11月の歌舞伎座はウェルカムムード満点! 『三人吉三』の名台詞に獅子のダイナミックな踊りを楽しむ『十一月歌舞伎座特別公演 ようこそ歌舞伎座へ』観劇レポート
2024年11月1日(金)より23日(土・祝)まで上演される、歌舞伎座『十一月歌舞伎座特別公演 ようこそ歌舞伎座へ』。オープニングは洋楽の軽快なビートに合わせた観客のハンドクラップの中、タキシード姿の中村虎之介が登場し、ウェルカムなムードを一気に作り上げた。
歌舞伎座は一年を通して歌舞伎を上演する劇場だ。しかし今月はロビーから上演内容まで、はじめて歌舞伎を観る方や歌舞伎座にまだ馴染みのない方を意識した工夫が凝らされた特別な公演となっている。
虎之介は明るい声と笑顔で観客を歓迎し、松本幸四郎(映像出演)による舞台裏の紹介映像につなぐ。普段の客席からは見えないエリアを、幸四郎が観客と同じかそれ以上にワクワクした様子で探索する。舞台の「上手(かみて)下手(しもて)」といった基本的な用語を押さえつつ、舞台裏の仕組みが紹介された。揚幕(あげまく)の解説は興味深く、奈落(ならく)から舞台を見上げる景色が印象的だった。上映後は、この大きな歌舞伎座の舞台の上下左右に、映像で観たあれだけの空間がさらに広がっているのか、とそのスケールに驚かされる。
再び登場した虎之介は着物姿で進行役をつとめる。アシスタントには、歌舞伎に出たい白い虎や、古典の名作でおなじみの動物たち。歌舞伎ファンならニヤリとする話題を織り交ぜながら黒衣(くろご)の役割を紹介し、だんまり、見得、立廻りを実演してみせる。虎之介は、ここぞというところで本領発揮し、歌舞伎俳優の表情に切り替わる。一瞬で発せられる華とエネルギーが場内の空気をグッと掴み、大人も子供も外国人も、同じタイミングでワッと拍手を送っていた。日替わりゲストとのフリートークは、尾上音蔵がその場で英訳する。笑ったり、驚いたり、各自の座席でごそごそしたり見得をしたり、遊び心と工夫が凝らされた体験型の一幕は、歌舞伎らしい口上で爽やかに結ばれた。
歌舞伎体験は幕間も続く
今月ならではの企画のひとつは「歌舞伎印巡(すたんぷらりぃ)」。指示に従い「印」を探すことで歌舞伎座の中を一巡りできる。
また、2階ロビーの「歌舞伎の小道具にふれてみよう!」と題された体験コーナーでは、舞台で実際に使われている小道具に触れることができる。傾城の黒塗りの下駄も、ふたり一組で担ぐ駕篭(かご)も、鎧も想像以上の重量で、ひとつ手に取るたびに「持つところを間違えたかな?」と首を傾げたほどに重かった。また、小判の輝きとバラバラと落とした時の響きは、名作の悲劇や喜劇を思い出させた。
上演作品にちなんだフォトスポットも用意され、思いがけないところに出演者のサインがあるなど遊び心がいっぱい。いつもより少し長めの幕間時間×2回があっという間だった。
古典歌舞伎の名作の名台詞を
お祭りのような楽しい気分のまま二幕目へ。河竹黙阿弥の名作『三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)』が、尾上左近のお嬢吉三、中村歌昇のお坊吉三、そして坂東亀蔵の和尚吉三で上演される。「大川端庚申塚の場」は、「吉三」という名前を持つ3人の盗賊が出会う有名な場面だ。
花道から夜鷹のおとせ(尾上緑)が、続いてお嬢吉三がやってくる。タイプの違う女方が二人、と思いきや、左近のお嬢は実は男。花道でふり返るときの眼差しにハッとさせられる。おとせからお金を奪い、彼女を川へ突き落とすシーンでは、川べりの杭に足をかけて、おぼろ月の下で「こいつぁ春から縁起がいいわえ」と七五調の名台詞を丁寧に唄い上げる。現在18歳の左近には自然体の若さがあり、それが役にそのまま生かされているよう。百両という大金も自分の命さえもライトに感じさせる執着のなさが、儚げな魅力となっていた。駕篭から声をかけるのが歌昇のお坊吉三だ。第一声から、この役と歌昇の相性の良さを感じさせる。登場してからの、二枚目の顔も美しい。お嬢とお坊の立廻りに、割って入るのが亀蔵の和尚吉三だ。軽やかな愛嬌の中に芯と色気があり、今出てきた揚幕の向こうに江戸の町が続いていそうな空気をまとっていた。義兄弟の契りを結ぶ三人を見守りながら、ふとお坊が乗ってきた駕篭はロビーにあったあれだ。虎や蝦蟇たちとファンサービスに応えていたブチの犬はそういえば、と体験がお芝居にリンクしていく。この3人のこれからをもう少し観たいのに、という絶妙なタイミングで幕となった。
神秘的な獅子の精と、エネルギッシュな俳優の奮闘
最後に、獅子が登場する舞踊『石橋(しゃっきょう)』が上演される。赤や白の長い毛の鬘の扮装は、いかにも歌舞伎らしいビジュアルだ。上手に長唄、下手にお囃子の演奏家が並び、舞台を覆う浅黄幕が落とされると、客席に「おお!」と反応があった。舞台は中国の霊山で、大きな橋は自然にできた石の橋。舞台美術が雄大な景色を表現する。
そこには文殊菩薩の使いの霊獣、獅子の精がいるという。赤い毛の獅子の精(中村萬太郎、中村種之助、中村福之助、虎之介)が舞台で、花道で、それぞれの若々しさで踊る。舞台の床を踏む音が心に身体に響いてくる。入れ替わるように白い毛の獅子の精(尾上松緑)が登場すると、霊山を吹き抜ける風そのものを体現するような心地よい緊張感が広がった。神秘的な何かをみる気持ちになる。結びには4名の赤い獅子の精がたっぷり毛を振り、ここがクライマックスかというところで白い獅子の精も再び登場。はじめは毛振りの美しさやその技術に、次第に俳優たちの奮闘に拍手がおくられ、幕となった。
歌舞伎座を初めて訪れる方にも、いつもとは違う歌舞伎座を楽しみたい方にもおすすめの『十一月特別公演』は、11月23日までの上演。公演期間中の土曜日と日曜日には、ワークショップ「ようこそ小道具づくりへ」も開催される(23日千穐楽を除く)。17日も実施され、1等席での観劇とワークショップを、セットで10,000円で体験できる限定チケットが発売中だ。
取材・文=塚田史香