「ちょっと怪しい？」から「みんなの生き方へのヒント」へ──【学びのきほん みんなの密教】
僧侶・白川密成さんによる「みんなのもの」としての密教入門（１）
働き方や暮らし方が大きく変わりつつある現代。身体と心のバランスを保ちながら生きていくために、私たちは何を身に着け、考え、行動していけばよいのでしょうか。
1月27日に発売となった『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、映画化作品『ボクは坊さん。』などで知られる、お遍路のお寺の僧侶・白川密成さんが、近寄りがたいイメージを持たれがちな「密教」を「みんなの生き方のヒント」にしていくため、噛み砕いて解説します。
今回は、白川さんによる本書「はじめに」と冒頭部分を特別公開します。（全4回中の第1回）
密教の近寄りがたいイメージが、一気にくつがえる
皆さんは、「密教」にどんなイメージを持っていますか？ 薄暗いお堂で護摩（ごま）を焚きながら不思議な真言（しんごん）を唱える集団でしょうか。あるいは、烈火のごとく怒った顔の不動明王像か、異様に細密に描かれた極彩色の曼荼羅（まんだら）でしょうか。
いずれにせよ、仏教の中でも特殊な、よくいえば「神秘的」、悪くいえば「ちょっと怪しい」ものだと思っている人も多いのではないかと思います。
確かに、密教の修行では、他の宗派では使わない道具や言葉を使い、秘密の修行をおこないます。そこだけを見れば、前近代的で非現実的な、「自分には関係のない宗教だ」と思われるかもしれません。
しかし、本来の密教は、ブッダの教えから脈々と続く仏教の王道をベースに、伝統的な「行（ぎょう）」を通じて、この命や世界のことを感じ、気づいて、安楽を味わう教えです。また、身体と心のバランスを保ちながら、現実的な行動をうながすものでもあります。それは、いまを生きる「みんな」に必要な教えだと、私は思っています。
私が幼少時代をすごし、いま住職をしている栄福寺は、四国八十八ヶ所霊場の一つ、いわゆる「お遍路」のお寺です。子どもの頃から、弘法大師・空海に親しみを持ちながら育ちました。何しろ年がら年中、知らない人が「お大師さんに会いにきました」と訪ねてくるのですから。
大人になり改めて空海のことを調べてみると、その多才さに驚かされます。平安初期、空海は中国（当時の唐）から日本へ初めて本格的な密教を持ち帰りました。その密教を、どのように日本に根付かせていったのか。密教とそれ以外の仏教の教えは何が違うのか。そういったことを学んでいくと、縁遠く思われがちな密教に「みんな」に必要な生き方へのヒントが詰まっていることが見えてきます。これが本書のタイトルを『みんなの密教』とした理由です。
もちろん、本書の説明だけで密教の真髄を完全にお伝えできるとは思いません。しかし、私が心の中で特に大切にしている密教思想の一端をご紹介するだけでも、密教の豊潤な世界の入り口にはご案内できるのではないかと思っています。
なお本書では、主に私自身が真言宗の僧侶として伝えられた教え（真言密教）を中心に、私個人の見解を交えてお話しします。また、本書の歴史的、思想的な記述には研究者や密教修行者の間でも「諸説」あることを付言しておきます。
それでは、混沌として豊かな密教の世界をご案内しましょう。
『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』では、「そもそも、密教って何？／密教の基本思想／空海の教え／密教はみんなのもの、といった4つのテーマで、密教を「現代の生き方のヒント」として読み解いていきます。
特別公開第2回は1月28日公開予定です。
著者紹介
白川密成（しらかわ・みっせい）
1977 年生まれ。四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所・栄福寺住職（愛媛県今治市）。真言宗僧侶。高野山大学密教学科卒業後、2001 年より現職。デビュー作『ボクは坊さん。』が2015 年に映画化。著書に『坊さん、父になる。』『坊さん、ぼーっとする。』（ミシマ社）、『マイ遍路』（新潮新書）、『空海さんの言葉』（徳間文庫）など。NHK こころの時代「空海の風景」（2023 年）に出演。
※刊行時の情報です
◆『NHK出版 学びのきほん みんなの密教』「はじめに」より
◆ルビなどは割愛しています
