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吉原遊廓「切見世」にひしめく最下層の遊女たち。その暮らしはどうだった?

草の実堂

切見世の遊女たち(イメージ)

吉原遊廓と言えば、華やかな花魁道中に艶を競う遊女たち。表通りには大・中・小と見世が軒を連ね、お江戸の夜を彩りました。

そんな吉原遊廓の裏通り。こちらをのぞくと打って変わって、人が並んで歩けないほど狭い路地の両側に、棟割長屋が犇(ひしめ)いていました。

こちらは切見世(きりみせ)。長屋の一室につき1人の遊女が住んでいて、この部屋で終わらぬ春を粥(ひさ)いでいます。

今回は、この切見世に生きた遊女たちについて紹介。果たしてどのような暮らしぶりだったのでしょうか。

切見世の中をのぞいて見よう

画像 : 『川柳語彙』より、切見世の様子。

5~8室に区切られた棟割長屋の戸が開いていれば営業中。お客が入ると戸を閉めて、何やら楽しいことを始めます。

中に入ると3尺(約90センチ)ばかりの土間があり、両壁……というより襖1枚の仕切りは、幅わずか4尺5寸(約136センチ)という狭さ。奥行もたったの6尺(約181センチ)ほど。

まさに「立って半畳、寝て一畳」鏡と化粧台、煎餅布団を敷けば足の踏み場もありません。あとは灯りくらいはあったと思われます。

じっさい嗅いだことはないものの、この狭い空間は遊女の白粉(おしろい)やら鉄漿(おはぐろ)だのの香りが充満し、むせ返るような空気なが漂っていたことでしょう。

襖1枚の向こうからは何とも言えない声が、両側から聞こえたはずです。

こんな所で情緒もへったくれもありませんが、それが切見世というものでした。

「切見世」の語源と料金システム

画像 : 切見世の遊女たち(イメージ)

しかし、なぜ「切見世」という名前がつけられたのでしょうか。

切見世の語源には諸説あるようで、そのいくつかを紹介します。

一、時間制(ひと切り100文)で客をとったから。

一、ピンからキリまでのキリ、つまり最下級の見世だったから。

一、長屋を切り分けて見世にしたから。

ちなみに切(きり)とは時間の単位で、一説には「線香一本が燃え尽きるまでの時間」と言われるそうです。

現代で言えば、およそ15分ほどでしょうか。客単価が安いぶん、回転率を上げなくてはならなかったのでしょう。

ちなみに実際は何だかんだと理由をつけて時間を引き延ばし、定価の数倍料金をとったと言います。

現代でも明朗会計を謳いながら、いざ帰ろうとすると……というお店、ごく一部にありますよね。

なお、切見世は他にも「局見世(つぼねみせ。局とは部屋のこと)」とか「鉄砲見世(細長かったから?)」または単に「長屋」などと呼ばれたそうです。

終わらぬ春を粥ぐ切見世の遊女たち

画像 : イメージ

ところで表通りの遊女たちには、定年制度がありました。

大見世・中見世・小見世とも遊女の定年は28歳。ずいぶん早いように思えますが、吉原遊女は心身ともに過酷な仕事ですから、この時点で多くの遊女がボロボロだったことでしょう。

しかし、定年を迎えてもまだ妓楼(遊女屋)に借金が残っていれば、それが免除される訳ではありません。

それで表通りを去った遊女たちが、進路の一つとして切見世で終わらぬ春を粥いだようです。

ちなみに遊女の進路と言えば、身請けされるか遣手(やりて)などスタッフに回るか、あるいは死ぬかが大半。

娑婆(ここでは吉原遊廓の外)で一から生業を立てるのは、容易なことではなかったでしょう。

また、岡場所(非公認の遊廓)からやって来た(追われてきた)遊女が転がり込むこともあったようです。

岡場所の流儀に慣れてしまうと、吉原遊廓に行っても一からしきたりを学ぶのは大変だったと思われます。

また、岡場所からやって来た遊女たちは、生粋の吉原遊女たちから差別的な扱いを受けたであろうことも、想像に難くありません。

そんな遊女たちが身を寄せ合って軒を連ね、切見世で生きていたのでした。

裏通りにつけられた別名

画像 : 羅生門の鬼(イメージ)

ところで、吉原遊廓の裏通りには別名があり、それぞれこのように呼ばれています。

江戸町(えどちょう)の一丁目と二丁目の裏通りは「浄念河岸(じょうねんがし)」と呼び、京町(きょうまち)一丁目の裏通りは「西念河岸(さいねんがし)」と呼ばれました。

浄念河岸は東京都台東区にある浄念寺、西念河岸は新宿区にある西念寺に由来するのでしょうか。

この世の苦界(くがい)と言われる吉原遊廓で、仏の慈悲を求める亡者らがたむろしているイメージだったのかも知れませんね。

そして京町二丁目の裏通りは、泣く子も黙る「羅生門河岸(らしょうもんがし)」と呼ばれました。羅生門と言えば、人をさらって喰らう鬼の伝説が残っています。

そんな名前がつけられた羅生門河岸では、遊女たちが一際強引にお客を引きずり込み、一度足を踏み入れればタダでは出られない魔窟として恐れられた?とか。

最下級ランクに位置する切見世の中でも、ひときわ気性の荒い遊女たちの鬼気迫る姿に、切羽詰まった生活事情がうかがわれます。

終わりに

今回は、吉原遊廓の場末である切見世について紹介しました。

安く楽しめる反面、色んな意味でリスクがあり、なかなか怖い場所だったようです。

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」でも序盤に浄念河岸の存在に言及されていましたが、他の河岸も出てくるのでしょうか。

吉原遊廓の生活文化は、まさにピンからキリまでだったのです。

※参考文献:
・安藤雄一郎 監修『江戸の色町 遊女と吉原の歴史』カンゼン、2016年8月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部

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