはみじんも感じさせない、少女のように華奢で超絶可憐な女性。痛々しささえ味方につけ、アラタを見上げる何も映し出さないブラックホールのような瞳が、強化アクリル板の向こうで妖しく光る。
だが口を開いた途端、その印象は変わる。可憐な印象を吹き飛ばすのは、ガタガタでうす汚れた歯。その歯は、真珠の生い立ちが壮絶であったことを教えてくれる。真珠は、たぶん歯が人々に与える印象に気づいている。そしてそれを逆手に取る。この歯が、人の心を震え上がらせるのに、ひと役買っていることに気づいているから。可愛い、のにおぞましいという大いなるギャップを持つ真珠。アラタがプロポーズしたのは、使命にかられただけではなく、このギャップもあるだろう。可憐なのに、手に余る恐怖を繰り出す“怖可愛さ”というギャップに魅了されたのだ。
「ボク、誰も殺してないんだ」 その“言葉”は真実か?
真珠の人生は、ゲームのようだ。彼女は、言葉で、ギミックで、アラタを翻弄し、優位に立とうとする。「運命の女」などと簡単に口にするアラタの本心を探るように私選弁護人の宮前(中川大志)に彼の自宅を訪ねさせ、夏目アラタ名で出した少年の手紙の誤字で本人確認をしようとする。先を読み、動揺させ、その揺らぎから真実を見出す洞察力。とても学業不良で落ちこぼれていたとは思えない怜悧さ。報道とは、別人のように違う。彼女は一体何者なのか? 真珠は本当に猟奇的連続殺人犯なのか? とアラタを困惑させる。
そんな彼女が「ボクっ娘」であるという意外性も、アラタの心をざわつかせる。「あたし」「わたし」ではなく、「ボク」。理由はどうあれ、真珠が自らの意思で選んだ一人称代名詞だ。そんな真珠が「ボクのとっておきの秘密、教えてあげる」とアラタに告白する。「ボク、誰も殺してないんだ」と。この言葉は、“出所することは決してない”と高をくくっていたアラタを動揺させる。
彼が恐怖を顔に出さずに真珠と話せるのは、2人の間には面会室のアクリル板があるからだ。“人喰いハンニバル”ことレクター博士と対面した、『羊たちの沈黙』(1991年)のクラリス・スターリング捜査官のように。とはいえ、2018年には大阪で面会室のアクリル板を外して容疑者が脱走する事件もあった。「出るね」とアラタにささやく真珠の言葉が現実になるかもしれない恐怖を、我々観客もアラタと一緒に味わう。
黒島結菜が“一瞬に注ぎ込む演技”で観る者の魂を震わせる
最後に、その品川真珠を演じる黒島結菜の、俳優としての成長の“恐ろしさ”について少し。2019年に公開された周防正行監督『カツベン!』で、ヒロインである俳優を目指す少女・梅子役をオーディションで勝ち取った。黒島は当時、その役を得たことを、自分になぞって喜んでいた。
梅子は、恋をしながら俳優業に取り組むが、やがてどちらを選ぶか問われ、一世一代の恋を手放す。その決断を、一瞬の表情で表現するという難しい場面に、黒島は苦労していた。
あれから5年、本作でも黒島が、“その一瞬”に全てを注ぎ込む様を見ることができた。魂を震わせる演技とは、こういうことなのだろう。その一瞬の表情は、生きることの意味を問いかけてきた。映画の持つ力が魂を震わせるとはこういうことなのだ。ぜひ多くの観客に、その瞬間を味わってもらいたいと思った。
文:関口裕子
『夏目アラタの結婚』は2024年9月6日(金)より全国公開