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大相撲を〝砂かぶり〟から見守る「溜会」には国技を支える矜持がある

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大相撲を〝砂かぶり〟から見守る「溜会」には国技を支える矜持がある

大相撲は、〝国技〟と呼ばれるように、単なるスポーツ、格闘技ではなく1500年の歴史をもつ我が国固有の伝統文化の一つである。大相撲の発展のため力士や関係者ばかりではなく、大相撲をこよなく愛し、長年支えてきた〈維持員〉の尽力があったからこそ、日本の国技として守られてきた、といえる。土俵に一番近い砂かぶり(溜席)で力士たちの体当たりの相撲に立ち合い見守り、土俵外でも力士と交流し、大相撲を支えるのが「日本大相撲溜会」である。東京の「溜会」会長を2023年から務める山本道廣さんに、大相撲愛、「溜会」の果たす役目などをお聞きした。

▲土俵と溜席 平成13年秋場所8日目 「日本大相撲溜会小史」より(撮影:水戸保夫氏)

昭和の栃若時代に出合った大相撲

 「溜会」の「溜」(たまり)の語源は江戸時代からで、大勢の力士が浴衣姿で土俵下にたむろしていたことから、〝たまり〟というようになったと言われています。土俵下の東西、向正面の各75席をあわせて300席が「維持員席」になっていますが、東西の一列目、二列目と正面をあわせた69席が「溜会」の席になっています。69席というのは、第35代横綱の双葉山の69連勝を記念した数字です。取組中に砂が飛んできて、見物客が砂をかぶることから、〝砂かぶり席〟とも言われています。

 私が大相撲観戦を体験したのは中学生のときで、相撲好きの祖母に連れられ、初めて国技館に行きました。ちょうど昭和28年(1953)夏場所からテレビ放送が開始された時期で、第44代横綱の栃錦と第45代横綱の若乃花が「技の栃錦、力の若乃花」と並び称され、相撲人気が全国に拡がっていく時代でした。

 その後、両国国技館は会社からも近く機会があれば観戦に行っていましたが、40歳の時に社業である不動産・宅建業界の先輩に勧められ、三保ケ関部屋(元大関増位山)の後援会に入会し、年3回の東京場所を観戦していました。当時は本業の不動産鑑定士の仕事や会社経営で15日間興行のうち1日しか行けませんでしたが。

 
 しかし相撲好きが高じて45歳のときに「溜会」に入会申し込みをしました。当然推薦人になってくれる人もいましたが、当時は入会までに10年は待たなければならないと言われていました。一般的に会社員の定年と重なる55歳で入会できればと考えていましたが、私は50歳で「溜会」の会員になることができました。爾来37年砂かぶりに座りつづけましたが、一昨年に会長を拝命しました。東京の3場所は、土俵下に座り込んで、維持会員として取組みに立ち合うことになったのです。

「溜会」の会員には、力士の技能を審査する「立会人」を務める役割があります。さらにその場所の殊勲賞、敢闘賞、技能賞を決める日本相撲協会の三賞選考委員会の委員も務めています。また千秋楽、幕内の取組みに入る前に、優勝者が決まった十両、幕下、三段目、序二段、序の口までの各段力士に対して、相撲協会の表彰に続いて、溜会からも表彰します。会長の私が土俵に上がり表彰状を贈呈するお役目があるのです。ですから指定された履物をはいて、土俵に上がるときに転ばないようにと、人知れずウォーキングをして体力づくりに励んでいます(笑)。

 土俵下から相撲を観戦していて、おもしろいのは、十両前の幕下上位の5番勝負です。十両に上れば「関取」になり、待遇に大きな差がありますから、両者が関取に上がるための真っ向勝負、真剣勝負です。ここから這い上がるもの、落ちていくもの、両者の今後の活躍を土俵下でじっくり見ています。

力士と「溜会」の関係


 ここに、平成14年発行の「日本大相撲溜会小史」があります。溜会に招待された思い出を、親方や関取衆が語っている章で一例をあげますと、千代の富士(九重親方・故人)は、

「幕下上位にきて十両に昇進する力があると認められると溜会から呼ばれるということを励みにしていたのだが、私の場合、昭和49年秋場所幕下11枚目で全勝して次の九州場所で十両にあがったため、呼ばれるチャンスを逃してしまった。後になって昭和56年初場所で初優勝した時からたびたび溜会に招待されたが、幕下の時には呼んでもらえなかったのだと笑い話にしたことがある。溜会の人たちは協会を支えてくれる人たちであり、敬意を払っている。また個人的に親しくなった人もあります」と語っています。

▲横綱・千代の富士 在りし日の「溜会」にて「日本大相撲溜会小史」より

 また初代貴ノ花(二子山親方・故人)は、

 「溜会は有望力士が呼ばれるんだと聞いていたので嬉しかったし、優勝した横綱大鵬さんと同席してすぐ間近に接することができて感動しました。横綱から小遣いをもらったのを覚えています。あの頃は部屋では稽古稽古で大変だったから、いっときでも緊張感から解放されてホッとしました」 

