これって病気? 加齢のせい? 尿トラブルにお悩みの諸兄へ ~前立腺、前立腺肥大症、前立腺がんとは 【別冊NHKきょうの健康】
前立腺は男性だけがもつ、生殖に関わる重要な器官です。加齢とともに尿が出にくい、トイレが近い(頻尿)などと感じるようになったら、前立腺の病気が原因かもしれません。
髙橋悟(日本大学医学部泌尿器科学系主任教授)監修、『別冊NHKきょうの健康 前立腺肥大症・前立腺がん 知ってスッキリ 尿もれ・頻尿・がんの治療』から、前立腺、前立腺肥大症、前立腺がんについて抜粋してご紹介します。
前立腺はどこにある? どんな役割がある?
尿トラブルに悩んでいる同年代が多い
その尿トラブル 前立腺の病気が原因かも?
気になる主な尿トラブル
・トイレが近くなる(頻尿)
・尿のキレが悪くなる(残尿感)
・尿が勢いよく出ない
・尿が漏れる
・排尿に時間がかかる
・尿が出にくい
・息まないと尿が出ない
【こんな症状も起こる】排尿が1日8回以上ある(昼間頻尿)
/就寝中、排尿のために1回以上起きる(夜間頻尿)
加齢とともに誰にでも尿トラブルは起こる
尿トラブルの現れ方には、男女で大きく分けると「男性は尿が出にくい」「女性は尿が漏れやすい」という特徴があります。
男性では「前立腺肥大症」により、肥大した前立腺に尿道が圧迫され、「頻尿」「尿が出にくい」「残尿感」などの尿トラブルが50〜60歳代から増え始めます。さらに60〜70歳代以降は、尿意切迫感などが起こる「過活動膀胱(かかつどうぼうこう)」を合併する人が増加します。40歳以上の女性に多いのは、くしゃみや咳(せき)で力が加わると尿が漏れる「腹圧性尿失禁」です。
症状が気にならなければ放置してもよい
前立腺が肥大したために、若いころと比べて尿の出方が変わっても、生活に支障が生じなければ特に治療は必要なく、放置してもかまいません。ただし、尿の出方が変わった背景に「膀胱炎」「尿道炎」などの尿路感染症、「膀胱結石」「膀胱憩室(けいしつ)」「膀胱がん」「前立腺がん」など、ほかの病気が隠れている可能性もあります。
また、「パーキンソン病」「脳腫瘍」などの脳神経系の病気、「脊髄損傷」「糖尿病性神経障害」などが背景にあると、命に関わることもあります。
50歳を過ぎたら、たとえ症状が気にならなくても、一度は血液検査でPSAの値を調べてみましょう。
50歳を過ぎたら一度は調べておきたい「PSA」
PSAを調べて前立腺がん早期発見を目指す
PSAは、前立腺のみでつくられる「前立腺特異抗原」です。主に前立腺がんの有無や進行度に目安をつける「腫瘍マーカー」として利用されています。
PSAは粘りけのある精液をさらさらした状態にする働きをもつたんぱく質分解酵素ですが、前立腺が肥大したり前立腺の組織に炎症が生じたりすると、前立腺から血液中に漏れ出る性質があります。この性質を利用して、血液中のPSA値から前立腺がんなどの病気の有無を調べることができます。
気になる症状がなくても一度は受けておこう
PSAを調べることは、自覚症状がない前立腺の病気の発見に役立ちます。特に初期の前立腺がんの発見には有効で、がんの疑いがあれば、精密検査が行われます。
前立腺がんは早期発見・早期治療により、死亡率低下や転移を防ぐことも十分に可能で、完治も見込めます。
PSAを調べる血液検査は、職場や自治体が実施する「がん検診」で選択できる場合があります。また、人間ドックで受けることもできます。健康診断のタイミングがあれば、受けられるかどうか確認しましょう。最近の研究では、検査によって前立腺がんの死亡リスクが14年間で44%減少することも報告されており*、費用対効果の高い検査の一つといえるでしょう。
*Hugosson J, et al. Lancet Oncol. 2010
前立腺の主な病気は、前立腺肥大症と前立腺がん
主な前立腺の病気
前立腺肥大症
