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矛盾を抱えながら明日を迎えるということ~ポウジュ vol.2『Downstate』稽古場レポート

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ポウジュ vol.2『Downstate』稽古場より

演出家の稲葉賀恵と翻訳家の一川華によるユニット「ポウジュ(PAUJU)」。「”翻訳”という営みを探求する遊び場」として2024年に立ち上げられた。翌年に第一弾公演となる『リタの教育(作:ウィリー・ラッセル)』と『オレアナ(作:デヴィッド・マメット)』の新訳を上演し、12月11日(木)より、下北沢 駅前劇場にて第二弾公演となる『Downstate(作:ブルース・ノリス)』の上演を控えている。11月下旬にその稽古場を訪ねた。

本作は、トニー賞やピューリッツァー賞などさまざまな受賞歴を持つブルース・ノリスの意欲作で2018年にアメリカ・シカゴにあるSteppenwolf Theatre Companyで初演されたことを皮切りに、イギリス・ロンドンのRoyal National Theatreや、オフ・ブロードウェイなどでも上演された。日本での上演は今回が初となる。
未成年者への性犯罪で有罪判決を受け、刑期を終えた4人の男たちが暮らすグループホーム(以下、ホーム)での出来事を描くこの作品は、批評家から高い評価を得る一方でテーマの扱い方に批判も巻き起こり“問題作”といわれている。

ホームに暮らすのはフレッド(大鷹明良)、ディー(植本純米)、ジオ(串田十二夜)、フェリックス(大石将弘)。保護観察官のアイヴィー(桑原裕子)が、時折彼らの様子を見にやってくる。
舞台上は、ホームのリビング・ダイニングとなっていて、それぞれに高さの異なるテーブルと椅子が置かれていた。部屋の壁には、外出禁止エリアを示した地図が貼られており、元受刑者であることから行動範囲を厳しく制限されていることがうかがえる。インターネットも使用を禁止されているが、家具のほかに住人たちの趣味に関連した電子ピアノや筋力トレーニング用のグッズも置かれていて、ある程度自由な生活が許されている様子であった。
物語は、かつてフレッドから性的暴行を受けたアンディ(尾上寛之)が妻のエム(豊田エリー)と共にホームを訪ねるところから始まる。その日の稽古場では、フレッドとアンディが神妙な面持ちで会話をする、ある重要なひと場面の確認が行われていた。

アンディがフレッドから被害を受けたのは、30年ほど前。しかし…というより当然のことながら、アンディは今も、そのときの精神的な苦痛を解放することができていない。その場面では、フレッドとの会話のなかでアンディがある要求をしようと試みる。舞台上には常に緊張感が張り巡らされていた。
演出家の稲葉は、翻訳家の一川とともに原文や翻訳の言葉に丁寧に立ち返りながら登場人物の適切な振る舞いを紐解き、俳優の芝居に演出をつけていた。

たとえば戯曲で描かれているフレッドの台詞は、淡々としており、アンディの怒りとの温度差を感じさせる。過去の行いを決して反省していないわけではないが、刑期を終えた今の自分に謝罪以外にできることはないといった様子で、あまりにも形式的なのだ。それを受けているからか、場面冒頭のアンディの怒りも、荒っぽい台詞で表現されることはなく、極めて落ち着いている。
アンディを演じる尾上に対して稲葉は「アンディはフレッドの様子をみて、いきなり攻撃的に要求を伝えることは無駄だと感じているのかもしれません。フレッドに影響を与えられる言葉をじっくり見定めるような様子で、平静を保とうとしてみてください」と声をかけた。その声に的確に応えるように、尾上は不安と覚悟を共存させたような、ぐんとしたまなざしでフレッドと対峙し、その場面を演じていた。

果たしてアンディはフレッドに何を“要求”しようとしているのか。筆者は、そこで明かされる要求以外にも望んでいるものがあるように感じた。しかしそれは、仮に手に入れたとしても、既に傷ついた身体や心にとって素直に喜べないものであろうと思った。
稽古を重ね、両者がどのような表情をみせるのか、また観客は彼らの感情をどう受け取るのか、大変興味深い。ぜひ劇場で目撃し、感じたことを語り合ってみてほしい。

ちなみにこの場面、ディーも時々キッチンから顔をのぞかせる。実はフレッドは身体を壊して常に電動車椅子に乗っており、ディーがその世話役なのだ。アンディとの会話を耳にしながら「大丈夫?」「ココア、飲む?」などと、声をかけにくる。空気が張り詰めているこの場面を見届けるのに、ディーのあたたかい声は、観客の身体にもほっとひと息をつかせる優しさを感じさせた。
また前後の場面では、ジオや彼の同僚のエフィー(夏目愛海)も登場する。同居人のフェリックスはそのとき姿を見せていないが、物語の前半でアイヴィーとの重要な場面が描かれる。また警察官役の岡野一平・中野風音・丸林孝太郎も、彼らとどのような関わり合いをみせるのか注目したい。
そしてアンディの視点を切り口としてレポートしているが、ホームに暮らす4人それぞれに罪があり、被害を受けた人がいる。また双方に関わる家族や友人がいる。もし心に余裕があれば、それぞれの心情に立って想いを馳せてみてほしい。

稲葉と一川は稽古中、終始悩みながら、それでも前向きに真っ直ぐな姿勢でこの戯曲に向き合っていた。稽古終わりに声をかけてみると、特に頭を抱えていることとして稲葉は「各登場人物がどのような振る舞いをするのか、戯曲から想像して解釈を提示すること」、一川は「立ち稽古以降に物語がより立体的になり、訳し方に悩む台詞がたくさん出てきていること」を挙げた。本作の上演にあたって、専門家から話を聞くなど、座組で勉強会の機会も設けたそうだ。 稲葉・一川同士で話し合うことはもちろんのこと、俳優・スタッフ・専門家など、周囲の人を巻き込みながら着実に上演までの歩みを進めていた。

個人的な考えではあるが、人と人との関わりで身体や心が傷ついたとき、それは決して修復できるようなものではないと思う。修復されたようにみえても、傷はどこかにのこりつづけている。それを無理に解放しようとしても、さまざまな矛盾が拮抗するばかりで、人間はどうしてこんなにも複雑性を帯びているのだろうと、思わずため息が出てしまう。
この物語が迎える最終地点は、筆者には何かの解を提示しているようには見えなかった。矛盾をはらみながらも、流れる月日をそれぞれが過ごしていかなければならない。その構造を受け取るための“対話”を促しているようであった。ただときには、対話すら有効でないこともあるかもしれない。それもまた、矛盾している。
どのような状態であっても、どうにか誰もが“明日”を迎えられるように、ポウジュの翻訳劇には、そこに立ち向かうために手を差し伸べてくれるような、真っ直ぐなあたたかさを感じた。

取材・文:臼田菜南   写真:交泰

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