セカンドキャリアが不安なあなたへ。40代で新しい仕事に就き「まずは動く」の大切さを知った
「この仕事、いつまでできるんだろう」――現在の働き方に不安を感じ、いわゆる“セカンドキャリア”について考え始める30〜40代の方が多いのではないでしょうか。
長年音楽ライターとして働いてきた上野三樹さんは、40歳を過ぎ、大学への入学・卒業を経てこれまでまったく予想していなかった「アカデミック・アドバイザー」という新しい仕事に就きました。
70代まで働くことを見据えて歩み始めた「新しいキャリア」。そこに至るまでの経緯を振り返っていただきました。
育児を機に「70代まで働くためのキャリア」を考え始めた
💡POINT
•出産後、音楽ライターとして思うように働けなくなった
•育児でキャリアを中断する女性の多さに悔しさを感じた
•働くことの大切さを再認識し、新しいキャリアも視野に
私はアーティストのインタビューやライブレポートを書く「音楽ライター」として20年以上働いています。
しかし30代半ばで出産をしてから、夜のライブに出かけることができなくなり、以前のように働けない日々が続いていました。
私のように、出産や育児をきっかけにキャリアが変化した女性は周りにもたくさんいました。例えば、出産前は薬剤師やエコー技師、救急救命士、看護師として働いていた幼稚園のママ友たち。
たくさん勉強して資格を取得して働いていたのに、母親になったら仕事を辞めたり制限したりすることが当たり前の世の中なんだ......と悔しい気持ちを抱いたことを数年たった今でも覚えています。
《画像:イメージ画像》
自身や周りの「思うように働けない」状況に向き合う中で、改めて気付いたのは「働くことは私の生き方そのものであり、生き甲斐なんだ」ということ。
もし健康で状況が許すのであれば、70代まで働いていたい。ただ、音楽ライターって70代まで続けられるのかな……。
それが不安なら、今の仕事にこだわらず「新しいキャリアを始めてもいいのでは?」と考えるようになりました。
「まずは動いてみる」で飲食店でパート&通信大学へ入学
💡POINT
•40歳でパートを始め、新しい環境に身を置いた
•接客を通して“自分主体”ではなく“相手のために動く”喜びを知った
•心理学を学ぶために大学に入学。院試にも挑戦したが不合格に
子どもは幼稚園に預けているけど、音楽ライターとしての仕事が減って時間を持て余すこともあり、「とにかく動きたい」と40歳のときにファストフード店でパートを始めました。
そのファストフードチェーンは、高齢者、妊婦さん、学生さん、耳が聞こえない方など、一人一人のお客さんに合った接客やサービスを大事にしており、「自分がどう動けば相手に喜んでもらえるか」をスタッフ全員が常に考えていました。
若い頃からいつも「こんな仕事がしたいな」とか「こういう自分になりたいな」といった、自分主体の考え方で動いていた私には人生で初めての経験でした。
またチームで働くことの喜びや、新しい環境に身を置くことで得られる学びの大きさを知ったほか、育児中の孤独感の軽減や運動不足の解消にもなり、お金以上に得られるものも多かったです。
そして40代半ばには、音楽ライター&パートと並行して通信制の大学に入学し、ずっと学びたいと思っていた心理学を学び始めました。
《画像:2020年の春、子どもが小学校に入学したタイミングで私も大学に入学しました》
最初は卒業できるかどうかも分からず「とりあえずやってみよう」の精神でしたが、学んでいくうちにどんどん面白くなり、卒業後、1年間の予備校通いを経て大学院受験にも挑戦しました。
しかし結果は不合格。予備校の学費や受験費用に100万円近く費やしたこともあって、一時は「これからどうしよう」と途方に暮れていました。
年齢やライフステージで「心地よい環境」は変わる
💡POINT
•大学からの案内をきっかけに新しい仕事に挑戦
•自身の経験が全て今の仕事に生きていることを実感
•「就労支援」や「大学院への再挑戦」など次の挑戦への意欲も高まった
そんなタイミングで、母校の大学から「アカデミック・アドバイザー」募集の案内が届きました。
それまで聞いたことがない職種でしたが「卒業生という立場を生かして、大学で学生支援をする仕事」ということで、将来のキャリアに生かせる経験が積めるかもと思い応募したら、採用してもらえることに。
