那須川天心が目指すべき方向性は?KO逃して反省もデータが証明する「進化」
世界前哨戦でサンティリャンに判定勝ち
5月から続いていたプロボクシングの世界戦ラッシュも佐々木尽(八王子中屋)の痛烈なKO負けでひと段落した。次に国内で行われる世界戦は、7月30日に横浜BUNTAIでゴングが鳴るWBA・WBCフライ級王者・寺地拳四朗(B.M.B)の防衛戦など3カードまで予定されていない。
井上尚弥(大橋)は9月にムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)と戦うことが報じられているが、混沌としているのはバンタム級戦線だ。西田凌佑(六島)を下した中谷潤人(M・T)がWBCに続いてIBF王座を奪ったものの、来年の井上尚弥との大一番に備えてベルトを返上し、スーパーバンタム級への転向が噂されている。
そうなると、現在WBCバンタム級1位にランクされる那須川天心(26=帝拳)に王座決定戦のチャンスが巡ってくる。キックボクシングから転向してプロボクサーとしてデビューしたのが2023年4月。わずか2年しか経っていないが、7連勝(2KO)でランキング最上位まで来た。
キック時代に「神童」と呼ばれた話題性や奔放な言動も手伝って、どうしても色眼鏡で見られがちだが、そのスピードとテクニックは紛れもなく世界レベルにある。無敗のまま世界のベルトを巻くことはできるのだろうか。
SPAIAでは6月8日に有明コロシアムで判定勝ちしたビクトル・サンティリャン(ドミニカ共和国)戦のデータを集計。そこから見えてきた天心の進化と課題を分析した。なお、有効打の判定は難しいが、的確にナックルパートで捉えたパンチのみカウントしている。
ここ3戦でパンチ数最多、ヒット率と被弾率も最高
天心は10ラウント合計で570発のパンチを打ち、有効打は265発。一方のサンティリャンも554発と手数は多かったが、有効打は85発にすぎなかった。フルマークが1人に99-91が2人の3-0大差判定に異論を差し挟む余地はないだろう。
天心は2024年10月のジェルウィン・アシロ(フィリピン)戦、2025年2月のジェイソン・モロニー(オーストラリア)戦に続く3試合連続の10回判定勝ちだった。特筆すべきは、3試合の中で今回の総パンチ数が最も多いことだ。
アシロ戦は計425発で有効打が134発、モロニー戦は計459発で有効打が134発。直近2戦に比べて100発以上多い。有効打の割合を示すヒット率もアシロ戦の31.5%、モロニー戦の29.2%に比べて今回は46.5%と高かった。
逆にパンチを受けた割合を示す被弾率はアシロ戦の15.5%、モロニー戦の22.8%に比べて今回は15.3%と低い。
相手のレベルやファイトスタイルに左右されるとはいえ、データ上は打たせずに打つボクシングの「進化」が見てとれる。
出血しながら打ち合い、カエル跳びアッパーも
今回、天心の手数が多かったのは偶然ではない。サンティリャンにパワーがなく倒されるリスクも低かったことから、足を止めて打ち合うシーンもいつもより多く、明らかにKOを狙っていた。それは反省を口にした試合後のインタビューでも分かるだろう。
4回には偶然のバッティングで左目上をカット。出血しながらも、ひるむことなくショートレンジで打ち合った。また、6回にはいったんしゃがみ込んでからパンチを突き上げる“カエル跳びアッパー”で場内を沸かせた。
サンティリャンは上体が柔らかく手数も多い、やりにくい相手。しかも、左右フックはナックルパートではなく、グローブを開いて手のひらで打つオープンブローも少なくなかった。天心のディフェンス技術があったから大ケガを負わずに済んだものの、肘を伸ばして打つロングフックはプロレス技のラリアートのようで反則を取られてもおかしくなかった。
それでも委細構わず倒しにいったのは、人気先行を指摘されるスターゆえ、実力を証明したかったのだろう。試合後の反省の弁は、現状に満足していない向上心の裏返しで、精神的な成長も感じさせた。
長谷川穂積、寺地拳四朗ら世界王者になってKO勝ち急増した例も
天心は、トレーナーを務める元世界2階級王者・粟生隆寛氏へのリスペクトを口にしている。粟生も現役時代はサウスポーで、天心と似たスタイリッシュなボクサーだった。
天心が目指すべきは、粟生のようにヒットアンドアウェーを極め、打たせずに打つボクサーではないだろうか。ノックアウトはあくまでその延長線上にある。
当然ながらダウンシーンが多い方が盛り上がり、チケットの売れ行きや動画配信の視聴数にも影響するだろう。しかし、ノックアウトを望む周囲の期待に応えようとして、自分のスタイルを崩してまで無理に打ち合うのはリスクが高い。ダメージの蓄積も心配される。
これまでのランカーレベルなら多少の無理はできたとしても、今後さらに相手のレベルが上がれば、一発の被弾が命取りになる可能性もあるのだ。決して判定勝ちをマイナスに捉える必要はない。
そして、元3階級王者の長谷川穂積や現フライ級王者・寺地拳四朗のように、世界のベルトを巻いてからKO勝ちが急増した例もある。
重要なのは、選手寿命を縮めない確かなディフェンス技術とスピード。それさえあれば、トレーニング次第でパワーは後からついてくるし、倒すコツをつかめば一気に派手な倒し屋に変身する可能性もある。
王座決定戦なら相手候補は?
現在、天心に次ぐWBC2位は、フライ級、スーパーフライ級で2階級制覇し、3階級目を狙う35歳のファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)。かつて井岡一翔(志成)が対戦を熱望していたベテランだ。
3位はアレハンドロ・ゴンザレス(メキシコ)、4位が井上拓真(大橋)となっているが、仮に中谷がベルトを返上して王座決定戦となれば誰が出場するのか流動的。原則としてランキング上位選手同士で王座を争うとはいえ、交渉次第で必ず1位と2位が決定戦に出場するとは限らない。
井上拓真との日本人対決も見てみたいが、IBFでも上位にランクされている井上と天心が潰し合う可能性は低い。45勝(28KO)4敗の実力者エストラーダよりは、19勝(11KO)6敗3分けのゴンザレスの方が戦いやすそうだが、果たしてどうなるか。世界的プロモーターとして名を馳せる帝拳・本田明彦会長のマッチメークも天心の今後を大きく左右する。
着実にスキルアップしながら成長途上の天心。批判的な周囲の声に惑わされることなく「関係ないっしょ。気持ちっしょ」と自らを貫き、さらに強くなってほしい。
【関連記事】
・寺地拳四朗は令和のシン激闘王!矢吹正道にリベンジ後、7戦7勝6KOの大変身
・中谷潤人の4団体統一を阻むWBAの愚行…ブランク2年のドネアが暫定王座決定戦へ
・井上尚弥は衰えたのか?カルデナス戦をデータ検証、KO期待されるハードパンチャーの宿命
記事:SPAIA編集部