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給料は社員自ら提案。「性格のいい人」を採用。創業100年の石鹸メーカー4代目の「曖昧」な経営とは

OTEMOTO

大学在学中に起業したIT企業の取締役を退任し、家業である老舗メーカー「木村石鹸工業」の4代目社長になった木村祥一郎さん。「自己申告評価制度」など斬新な働き方の仕組みを次々と取り入れながらも、「昔ながらの町工場」の温かみやおおらかさも大切にしています。「社員が自慢できる会社であればそれでいい」という木村さんの経営論を聞きました。

【前編はこちら】幻の固形石鹸を7年かけて"復活"させた石鹸屋の意地。「非効率なのになぜ?」4代目社長の答えは......

1924(大正13)年に大阪で創業した木村石鹸工業は、2024年で創業100年を迎えました。100周年の節目に合わせた固形石鹸の開発では、非効率な製法をあえて突き詰めることに挑戦しました。

企画から7年、失敗の連続でしたが、関わったメンバーには「精一杯やってダメだったらダメでいい」「最後までやり遂げればそれでいい」という共通認識があったように思います。

木村祥一郎(きむら・しょういちろう) / 木村石鹸工業社長
1995年、大学時代の仲間数名とIT会社を設立し、以来18年間、商品開発やマーケティングなどを担当。2013年6月にIT会社取締役を退任し、家業である木村石鹸工業株式会社へ。2016年9月、4代目社長に就任。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「言ったもん負けなんですよ」

僕がIT企業をやめて家業に入った2013年、木村石鹸には新しいことに積極的に取り組もうとする文化はありませんでした。当時は3代目社長の親父が体調を崩し、別の方に経営を任せていたものの、社内には反発もあり、新商品どころか主力のOEM(受託製造)の業績も落ち込んでいました。

ベテランの営業社員が「この会社は言ったもん負けなんですよ」と話していました。新しいことを提案すると失敗したときに責任を追及されるので、やらないほうが得だという意味です。社内全体にそんなネガティブな雰囲気がありました。

写真提供:木村石鹸工業株式会社

「引責辞任」という言葉があるように、日本では責任という言葉にはペナルティを引き受けるイメージがあり、ネガティブにとらえられているような気がします。

でも、失敗して「責任をとれ」と言われたとして、社員個人は何をすればいいのかという話じゃないですか。会社に損失が生じたりブランドに傷がついたりしたら、社員の給料を減らしたり職位を下げたりすればそれでいいのでしょうか。本来ならそれは会社や管理職が引き受けるべきことではないでしょうか。

社員にとっての責任とは、自分がやると決めたことは、たとえ失敗したとしても途中で投げ出さずに最後まで向き合うことのはずです。

だから木村石鹸では「責任」の定義を「経営者はとる責任、社員は果たす責任」としています。失敗してもペナルティはないことを明言したら、新しい取り組みに積極的に挑戦しようとする人が増えてきました。

写真提供:木村石鹸工業株式会社

給料の額を自分で提案する

また、2019年度に導入した「自己申告型給与制度」も、新しい挑戦を後押しするものです。

これは社員が希望する給与額を会社に申告する制度です。申告額の基準は、前年度の実績による「結果への報酬」ではなく、これからやろうとしていることの価値に対する「未来への投資」である点も特徴です。

一般的には「結果」を評価して報酬に結びつけるため、「360度評価」などさまざまな仕組みを使ってなるべく正確に評価しようと努めるものだと思います。僕は、その仕組み自体がそもそも無理ゲーじゃないかと思っていて。人が人を正確に評価することはできないという前提に立っているのが根本的な違いです。

木村さんの著書『くらし 気持ち ピカピカ ちいさな会社のおおらかな経営』(主婦の友社)より
清永洋

「自己申告型給与制度」は、これから取り組むことの価値に「投資」をする考え方なので、提案する社員のほうも判断する管理職のほうも誰もわからないものに対して報酬を払います。つまり間違える可能性があることが大前提なんです。

もちろん、投資家が事業家のプランだけでなく実績や人となりを判断して投資するのと同じように、「結果」は参考情報にはなります。期待して投資した結果、失敗することもあります。

だからといって次の期に報酬が下がるわけではありません。たとえうまくいかなかったとしてもどんな態度で向き合ったのかを検討し、失敗の経験を生かして次こそ達成するというやる気があれば、増額することもありえます。