7年間続けたパートを辞め、音楽ライターとしての仕事は続けつつ、アカデミック・アドバイザーとして週に3回大学で働く生活が始まりました。
高卒だった自分にとって、初めて「大卒」として就いた仕事。自力で大学を卒業し時給を上げられたことも自信になりました。
とはいえ、若い頃から「きちんとした服で決まった時間に職場に通う働き方は向いていない」と考え、長年フリーランスとして働いていた私が9〜17時で同じ場所へ出勤するなんて今さらできるのかなという懸念もありました。
でも、働き出して数カ月たった今はつまづいている学生を支援したり、自然豊かなキャンパスでチームで働いたりすることが楽しく、1日があっという間に過ぎていきます。
《画像:イメージ画像》
「年齢やライフステージの変化によって、“心地のいい環境”って変わっていくんだな」と自分でも驚いています。
何より、アカデミック・アドバイザーの仕事の中で、先生にインタビューをして記事を作成したり、学生イベントの司会をしたりと、これまで培ってきたスキルを活かせる場面が多々あることが、大きな喜びになっています。
音楽ライターのスキル、飲食店のパートで学んだこと、母親として学生としての経験など、一見、無関係に思えることも全部繋がって今の仕事に生きている。経験したことは全て無駄にはならないんだなと、改めて感じました。
そしてアカデミック・アドバイザーとして働く中で「母親や高齢者などの就労支援」といった新しい領域への興味も広がりました。そこに必要な資格取得や大学院受験への再挑戦など、「私にはまだまだやりたいことがたくさんある」とエネルギーが沸いています。
《画像:この夏は、心理学検定2級に合格しました》
すぐに動き出すのは無理でも“準備”が大切
💡POINT
•不安から始めた挑戦が、思いがけず新しい扉を開くきっかけになった
•育児中の忙しい日々でも培われているスキルがある
•2〜3年の学びで新しい仕事や働き方に出会える可能性はある
40代になって感じていた「この仕事、いつまでできるんだろう」という漠然とした不安から始めたパートや大学生活。
将来のキャリアにどう繋がっていくか分からなくても、「まずはやってみる」ことで次々と扉が開いていった感覚があります。
そして、新しい仕事や新しい居場所を見つけたことで、音楽ライターの仕事もこれまで以上に楽しく真摯に向き合えています。
もちろん、今は仕事と育児の両立に日々追われていて、「この先の展開なんて考える余裕がない」という方も多いと思います。
そんな日々の中でも日常のタスクを段取りよく終わらせる」ことや「知らなかったことを経験して乗り越えていく」ことや「目の前の人に愛情を持って向き合う」ことなど、培われているスキルがきっとあるはず。それらは決して無駄にならないし、これからの人生にきっと生かせます。
だから、出産・育児を経た「新しい自分」や「新しい価値観」で、これまでとは違った働き方をイメージしてみるのも良いのではないでしょうか。
例えば40代のうちに少しずつ準備し、50代でキャリアチェンジする。そこから20年、働けるなら十分な時間だと思うのです。
今すぐには無理でも、ちょっと時間に余裕ができたときに2〜3年大学や専門学校で学んだり、資格取得に集中して取り組んだりすれば、新しい働き方に出会える可能性が広がります。
《画像:イメージ画像》
「自分はこれしかやってこなかったから」と可能性を狭めずに、「そういえば昔、あんな仕事もしてみたいと思ってたな」と思い出してみる。
そうやってイメージを膨らませながら「次の転換点」に向けて準備をしていたら、いざというタイミングで動き出すことができるかもしれません。
私自身まだまだ変化の途中。アカデミック・アドバイザーの経験から、自分のキャリアが今後どんなふうに展開していくのか、とてもワクワクしています。
編集:はてな編集部
著者:上野三樹
1977年生まれ、福岡出身。2000年にロッキング・オンに入社し「ROCKIN'ON JAPAN」の編集者として勤務。2002年からフリーの音楽ライターに。ラジオ、作詞、音楽専門学校の講師なども経て、現在は『anan』『音楽と人』『RealSound』『Billboard Japan』などで執筆中。
みんなの「新しい仕事」の始め方
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