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【追悼:渋谷陽一】音楽業界の発展と自社ビジネス拡大を同時に成立させた慧眼と手腕

Re:minder

1972年00月00日 音楽雑誌「rockin'on」創刊年

音楽専門誌「ロッキング・オン」の主宰者


2025年7月14日、渋谷陽一さんが亡くなりました。とても悲しいです。私がCBS・ソニーの洋楽ディレクターだった頃からの付き合いで、初めて会った時はお互いまだ20代後半。それぞれの立場は違いましたが、1970年代から右肩上がりになっていく洋楽シーンにおいて一緒に仕事をした仲間であり、同志でした。

渋谷さんは私より2学年下でしたが、会う時は、私のほうがいつも緊張していました。彼は既に全国放送(NHK-FM)の音楽番組で大きな影響力を持つラジオDJだったし、ロックファンが絶大な信頼を寄せる音楽専門誌『ロッキング・オン』の主宰者であり、忖度ナシの鋭い評論で人気のジャーナリストでもありました。一方こちらは、自分の担当アーティストやその新譜について(作品の内容はどうあれ)ラジオで取り上げて欲しいし、雑誌にいい記事を書いて欲しいと願っている立場です。

そう、新譜を渡して “どうだった?” と、その寸評を訊くときは、生徒が先生に自分の評価を伺うときのようなドキドキ感があったのです。その上、ジャーナリスティックに音楽を語る渋谷さんのコメントはいつも刺激的で、マーケティングプランを考えねばならない洋楽ディレクターとしては大いに学ばせてもらいました。そういう意味では私のメンターだったのかもしれません。

ロックファンに買って欲しかったビリー・ジョエル


そんなCBS・ソニー時代の一番の思い出は、1982年、私が担当したビリー・ジョエルのアルバム『ナイロン・カーテン』発売の時でした。ご承知の通り、ビリーは1970年代の『ストレンジャー』『ニューヨーク52番街』といったアルバムで当代きってのスーパースターになっており、100万枚越えのセールスを連発していました。そういった状況ですから『ロッキング・オン』としては題材的に評論の対象ではなかったはずだし、興味のあるアーティストでもなかったでしょう。

しかし、ディレクターの私は『ナイロン・カーテン』の社会的メッセージやサウンドの重厚さから、この作品を “ロックアルバム” として世に送り出したいと考えていました。これまでのビリーファンのことはいったん忘れて、“初めて買ったビリー・ジョエルのアルバムが『ナイロン・カーテン』という新規ユーザーを何万人作れるか” を自分のテーマにしていたのです。

この頃、ビリー・ジョエルの雑誌広告展開は、音楽専門誌やFM誌にはじまり、発行部数の多い情報誌、女性誌、男性誌、ひいては一般週刊誌にまで大量出稿していましたが、私としては『ロッキング・オン』での評価を一番重要視していました。もちろん雑誌の発行部数よりビリーのアルバム販売枚数の方が遥かに多いのですが、ロックマガジンとしての読者への影響力に期待していました。ロックファンに買って欲しかったのです。

渋谷さんに会いに行って、プロモーション用のテープを渡し、熱く語り、ちょうど会社に戻った頃に電話がありました。“喜久野ちゃん、これはいいロックアルバムだよ” と言ってくれたこと、今でも覚えています。ディレクター職2年目のことでしたが、この言葉にとても勇気をもらった気がしたのです。いやあ、本当に嬉しかった。

いよいよ “邦楽ロック” に本格的に参入


そんな渋谷さん、洋楽の仲間うちでは “渋谷はビジネスマンだからな” と揶揄されていたこともありました。でもそこは慇懃丁寧に “そりゃそうですよ。広告あっての雑誌ですからスポンサーは神様です” と、笑う素振りもなく真面目な顔で語っていたことを思い出します。

1986年には『ROCKIN'ON JAPAN』を創刊。いよいよ “邦楽ロック” に本格的に参入していくわけですが、洋楽の場合はビジネスの相手はレコード会社だけ。つまり、洋楽オンリーだとビジネスにならない。そんなある種の諦観というか絶望感が余計に彼を国内音楽ものへと向かわせたのだと思います。

また、マーケットの規模的に《邦楽70:洋楽30》の時代でしたので、“自分たちのビジネスを考えたら邦楽をやるしかないね。アーティストを動かしてるのはマネージメントだし、レコード会社ではなく彼らと直接付き合うのが一番だよ” と言っていたことも思い出されます。ちなみに、2025年現在において《邦楽95:洋楽5》のマーケットシェアになっていることを鑑みると、そのビジネスセンスは圧倒的に正しかった。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の大成功


そう、彼ほど大局的な流れを捉え、フットワークよく、業界の発展のために動いていた人は他にいなかったはずです。音楽業界のビジネススキームもレコードやCDといったパッケージからデジタル配信へ、そして時代はまさにレコーディングビジネスからライブビジネスへ変わろうとしていた時でした。

目の前に迫るライブ・オリエンテッドな時代を見据えて、同じ方向に会社の針路を合わせ、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』(2000年〜)に代表されるような国内アーティストの新しいライブビジネスを提案し、大成功させています。“アーティストがハッピーに演奏できて、オーディエンスが快適にライブを楽しめる環境をいかにして提供できるかを徹底的に追及しているのがロッキング・オン社のフェスだ”と、直接彼の口から聞いたこともあります。業界の発展と自社のビジネス拡大を同時に成立させている、その慧眼と手腕にはただただ驚くばかりです。

“渋谷はビジネスマンだからな” という言葉は正しかったのです。若い頃に何を言われようが、手弁当の同人誌から渋谷の高層ビルにオフィスを構える立派な企業にまで仕上げたのですから、優秀なビジネスマンでした。それも超優良な経営者だったのです。

渋谷陽一さん、Rest in Peace.


最後に会ったのは、以前のオフィスの会議室でした。用件はすぐ終わり、久しぶりにちょっと雑談しました。窓の外に見える建設中の高層ビルに視線を向けながら、ポツンと「今度あそこに移るんだよ」

ーー すごいね。ここまで大きくなったのはいいスタッフに恵まれたからじゃないの?

「まあね。でも、全部自分がチェックしてんだよ。雑誌の原稿チェックから細かいポスターのデザインまで。クオリティチェックは全部自分がやってるよ。忙しすぎて、新しく作った家の風呂にもゆっくり入ってられないんだよ」

ーー そこまで自分でやってるの? やってもらうしかないでしょ? 身体壊すよ…

スマホで撮った、庭が見渡せる豪華なお風呂の写真を見せてもらいながら、そんな会話をしたのを覚えています。渋谷陽一さん、Rest in Peace.

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