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義経千本桜の世界を十三代目團十郎が13役早替りで魅せる『星合世十三團』 歌舞伎座『七月大歌舞伎』昼の部観劇レポート

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昼の部『星合世十三團』佐藤忠信実は源九郎狐=市川團十郎

2024年7月1日(月)に歌舞伎座で、『七月大歌舞伎』が開幕した。昼の部(11時開演)では、市川團十郎主演の通し狂言『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』が上演される。2019年7月の初演以来、2度目の上演。古典歌舞伎の名作『義経千本桜』のドラマを凝縮し、新たな趣向を加え大胆に再構成した作品だ。登場人物のうち13役を、團十郎が早替りで勤める。歌舞伎になじみのない方にも、歌舞伎ファンにもおすすめの作品だ。

■13役早替りで描く團十郎の『義経千本桜』

発端は、満月の福原湊。定式幕が開くと壇ノ浦で散ったと思われていた平家方の猛将・能登守教経(團十郎)が圧倒的な迫力で登場。拍手や大向こうの余韻も冷めぬうちに、花道から高貴な身なりの平維盛(團十郎)が逃げのびてくる。美麗な貴公子のピンチを、あわやというところで救うのは着物の裾に波の模様の頼もしい男、渡海屋銀平、実は平家の名将・新中納言知盛(團十郎)だ。

開演から1秒の出し惜しみもなく團十郎が登場し、登場のたびにキャラクターがガラリと変わる。明らかに別の役になるのだが、どの役になろうとも歌舞伎俳優としての大きさ、華やかさが、紛れもなく團十郎だった。場内の空気は一気に熱を帯びた。

昼の部『星合世十三團』市川團十郎 /(C)松竹

発端と序幕の間には、柿色に三升の紋の裃姿で登場(これも早替り!)。舞台に大きく映し出された人物相関図を背に、『義経千本桜』のあらすじを解説する。

再興を目指す平家の残党、源頼朝の追っ手から逃げる義経一行、それを取り巻く人々……。立役、女方、若衆から老け役まで團十郎が勤める13役は次の通り。

左大臣藤原朝方、卿の君、川越太郎、武蔵坊弁慶、渡海屋銀平実は新中納言知盛、入江丹蔵、主馬小金吾、いがみの権太、鮨屋弥左衛門、弥助実は三位中将維盛、佐藤忠信、佐藤忠信実は源九郎狐、横川覚範実は能登守教経。

昼の部『星合世十三團』武蔵坊弁慶=市川團十郎 /(C)松竹

團十郎が「13倍のご声援を」と呼びかけるとワッと拍手が起き、ふたたび『義経千本桜』の世界へ。

■古典歌舞伎で培われた説得力

昼の部『星合世十三團』渡海屋銀平実は新中納言知盛=市川團十郎 /(C)松竹

全体をコンパクトにまとめながらも、古典で人気の「渡海屋・大物浦」の知盛、「すし屋」の権太、「四の切」の狐忠信の見せ場はたっぷりと描かれる。満身創痍の知盛が岩場を登っていく時、客席は物音ひとつ立てずに見守った。知盛が崖の向こうに消えた瞬間の拍手は、歌舞伎座が震えんばかりだった。権太の憎めない悪さは観客の心をつかみ楽しませた。女房小せん(中村児太郎)と倅を見送る無言は、ただ事ではない何かが起きていることを雄弁に語っていた。團十郎が『義経千本桜』でつとめてきた役だからこその厚みが、涙を誘った。

舞台は軍兵や捕手、花四天も総動員。これを支えるスタッフワークも大変なものに違いない。古典歌舞伎の色をより濃厚にするのが中村梅玉の源義経、中村魁春の典侍の局、中村雀右衛門の静御前、市川右團次の相模五郎をはじめとした共演者たちだ。義経は清廉な華と品格をまといながら、希望の見えない旅を続けているであろう悲劇を滲ませた。安徳帝を抱きかかえた典侍の局は、立ち姿や声に無念と覚悟が張りつめ、その目に沈んでいく平家方の船が映り込むようだった。ラストのカタルシスに繋がる助走となっていた。

昼の部『星合世十三團』(左より)静御前=中村雀右衛門、源義経=中村梅玉、川越太郎=市川團十郎 /(C)松竹


■古典歌舞伎が生み出す、新たな魅力

台詞が潔くまとめられたやり取りからは、登場人物たちの心の動きがクリアに伝わってくる。こんなにすっきりするものか、とハッとするところもあった。はじめて観る方にとっても、馴染みのないせりふ回しの演劇から受け取れる、必要充分な情報量だったにちがいない。

昼の部『星合世十三團』(左より)相模五郎=市川右團次、お柳実は典侍の局=中村魁春、渡海屋銀平実は新中納言知盛=市川團十郎 /(C)松竹

この日の客席は、歌舞伎に馴染みのない方が多かったようで、「すし屋」で権太が桶を取り違えた時は、アラアラと素直で楽しい笑いがおこり、「四の切」で狐忠信が正体をあらわした時は一斉に揚幕に注目。ややあって本舞台の團十郎に気づき、キツネにつままれたかのようなどよめきが広がった。外国人の来場者も「彼がビッグスターなのだな」とすぐに理解した様子。目の前の舞台への瑞々しい反応が、明るく軽やかな空気を作っていた。

では古典歌舞伎を見慣れている方にとっては、どうだったのだろうか。早替りへの工夫や、ここをこう繋いだのか、という面白さ、想像を何度も上回ってくるエンターテインメント精神に溢れた演出への驚きは、原作を知る方ほど大きかったに違いない。「すし屋」で、ワンシーンに團十郎が3役で登場した時は、團十郎の権太でもっと余韻を楽しみたいのに(團十郎が3人いれば解決するのに!) と、じれったく思ったことは否定しない。しかしその絶妙な物足りなさは、次は通し狂言で『義経千本桜』をみたい! という前向きな観劇欲に直結した。古典歌舞伎があるからこそ生まれた、古典歌舞伎に繋がる新たな作品だった。

昼の部『星合世十三團』主馬小金吾=市川團十郎 /(C)松竹

補綴・演出は、織田紘二、石川耕士、川崎哲男、藤間勘十郎。團十郎だけでは上演できない、しかし團十郎だからこそ生まれた舞台。幕切れは、奮闘した團十郎への歓声と万雷の拍手で結ばれた。『七月大歌舞伎』は2024年7月1日(月)から24日(水)まで。夜の部では、松本幸四郎の『千成瓢薫風聚光(せんなりびょうたんはためくいさおし)裏表太閤記(うらおもてたいこうき)』が上演される。

取材・文=塚田史香

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