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【Biz Search#3】創業者の息吹は、150年を経てブランドとなる-ホテルイタリア軒の系譜- <PART1>

にいがた経済新聞

1881年に新築された初代イタリア軒

古くから国内交易の要所であった新潟港。戊辰戦争の影響により遅れながらも、1869年1月1日、新潟の港は世界へと開かれた。活況に沸く港町。この明治初年からはじまる奇遇の連続が、同地で格別の存在感を放つホテル「イタリア軒」の現在につながっている。イタリア軒の辿った150年の変遷から、企業の持続戦略を抽出する。

◆伝統を武器に変える—「暖簾」という資源の使いかた

ビジネスの世界において、「暖簾」とは単なる伝統の象徴ではなく、それ自体が価値を生み出す資源である。

保有する企業がどう活用するかによって、その価値は大きく変わる。たとえば、「暖簾」は守るための盾として使われることもあれば、革新を推進する剣としても機能する。選択は企業の戦略次第である。プライオリティのトップに「歴史」と置けば盾になり、「革新」と置けば剣にも姿を変える。

150年の歴史を受け継ぐイタリア軒のレストラン「マルコポーロ」

老舗の定義も同じくして曖昧だ。老舗企業の価値は、単に年数に依存するものではない。定義こそ曖昧ではあるが、長い歴史の中で技術や伝統を守り続ける姿勢が、現代の急速な市場変化においても企業を魅力的に保ち、消費者からの支持を集め続けている。

「世代を超えた事業承継」「企業の生き残り戦術」「果敢に活路を求め続ける姿勢」など、老舗企業から導出されるビジネスメソッドはいくつか連想できる。あらゆる老舗企業が、何らかの素晴らしい経営哲学を持っているに違いない。そして例外なく、このイタリア軒という老舗ホテルにも一地方の宿泊施設として片づけたくはないメソッドが受け継がれている。

◆異国の地で築いた未来—ピエトロ・ミリオーレの挑戦と成功

1868年、横浜港に降りたピエトロ・ミリオーレ(Pietro Migliore、当時の通称:ミオラ)というイタリア人。後に「イタリア軒」を創業する人物である。

イタリア軒創業者「ピエトロ・ミリオーレ」肖像。撮影は明治元年創業の和田写真館(和田久四郎)

横浜で少しの滞在を経て、1874年、フランスのサーカス団の乗る船の料理人として新潟にやってくる。しかし、不運にも怪我を負い長期療養を余儀なくされたミオラは、サーカス団の船に戻ることができず、新潟に一人取り残されることとなった。

それを知った新潟県令(知事)の楠本正隆は、県費による支援や調理器具などを貸し与え、県庁近くに店を構えさせた。

西洋文化を取り入れようとする当地のリーダーとしての思惑もあったのだろう。店は最初から「県令御用達」という優位性が保たれ、さらには地元町民から信頼の厚かった新潟医学校長・竹山屯が栄養豊富な牛肉や牛乳の摂取を推奨した。これらも後押ししてミオラの店は人気を博していった。

1881年に新築された初代イタリア軒

幾度かの移転、拡大を重ねたが、1880年8月7日の新潟大火で店が全焼してしまう。

この危機も地元町民の支援によって救われ、1881年、西堀通(現在地)へ店を新築。

店名をイタリア軒とした。新潟初の本格西洋料理店の誕生である。

洋館に入るとステンドグラスとシャンデリアが目に留まり、料理をさらに引き立てる。『新潟の鹿鳴館』とまで謳われ、店はさらに繁栄を続けた。

ここまでの物語、大火で資料を失うなどして確証はなく、長い年月を経たため伝説的な部分があるだろう。ここで伝説の信ぴょう性には触れない。間違いないのは、当時の「外国人居留者データ」である。それによると1868年から1899年の新潟の居留者は、アメリカ35人、フランス約30人、イギリス21人、ドイツ7人、オランダ7人、カナダ3人、イタリア1人となっている。この「1人」がミオラである。

