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メガヒットするコンテンツには「野暮」が混じっている?成熟すると、洗練に行きがちな社会のなかで「どう野暮に戻るか」。

ほぼ日

生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。

『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第10回。一線を超えて大きく売れていくコンテンツには野暮が混じってる?

水野
一線を越えて大きく売れていくコンテンツって、けっこう野暮が混じってると思うんです。『一杯のかけそば』とかも作り話じゃないですか。でもあれは、人々の期待にものすごく応えてるわけで。
糸井
そうですね。
水野
漫画でも小説でも、ほんとにえげつなく売れているものって、そのジャンルの他の人から見ると「いやでもこれ野暮じゃん‥‥」みたいに思うところがある気がするんです。
でもそこ、お客さんからすると関係ないんですよ。本にしても、いまは読まない人がほとんどで、リアリティを追求したものより、ちょっと野暮くらいのもののほうが喜ばれて、メガヒットになってる気がして。
古賀さんの『嫌われる勇気』だって、装丁からしてこれ、ちょっと奇跡なんです。表紙にボンと大きく「嫌」ってあるって、もう無茶苦茶ですから。

古賀
はい(笑)。
糸井
たとえ野暮であっても、そこに込められたものを本気で言えるのなら、OKなんだと思うんです。
一方で、野暮から距離をとる話として、昔からインテリの人たちが好む表現に「野暮なことを言わずになんとかしましょう」というのがあるんですよ。「I love you.」の代わりに「月がきれいですね」って言うとか。
尾崎
ありますね。
糸井
だけど「そんなふうに野暮を避けるほうが、実は野暮なんじゃない?」というのが、僕のいまのテーマなんです(笑)。ややこしいんだけど。
古賀
矢沢永吉さんのステージやアクションも、ある意味、すべてが野暮なんですよ。語りの内容も喋り方も、全部オーバー‥‥なんだけど、一線を越えまくってるから、めちゃくちゃかっこいいんですよ。
水野
インド映画の『バーフバリ』とかもそうですし。
糸井
(笑)あの野暮はもう爽快感がすごいよね。石像を持ち上げて投げつけたり。できるわけないんだけど、そのほうが見てて面白いんだもの。人が望んでるのは、たぶんそっちなんですよね。
だから僕は晩年のテーマは「野暮への道」だな。
古賀
たしかに成熟すると、洗練に行きがちですね。
糸井
ただ、商業主義も野暮を自動的に使うんですよ。そういう部分に対しては、僕はそれはそれでかっこ悪いよ、という気持ちがあって。
だから「出る野暮」をどれだけ肯定できるか‥‥難しいなあ(笑)。

古賀
そうか、そうですね。
水野
「どう野暮に戻るか」って、僕もまさにいま、すごく興味があるんです。
最近子ども向けの本も作ってるんですけど、それも野暮がすごく大事というか、野暮にならなければ伝わらない感じがあるんですよ。
子育てって野暮が混じっていくものですけど、それも常にできるわけじゃなくて。おそらく野暮ができるのって、子供だけじゃなく、親のほうも初めてだらけだからだと思うんです。
物事って、いろいろ知っていくにつれ、どうしても洗練と野暮がトレードオフになっていくところがあって。
尾崎
ああ。
水野
SNSを見てても、ほんとにトップのクリエイターの人たちが、ものすごく洗練の話ばかりしてることってあるんですよ。もちろんその話自体はものすごいんですけど、「受け手の僕らが興味あるのって、もっとわかりやすい、野暮な部分なんだけどな」みたいに思うことってあるんですよね。
‥‥いや、野暮ってなんでしょうね。ある人からは野暮でも、別の人から見たら欲しいもの? 子どもからしたら、甘いもの?
糸井
煮魚の砂糖をすごく嫌う人っていますけど、あの砂糖って、野暮ですよね。だけど絶対に必要なもので。
水野
はい、はい。
糸井
いまの僕は、そういうものをすごく「いいね」って言えるようになったんです。「甘辛味っておいしいね」みたいな。
コーヒーにしても「そんなにみんなブラックが好きだったっけ?」みたいな気持ちがちょっとあるんですよ。自分は砂糖を入れたほうがおいしいと思うから、いまは「砂糖ください」って、ちょっと頑張って、ちゃんと言うようにしてるんです。
古賀
だけど「野暮を嫌う」って、江戸っ子、都会っ子の流儀じゃないですか。野暮ができるのは田舎の人、という気もして。
僕も糸井さんも水野さんも上京組ですけど、つい野暮なことを避けちゃうのって「都会に馴染みたい」「東京の人に見られたい」みたいな感覚があったからなのかなと。
特に僕は、自分の土着のものをできるだけ捨てようとしていた時期があるんです。だけど今度、久しぶりに福岡に帰省するんですけど、はじめて楽しみでしょうがなくて。いま「あそこにも行こう」「ここにも行こう」ってわくわくしながら計画を立てているんです。やっと自分の土着と向き合える余裕が出てきたというか。野暮な表現もようやくできそうな気がして、なんだか嬉しいんですよ。

糸井
ああ、故郷との許し合い。それは僕もやっと来ましたね。だって若いときは嫌で出たんだもの。そこと握手するわけじゃないですか。
古賀
そうですよね。
糸井
尾崎先生はどこの出身ですか?
尾崎
それが僕、横浜で。
糸井
まさしく。
水野
イケてる土地というか。
尾崎
だから地元にコンプレックスがまったくなくて、その意味で、逆に野暮に憧れてるところがけっこうあるかもしれないです。
まぁ、いまはもう名古屋に31年住んでますから、だいぶ感覚が名古屋寄りになった気もするんですけど。
糸井
‥‥はぁー。その野暮問題って。
尾崎
『成りあがり』の永ちゃんも広島出身ですけど、そういう地方出身の人の野暮さを連れて、東京にやってくるわけですよね。
糸井
そう、上京への思い入れはすごくあって。広島から夜汽車に乗って来るわけですけど、「一気に東京は危ない」と思って、いちど横浜で列車を降りるんです。
尾崎
そこがまたいいんですよね。
糸井
ただ、もちろん事実そうだったと思うんですけど、永ちゃんにとってはたぶんそれもやっぱり、横浜でいちど降りた方が「作品」なんですよ。「そのほうが物語としていいな」って、若いながらにきっとわかってたんです。
古賀
はぁー。
糸井
そして最終的に、自分のなかの野暮を表現にまで高めて、いまに至るという。
結局、後が面白くなれば、野暮だのなんだの全部OKになるんですよ。
水野
そうですよね。野暮がもたらしてくれるものって、実はやっぱりけっこうあって。
糸井
もし若いときの水野くんが「俺はハンサムじゃないからモテないんだ」とか思わなければ、いまのあなたはいないですから。
水野
はい。だから実はいろんな劣等感も、飴玉みたいなもんで(笑)。自分のなかでその甘さをずっと転がして、快楽の糧にしてるという。
糸井
振り返れば、それがどれだけ自分の仕事をつくってくれたかって思うよね。
水野
そうなんです。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(10)みんなの好きな甘いもの。)

古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。

水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。

尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。

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