幻のストラディヴァリウスが千住家にやってきた~千住真理子さん
ファッションデザイナー:コシノジュンコが、それぞれのジャンルのトップランナーをゲストに迎え、人と人の繋がりや、出会いと共感を発見する番組。
千住真理子さん
1962年、東京杉並区生まれ。12歳でプロデビューして以降、音楽コンクールで数々の賞を受賞し、日本を代表するヴァイオリニストとして国内外のコンサートやボランティア演奏など精力的に活動中。母親はエッセイストの故千住文子さん、兄に日本画家の千住博さんと作曲家の千住明さん。
JK:ずいぶん前ですけど、川奈ホテルで真理子さんがヴァイオリンを弾いたのが忘れられなくて! ふつうなら自分の横にヴァイオリンを置くのに、その時はステージの真ん中に置かれてて。
千住:もちろん身近なところに置く場合もあるんですけど、人さまとご挨拶しているときに視界から外れる危険があるので、誰の目にも触れる場所に。
出水:世界三大ヴァイオリンのひとつ、ストラディヴァリウス! その中でもとくに名のついたもので、世界でも非常に貴重だそうですね。
千住:びっくりするような出会いで、突然目の前に現れた感じなんですけど・・・1人目の所有者が当時のローマ法王なんです。
JK:そうなんですか!!
千住:ただ法王は所有してはいけないことになっていて、名目上側近の方の持ち物ということで法王のそばに置いてあった。
JK:何百年前ですか?
千住:300年前です。その法王が亡くなった後に、側近が故郷フランスのデュランティというお城に持ち帰って、隠されたわけです。隠した時間が200年。その間、ローマ法王が持ってたはずのストラディヴァリウスはどこにいったんだ?!と騒ぎになって、「幻のストラディヴァリウス」と呼ばれていたんです。それで200年経ってから、デュランティ家が滅びる前にスイスの富豪に移されて、その後なんと千住家にやってきた。
JK:どこでどうやって出会ったんですか?
千住:スイスの富豪が亡くなるときに、「このままではヴァイオリニストの手に渡らない、自分が亡き後はヴァイオリニストに渡してほしい」と遺言を残して、それでめぐりめぐって声がかかったんです。
JK:すーごい、このルート! 聞くだけで遠くなりそう! 選ばれた人なんですね。
出水:ある記事によると、真理子さんは最初あまり乗り気ではなかったそうですね?
千住:誰かが買って下さるわけでもないですし、それこそ貸与されるわけでもなく、「よかったら買ってください」ってことになるわけですよね。
JK:ものすごく大きな額ですよね! ビル1棟分ぐらい?!
千住:「ありえない、個人じゃ買えないから無理無理」って言ってたら、「千住家はきょうだいがいるでしょ」って(^^;)
JK:頼もしいきょうだいだわ~! それと比べたら、うちの三姉妹はショボいわぁ~
千住:いえいえ! とてもじゃないけどお願いできないから、試し弾きをして「私には合わない」といってお返しするつもりだったんです。それでスイスから日本に持ってきてくださって、ホールを借りて弾いてみたら、たまたま兄たちも日本にいて。音を聴いた明兄が「うちが持つべきだ」と。博兄も顔を真っ赤にして、「僕は美術家だから見ただけでわかる、こんなすごいものは一生見ることができない」と言って、楽器にお辞儀したんです。それで母が「これは何とかしよう」って。
JK:千住家の愛ですね!! 愛の塊!
千住:それで兄たちが「これは千住家のストラディヴァリウスだ。必要なものだ」と言ってくれて。
出水:真理子さん自身は音についていかがでした?
千住:あごの下に抱えて1音弾いた時に、なんていうのかしら・・・宇宙人に出会ったような。楽器でもない、モノでもない、生きている。すごく怖かったんです。背筋がゾーッとしました。弾くと声がするんです!
JK:えっ?
千住:何ものかの声が聞こえる。音じゃなくて、声。それですごい恐ろしくなって。明兄も「聞こえる。倍音がすごいんだね」って・・・そういう驚きでした。でも期間が限られていて、その間にいくつか条件をクリアできないといけなくて、兄たちも総出で頑張ってくれたんです。母も「自分の命と引き換えにしてでも、この楽器を真理子のもとに置きたい」って。
出水:なんと今日は、スタジオにその楽器が!!
