Yahoo! JAPAN

短歌のふしぎな力──思いがけない扉が開く(歌人・横山未来子)【NHK短歌】

NHK出版デジタルマガジン

短歌のふしぎな力──思いがけない扉が開く(歌人・横山未来子)【NHK短歌】

「NHK短歌」テキストより、短歌の魅力についての解説をご紹介

2025年度『NHK短歌』の講座「三十一音で扉が開く」では、横山未来子(よこやま・みきこ)さんが講師を務めます。

人生の一瞬一瞬をかたちにしていく短歌には、ふしぎな力がある。五七五七七というリズムにのせると、自分でも思いがけないような言葉や心が導きだされると、横山さんはいいます。

今回は、「花」をテーマに短歌のリズムを体感する、テキスト4月号の内容をご紹介します。

五七五七七を楽しもう


三十一音で扉が開く

 短歌は、五七五七七の五句、三十一音でできている定型詩(決まった形をもった詩)です。短歌のはじめの五七五を上の句、続く七七を下の句と呼びます。短歌には、定型のほかに特に決まりごとはなく、季語を入れるという制約もありません。定型に言葉をあてはめることで短歌独自のリズムが生まれることを、まずは感じてみてください。この短歌という詩型は千三百年以上前から親しまれ、時代の変化とともにさまざまな作品が生み出されてきました。では、今月のテーマ「花」がうたわれた歌をいくつかご紹介しましょう。

定期購入(サブスク)の花が届けばペンを置きバケツの水にまずは放てり

鯨井可菜子(くじらい・かなこ)『アップライト』

 「サブスク」はサブスクリプションの略です。生花が定期的に届くサービスに申し込んでいるのでしょう。仕事をしている最中に花が届いたので、ペンをいったん置いて花の梱包を解き、バケツの水に入れたという場面です。「放てり」は、「放った」という意味です。きちんと花瓶に活けるまでの時間と心の余裕が、今はないことが分かります。同時に、梱包されたままで花を放っておいたらかわいそうと思う作者の気持ちも伝わってきますね。この一首は、「サブスク」という略語をうまく使って五七五七七の定型にぴったり収めています。短歌と聞くと古風なイメージを持たれるかもしれませんが、このような新しい言葉を取り入れることもできます。
 

水流にさくら零(ふ)る日よ魚の見るさくらはいかに美しからん

小島ゆかり(こじま・ゆかり)『月光公園』

 川の流れに桜の花びらが降っている日、水中から「魚」が見る桜はどんなに美しいだろうか、という内容の歌です。少しむずかしい言葉づかいですが、口ずさむと音の心地よさを感じられると思います。二句目までは川を眺めている主体の視点でうたわれており、三句目以降は、下から水面を見上げる魚の視点を想像してうたわれています。桜の透きとおった薄紅色の花びらと、上からきらきらと差しこむ陽の光が見えるようです。

水仙の香りがすいと立ち上がる例へばそんな人だあなたは

矢部雅之(やべ・まさゆき)『友達ニ出会フノハ良イ事』

 水仙の凜としたすがすがしい香りは、まさに「すいと立ち上がる」ように感じられます。その香りにたとえられた「あなた」も、きっと水仙のような佇まいの人なのでしょう。ふいに花の香りを感じた瞬間が、自分でもはっとするような恋の思いに重なります。「水仙」「すいと」「そんな」のサ行音がリズミカルで、愛誦(あいしょう)性のある一首です。

小手毬のほろほろ零す目印のような花びら辿りて春へ

後藤由紀恵(ごとう・ゆきえ)『遠く呼ぶ声』

 小手毬の白い小さな花びらが道沿いにたくさんこぼれている情景です。花びらを辿って歩いているうちに「春」そのものに近づいている気分になったのかもしれません。点々と落ちた花びらを「目印のよう」だと表現したことで、道の先に待っている明るい春へと導かれるような、ちょっとふしぎな雰囲気が生まれています。

無言でいたいときに無言でいられたらそれだけで 水辺の雪柳

郡司和斗(ぐんじ・かずと)『遠い感』

 気をつかってあれこれ話す必要もなく、無言でいたいときには無言でいられる関係を大切に思う気持ちがうたわれています。「それだけで」のあとに続く言葉は、あえて書かれていません。代わりのようにひとつ置かれた空白に、読者はいろいろな言葉を想像できるでしょう。水辺に寄り添って咲く雪柳のしずかな雰囲気が、一首の内容によく合っています。短歌を書きあらわすときは空白を入れずに一行で書くのが基本ですが、この歌のように表現上の意図があって空白を入れた作品もあります。リズムも少し変則的な一首です。

チューリップあっけらかんと明るくてごはんを食べるだけの恋ある

松村由利子(まつむら・ゆりこ)『大女伝説』

 チューリップの花には、明るい元気なイメージがあります。作者はそれを「あっけらかんと明るくて」と表現し、ある種の恋に重ねあわせています。「ごはんを食べるだけの恋」は、お互いに深く踏み込まないため、思い悩むこともないような恋なのでしょう。「チューリップ」には、「チュ」という拗音、「ー」であらわす長音、そして小さい「ッ」であらわす促音が含まれています。いずれも一音として数えますので、「チューリップ」は五音になります。

 最後に、花を詠みこんだ自作を引用します。

あたたかき昼の気流に乗るごとく蜂は花より離れ浮きたり

横山未来子『とく来りませ』

「NHK短歌」テキスト5月号では、「たからもの」をテーマにした短歌を紹介し、身近な題材を自由に詠む短歌の魅力をお届けしています。

横山未来子(よこやま・みきこ)

1972年東京都生まれ。歌人。歌誌「心の花」選者。1996年、第39回短歌研究新人賞受賞。歌集に『樹下のひとりの眠りのために』『水をひらく手』『花の線画』(第4回葛原妙子賞)『金の雨』『午後の蝶』『とく来りませ』(第8回佐藤佐太郎短歌賞)。歌書に『いちばんやさしい短歌』など。

◆『NHK短歌』2025年4月号「三十一音で扉が開く」より一部抜粋
◆文 横山未来子
◆トップ写真:SHU/イメージマート

【関連記事】

おすすめの記事