 そして、今解説でも活躍している、当時琴風(前尾車親方)は、「昭和50年の5月場所か9月場所のことでした。兄弟子から溜会に呼ばれた力士は皆関取衆になれるって言われて、おれもなれるかなと思いました。柳橋の料亭に行ったのはもちろん初めてで、お寿司を御馳走になりました。長年相撲を見ている溜会の方々や芸者さんが、東富士とか千代の山とかの話をしていて、(相撲)教習所で習った力士の名が出てくるのでびっくりしたのを覚えています」

 溜会に招待されると出世するというジンクスを信じ、緊張しながらも楽しいひとときを過ごしてその後の活力になっているのが嬉しいです。現在私は今年横綱に昇進した大の里関の「東京・大の里を励ます会」の会長を引き受けていますが、溜会会長という立場上、個人的に贔屓にするわけにはいきません。

左・山本道廣さんと横綱・大の里 2025年10月4日の「東京・大の里を励ます会」にて

 大相撲には「タニマチ」といって、力士を経済的・精神的に支援する後援者や贔屓客を指す隠語があります。大阪の地名「谷町」筋に由来しますが、溜会は、力士個人を支援することではなく、大相撲を国技として維持するための「維持会員」なのです。審判ではありませんが、砂かぶりで真剣に取り組みを見守っていく役目があるのです。ですから「溜席」とは、観戦チケット代を払う枡席や一般席のチケット代のように販売されず、寄付する維持員のための「維持会員席」と定義されているのです。

「格式と伝統」を伝え、大相撲をさらに盛り上げる

 所定の寄付金を納め、維持員に認められると、「維持員証」と、本場所の15日間通しの整理券が交付されます。維持員証と整理券を提示することで、最前列の溜席に立ち合うことができます。維持員本人が行けない時、直接チケットを譲り受けた代理人に限って着席できますが、やってはいけないことをきちんと伝言して渡します。

飲食や許可なしの写真・動画撮影、危険物の持ち込み

声を出して観戦すること、力士や行事に触れること

携帯電話の使用

子供を膝上にのせて観戦すること

取組中の席の移動、タオルを掲げること

弓取式終了まで着席

声援や勝負判定に批判しない

危険に対応できないもの(未成年者、判断能力が著しく欠ける者、そのほか外国の法令上これらと同等に行為能力を制限された者)の維持席利用は禁止

 事細かくエチケット、マナーを遵守するようにしています。私など溜席では上着を着用しネクタイを外したことがありません。立会人のせめてもの礼儀だと心得ています。

 以前、刑務所内でも大相撲は放映されるため、暴力団が所内の受刑者を激励するため砂かぶりに関係者が座ったことや、正面で観戦する花柳界の女性が話題になりました。クラブのママさんが自分の店の店名が浮き出た団扇をテレビ画面に映るようにしていたこともありました。「溜会」は相撲協会と協力して、そういったマナーを正していかなければなりません。

 昨今、大相撲は女性や外国人にも人気で、なかなか席が取れない状態です。ましてや、土俵の一番近くで観戦できる「溜席」は多くの相撲ファンがいつかは座ってみたいと思う憧れの席です。以前、ご婦人は最前列を辞退していました。しゃしゃり出てはいけない、という感覚です。古いルールや習慣をどこまで守っていくかも現代の価値観と照らし合わせていかなければなりません。

 現在力士の人数は約600人。子供たちに人気の野球やサッカーに圧されています。子供たちに大相撲の魅力を伝えながら何とか力士・関取を目指す青少年が増えていくことを願っています。

 10月15日(水)~19日(日)の期間、英国ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールに於いて大相撲ロンドン公演が開催されますので、力士たちはロンドンに向かいました。来年はパリ、再来年はロサンゼルスの予定です。日本の国技が、世界でも認められるのは大変喜ばしいことです。

「格式と伝統」のある大相撲を支えるのは、私たちファンの心がけによります。矜持をもってマナーを守り観戦をして一緒に大相撲を盛り上げていきたい。本業が一段落した私にとって「大相撲」は趣味の段階を通り越し、いまでは生きがいとなっています。(談)

やまもと みちひろ
昭和13年(1938)東京生まれ。昭和36年中央大学法学部法律学科卒業。実父が創業した神田土地建物株式会社入社。元東京都不動産鑑定士協会会長。一般社団法人不動産流通経営協会理事、東京簡易裁判所民事調停委員、国土交通省土地鑑定委員会調停委員、神田税務署・麹町税務署相続税路線評価員、東京番町ライオンズクラブ会長。2023年より日本大相撲溜会会長。

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