異国に独り。数々の逆波を乗り越えられたのは、新潟の町や人に助けられたことにあった。

ミオラは、異国の地で地域社会との関係構築に成功した。この地域貢献とネットワーキングの重要性を理解した姿勢は、ミオラと、後のイタリア軒における経営戦略の核心となった。「コミュニティ・マーケティング」が、その後の事業拡大を支える基盤となっていく。加えてミオラは地域への感謝の想いを忘れないよう後世に託した。

グローバルを含め現代のビジネスに通じることだが、新たな市場や異業種に進出する際、現地の文化や慣習を理解し、地域社会やキーパーソンと強固なネットワークを築くことが重要である。ミオラが新潟で事業を拡大できたのは、西洋料理の技術や珍しさだけではなく、地域社会との信頼関係を長期的に育てたことが大きかった。

小さな西洋料理店からはじまったイタリア軒は、1976年に現在の建物に新築され、複数のレストラン、大宴会場、ブライダル施設、そして80部屋以上ある宿泊施設が加わった。

◆150年の成功を支える不変のフィロソフィー

創業者が後世に託した精神は、以下の3つである。

1.地域貢献  :自分を救ってくれた新潟の町への感謝と貢献
2.品質保持  :西洋料理を中心に、最上級のサービスの提供
3.革新と適応 :人材を輩出し、永続する店となること

3つの精神は、「羅針盤」となった。針の指す方向へ進めば、海路は開ける。だから逆波にもまっすぐに立ち向かう。創業以来、3度の火災。経営母体の変更、時代変化に伴う数々の困難を乗り越え存続してきた。

創業者の感謝の表れである「1.地域貢献」は、顧客基盤の強化と地域経済への貢献を両立するCSR戦略の礎となり、「2.品質保持」は顧客満足度とリピート率を高める要素として長期的な収益性に貢献していく。「3.革新と適応」は、時代の変化に柔軟に対応することでアドバンテージを維持し、持続可能な成長を目指すビジネスモデルの中核となった。

取締役総支配人の高野潤氏

多くの企業がサステナビリティを重視することで、顧客に対して社会的責任を果たす姿勢を示し、結果としてブランドの信頼性と競争力を向上させている。環境や社会への配慮をビジネス戦略に取り入れ、顧客との長期的な信頼関係を築く。

イタリア軒は創業当初から地域社会への貢献を重要視し、その姿勢を変えることなく守り続けている。

◆競争の海を進む—イタリア軒が選んだ差別化戦略

観光業は新潟県にとって重要な成長産業の一つとなっている。『令和5年新潟県観光入込客統計調査結果』によると、年間の観光入込客数は62,530千人で、前年比113%ということである。2024年7月には佐渡金銀山が世界文化遺産として登録され、今後も観光客は増えていくことが予想されている。

宿泊業、飲食業ともに外部環境の動きは激しい。需要は高まるが、プレイヤーは増え競争率も高まっている。大手や競合はアイデア巧みに消費者の浮気体質を攻略し、個を尊重したうえでインスピレーションに寄り添う。たとえば、安価なホテルでも十分な満足度が得られるサービスがあふれている。

当然のようにデジタル化は急ピッチで進み、予約システムや顧客対応の自動化が顕著である。AIを活用したチャットボットや、顔認証による無人チェックインシステムは、業務効率の向上だけでなく潜在顧客の発掘や顧客満足度の向上にも寄与している。コロナ禍の影響は薄れてきているものの、非接触型のサービスは今後もスタンダードとなることは想像に難くない。

さらに、環境問題への意識が高まる中、サステナブルツーリズムも成長を続けている。多くのホテルが環境に配慮した取り組みを進める中で、再生可能エネルギーの導入や、地元の食材を使用した持続可能なガストロノミーツーリズムの提供など、新たな付加価値を創出している。