前立腺肥大症は、主に尿道を囲む移行域(内腺)で発生する。前立腺は基本的には加齢とともに肥大するといわれ、肥大した前立腺に膀胱(ぼうこう)が刺激されたり尿道が圧迫されたりすると、さまざまな尿トラブルが現れる。前立腺肥大症が進行すると、尿意が起こらない、血尿、尿がだらだら漏れるなどの合併症が起こることもある。
前立腺がん
前立腺がんは、主に尿道から離れた辺縁域(外腺)で発生するため、前立腺がんの初期には尿トラブルなどの自覚症状が現れにくい。がんが進行するにつれて尿道や膀胱が圧迫され、尿トラブル、血尿、排尿時の痛みなどの症状が現れる。前立腺がんは一般的に進行が緩やかな一方、骨やリンパ節に転移しやすい性格をもつ。
急性前立腺炎
急性前立腺炎は前立腺に突然炎症が起こる病気。主な原因は、尿道などからの細菌(大腸菌や性感染症の原因となる細菌)の侵入によるもので、比較的若い男性に多くみられる。外来で経口抗菌薬による治療を2〜4週間行うことが多い。ただし脱水や全身倦怠(けんたい)感を伴う重症の場合は、入院治療が必要なこともある。
主な症状:下腹部の痛み、発熱、倦怠感、尿が出にくい、尿に血液や膿(うみ)が混じるなど。
慢性前立腺炎
慢性前立腺炎には、急性前立腺炎が再発を繰り返す「慢性細菌性前立腺炎」、中年男性に多く前立腺炎全体の約9割を占める「慢性骨盤痛症候群」、自覚症状がない「無症候性炎症性前立腺炎」の3タイプがある。慢性骨盤痛症候群は、排尿時に痛みや不快感が現れるもので、骨盤内の鬱血(うっけつ。血流が停滞すること)やストレス、疲労、運動不足などが原因と考えられ、炎症性と非炎症性に分類される。
主な症状 : 頻尿、残尿感、尿意切迫感、下腹部から会陰(えいん)部の痛み、排尿時の痛みや不快感、勃起(ぼっき)障害など。
↓慢性前立腺炎の治療で効果を感じない場合は、以下の可能性がないか医師に相談を
間質性膀胱炎・膀胱痛症候群
膀胱内の粘膜などに慢性的な炎症が起こる病気で、難病に指定される「ハンナ型」のものを間質性膀胱炎、それ以外を膀胱痛症候群という。尿がたまると症状が強くなり、排尿すると楽になるという特徴がある。
主な症状:頻尿、尿意切迫感、膀胱の痛みや不快感など。
前立腺肥大症と前立腺がんが多い
前立腺の病気で最も患者数が多いのは、加齢とともに増える前立腺肥大症です。2020年時点の国内総患者数は約108万人と推計されています*。
また、前立腺がんは男性が罹患(りかん)するがんの中で最も多く、2020年に新たに前立腺がんと診断された人の数は8万7756人**です。
近年、前立腺がんの患者数は増加傾向にありますが、その背景には検査の普及、高齢化、食生活の欧米化などがあると考えられています。
*厚生労働省「患者調査」による
**国立がん研究センターがん情報サービスより
慢性前立腺炎ではなく間質性膀胱炎かも?
そのほかの前立腺の病気には、細菌感染やストレスなどが原因のものがあります。細菌感染による「急性前立腺炎」は比較的若い男性に起こりやすく、再発を繰り返すこともあります。「慢性前立腺炎」は中年男性で起こりやすく、原因が不明な場合もあります。
尿トラブルを起こす病気には、膀胱に原因があるものもあります。「間質性膀胱炎・膀胱痛症候群」は元来女性に多い病気で、男性ではまれです。「慢性前立腺炎」と症状が似ているため、医療機関でも慢性前立腺炎と診断されている可能性があります。
慢性前立腺炎の治療で症状が改善しない場合は、間質性膀胱炎・膀胱痛症候群の可能性がないか、医師と相談してみてもよいでしょう。
髙橋 悟(たかはし・さとる)
日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。1985年群馬大学医学部卒業。専門は泌尿器科、特に前立腺がん・排尿障害・尿失禁の治療●日本大学医学部附属板橋病院泌尿器科(東京都板橋区大谷口上町30-1)
◆『別冊NHKきょうの健康 前立腺肥大症・前立腺がん 知ってスッキリ 尿もれ・頻尿・がんの治療』
◆監修 髙橋 悟
◆イラスト わたなべじゅんじ