制度としては、結果がどうあれ次期に昇給を提案できるにもかかわらず、自分の納得感として昇給を提案してこないばかりか、あえて減額を提案してくる人もいます。僕は給料を下げないほうがいいと思っていますが、本人が会社にどれだけ貢献できるかを考えた結果なので、最終的には従業員と会社で納得いくところを探るコミュニケーションをします。提案することが苦手な人には「あなたにはこういう価値があるんだから、もっと積極的に提案してみて」と会社のほうから背中を押すこともあります。

この制度は究極的に自律志向を促すものです。自分に向き合って、会社に提案し、会社も真剣にそれが投資に耐えうるかを考えるので、評価ではなく「覚悟の交換」と呼んでいます。

木村石鹸工業の東京オフィス長の宮本成浩さん(右)は「自己申告型給与制度になってから、仮に同じ仕事をやるにしても、会社に動かされるのではなく自分で考えて動くという感覚に変わりました」と話す
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

性格がいい人を採用する

結果を評価するより未来に投資するほうがはるかに判断が難しいのですが、あえてそうしているのは、僕自身が何の仕事をするかより、誰と仕事をするかを大切にしているからです。

会社をプロジェクトとして見るのであれば、能力や実績で判断して人を集めるのでしょうが、僕は会社はコミュニティだと考えているんです。いい人と仕事ができたら何をやっていても楽しいし、問題が起きたとしても何とか乗り越えられるんじゃないかなと思っています。

写真提供:木村石鹸工業株式会社

それは採用にも表れていて、「この人は何ができる人か」ではなく「この人はいい人か」という基準で採用面接をしています。つまり能力よりも、「性格や機嫌がいい人」に入ってもらいたいんです。

実は、専門職を募集していたときでさえ、その分野の経験がまったくない人と面接をして「この人は性格がいい」と即決したことがあるくらいです。彼女は予想どおりマルチに活躍してくれていて人望も厚いのですが、専門職の人はいまだに採用できていないという(笑)。

写真提供:木村石鹸工業株式会社

曖昧な状態を耐える

木村石鹸には、このようにあまりよくわからない領域やはっきりしない部分が多いんです。

会社は人で成り立っていて、人の気持ちや体温があります。合理的に判断したことで人が喜んだり、合理的な決断をしたことで人がついてきてくれたりすることばかりではありません。「儲からないことをやめたら儲かる」というような単純なものでもありません。

従業員が仕事に喜びや楽しみ、やりがいを感じているならば、儲からないからといってその仕事をなくしたら従業員のやる気が損なわれ、パフォーマンスが落ち、結果的に儲からなくなることだってあるでしょう。人間はそんなにロジカルではないし、僕自身も合理的じゃないですから。

100周年の節目に出版した木村さんの著書『くらし 気持ち ピカピカ ちいさな会社のおおらかな経営』(主婦の友社)
清永洋

若手社員はときに不安になるようで、よく「答えを教えてほしい」と言われます。そのたびに「答えを出してもいいけど、出さないほうがいいと思う。だから自分で考えて」とごまかしています。答えを用意すると、常に答えを求めるようになる。答え通りのことをずっとやらされたらいつか嫌になるかもしれない。

答えを考え続けたり、そもそもの問いの立て方を変えたりするほうが、仕事のおもしろさを感じられると思うんですよ。なので木村石鹸では、答えがよくわからない曖昧な状態を「耐えている」というわけです。

写真提供:木村石鹸工業株式会社

創業100年を迎え、固形石鹸の「木村石鹸の木村石鹸」を完成させることができました。「木村石鹸らしい商品ができた」と従業員も満足しています。

ただ、その「木村石鹸らしさ」というのも実は曖昧なんです。これも「定義してほしい」と言われますが、定義してしまうと「木村石鹸らしさ」ではなくなるような気がするんですよね。「木村石鹸らしさってこういうものかな?」と各自が思っていることを議論し合うことが木村石鹸らしいんじゃない?と思っていて。

次の100年に向けた、会社の規模や売上の目標も実はあまりないんです。それよりも、社員が大切な人に「うちの会社はいい会社だよ」と自慢できる会社であり続けたい。

石鹸屋ということ以外には事業内容にこだわりはなくて、社員が自慢できる会社であり続けるためにはどんな事業をすればいいかという方向から考えています。会社の成長はその結果としてついてくるのかなと思っています。

【前編】幻の固形石鹸を7年かけて"復活"させた石鹸屋の意地。「非効率なのになぜ?」4代目社長の答えは......

連載:職人の手もと

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