2024年10月、現在の経営陣は創業者から受け取った羅針盤を基に「経営戦略」を改めて整備し、イタリア軒の未来そのものに反映しようとしている。

その1つが創業150年を機に掲げた「ホスピタリティの柱」である。

『ホスピタリティの柱(2024年10月発表)』
・Auberge   …オーベルジュ形式で、歴史と革新を融合した食体験を提供
・Luxury   …ラグジュアリーホスピタリティを強化し、特別な宿泊体験を演出
・Gastronomy…新潟の地元文化と食を中心に、ガストロノミーツーリズムを展開

何ら、目新しいワードはない。なぜなら、これはテーマではなく、覚悟なのである。ここは単なるホテルではない。ミオラのレストランをルーツとした、イタリア軒だ。「1.地域貢献」「2.品質保持」「3.革新と適応」を確実に提供するため、謙虚に丁寧に来館者を迎え入れる。覚悟を言語化し、今後の経営判断や組織、人材開発など事業活動そのものに転嫁する。それで十分なのである。

◆オーベルジュとイノベーション—イタリア軒が切り開く新境地

オーベルジュの本来の意味は、中世フランス発祥の『宿泊施設を備えたレストラン』だ。一般的なホテルは宿泊環境に重点を置くが、オーベルジュは『食事をした場所で宿泊もできる』といった感覚に近い。明治初期のレストラン発祥というオリジナリティをベースにして、新潟和牛や日本海の海鮮など、地域の食材を使った本格的な料理を提供することにより「ガストロノミー」の考え方に沿い、サービスの根幹を組み立てる。

イタリア軒が提供しようとする『ホスピタリティの柱』は、顧客に特別な価値を提供するものである。この戦略は、ホテルブランド「リッツ・カールトン」が採用しているCX(顧客体験)戦略と共通点がある。リッツ・カールトンは、従業員一人ひとりが「顧客に忘れられない体験を提供する」という共通のミッションを持ち、顧客の期待を超えるサービスを提供することで知られている。彼らは顧客の個々の好みやニーズに細かく的確に対応し、一度の宿泊体験を通じて長期的なリピート顧客を獲得している。

イタリア軒も同様である。新潟の食材を使った特別な食体験を基軸に、利用するレストラン、部屋、プランに加えて芸妓文化をはじめとした地域独特のカルチャーをクロスし、訪れた顧客に強烈な印象を残すことでリピーターを獲得しようという意志が見える。これにより、顧客満足度を高め、ブランドへの信頼性が強化されていく。

競争の激しいなかで、こうして差別化の海路を切り開こうとしている。

【Biz Search#3】創業者の息吹は、150年を経てブランドとなる-ホテルイタリア軒の系譜- <PART2>へ続く

濵畠 太
ビジネス書作家、マーケター、ブランドマネージャー。
東証プライム上場企業4社で広報、プロモーション領域責任者を歴任。2013年より、企業に所属しながらビジネス書の出版、研修講師など社外に活動の場を広げ、現在も複数地方の自治体や中小企業の経営コンサルティングを受託している。

<著書>
『小さくても愛される会社のつくり方』(明日香出版社)
『わさビーフしたたかに笑う。業界3位以下の会社のための商品戦略』(明日香出版社)
『20代でつくる、感性の仕事術』(東急エージェンシー)
『ヒット商品を生み出す最良最短の方法』(こう書房)
『「こち亀」両さんのビジネスをマーケティング的に分析してみた』(総合法令出版)
『倒産寸前だった鎌倉新書はなぜ東証一部上場できたのか』(方丈社)

<Biz Search>
ビジネス書作家・濵畠太が新潟企業の事例研究を通して、新潟ビジネスにおけるトレンドと戦略、地域の課題や未来を発信するレポート。マーケ、ブランド戦略の専門家である同氏が調査員となって、新潟企業のトップを訪問、地方発のイノベーションに斬り込む。

ディレクション 伊藤 ナヲキ

【これまでのBiz Search】

【Biz Search#1】社員の能力最大化によって、米菓業界に新風を吹き込むアジカル株式会社 PART1

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