千住:どうぞご覧になってください。ニスが300年前のニスそのもので、上からまったく何も塗られていないのが貴重なんですね。
JK:300年前に塗ったそのまま、手入れしなくていいってことですね。
千住:ヴァオリニストが弾いてるうちに劣化するので、普通はニスを塗っちゃうんですね。分かってらっしゃる方がニスを塗る分にはダメージはないんですが、きれいにしようとしてニスを塗ると音が死んでしまう。普通はカターテを楽器にはめて弾くんですけど、それをやっちゃうと音が違うんですよ。なので私の場合は鎖骨に当てて、自分の骨を振動帯にして、骨伝導で響かせる。弾いてると頭蓋骨が響くんです。それがどちらかというと心地よい。
JK:一番近くで聴いてるわけですね!
出水:デュランティに会ったからこそ弾けるようになった曲もあるんですか?
千住:出会った途端、それまで弾いていた曲はすべてリセットして、フィンガリングからボウイングの仕方も全部替えました。この楽器のための奏法を新たに学び直して、ゼロからやり直し。7~8年かかりました。
JK:ご自分で研究して? 先生はいるんですか?
千住:いないです。この楽器のクセを私が学ばないとダメなんです。人間と同じで、ストラスヴァリウスでもそれぞれ違う個性を持っているので、デュランティのクセを私が分かるように努力して、この楽器に合う弾き方をする。
JK:もう一心同体ですね。
出水:200年余り封印されてきたものをこじ開けていく作業ですね。
千住:わりと新しいままだったので、あまりにも楽器が健康すぎて、弾いてると私の身体が壊れるほど。最初の2~3年は私の身体のほうが負けて、点滴を打ちながらじゃないと弾けないぐらいでした。そのぐらいこの楽器は強くて。
JK:初めて弾いた時のイメージと比べて、何十年経つと変化しますか?
千住:変化します。だんだん融合して、いまや自分の身体の延長戦に楽器があるみたいな感じですね。
JK:それは本物ですね!
出水:千住さんは今年デビュー50周年ということで、全国津々浦々コンサートを予定しています。直近では、横浜みなとみらいホールで、千住明さんのデビュー40周年と合わせたアニバーサリーコンチェルト。
JK:まだお若いのに50周年だなんて! お兄さんのほうが遅いんですね(笑)
千住:そうなんです(笑) このコンサートでは千住明の作品を私がかたっぱしから弾いて、千住明がオーケストラを指揮します。トークもします。ぜひいらっしゃってください!
出水:5月には三兄妹がそろうコンサートもあるんですよね?
JK:これは珍しい! 博先生はそこに絵を置くんですか?
千住:それがですね・・・今一番モメてるんです!! 博兄は「絵を見せるんだったらステージを真っ暗にしろ」と。そうするとオーケストラの団員は楽譜が見えないので弾けないんです。来週明兄と私のグループで相談会をするんですが・・・どうしましょう先生?! お願い、助けて~!!
JK:おととい明さんともその話をさんざんしたわ(笑) お2人は音楽家だからいいけど、1人だけ全然ちがうからねぇ。絵が足し算みたいな感じだと本人は・・・
千住:嫌なんです!
JK:目の前で絵を描くのか、それとも大きい絵を持ってくるのか、映像にするか。
千住:はじめ私たちも映像にすると思ってたんですけど、映像にすると「ライティングが問題だ」と。そしたら明兄が「譜面が読めないから、真理が1人で、無伴奏で弾け」と。でも明兄の作品に無伴奏はまだないんです。今から書くか? でも「書くのは嫌だ」って(^^;) どうしよう~!
出水:コシノ家ではこういう時、どう落としどころを探るんですか?
JK:うちは親が指揮者みたいなもんだから。
千住:そうなんです~! うちも母がいたら・・・
JK:誰か妥協するのかっていうと・・・
千住:誰もしないです!!
出水:いずれにしてもコンサートの日程はすでに決まっています! 5月10日(土)東京オペラシティ・コンサートホール「千住家の軌跡」。
JK:何があるか分からないから面白いわね! 逆にすっごい話題になりますよ(笑)
千住:果たしてどうなるのか(^^;)
(TBSラジオ『コシノジュンコ MASACA』より抜粋)