光るイソギンチャク『オオカワリギンチャク』 水族館の飼育担当者に生態を聞いてみた
ガイドに「イソギンチャクの群生地を見に行きましょう」と言われた時、筆者は興味がありませんでしたが、「光り、3分間しか見られない」と聞いて興味が急に湧きました。今回は、オオカワリギンチャクの未知の魅力について、水族館の飼育員のインタビューも交えてご紹介します。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
光る『オオカワリギンチャク』
オオカワリギンチャクはイソギンチャク目カワリギンチャク科に属しています。数十本の触手を持ち、直径は約10cmあります。和歌山県みなべ町沖から東京都の伊豆大島にかけての水深35〜100mに生息しているとみられます。
オオカワリギンチャクが光っているように見えるのは、蛍光タンパク質を体内に持ち、それが化学反応を起こして黄色の蛍光色に光っているように見えるためです。
1980年代からその存在は知られていましたが、2004年に新種として学術的に名づけられたばかりの、まだまだ謎の多い生物です。
個体数は大幅に減少
和歌山県のみなべ町沖にオオカワリギンチャクの群生地があります。本来なら深い場所に生息しているとされるオオカワリギンチャクですが、ここでは35〜40mの深さにいるのです。
冒頭に書いたガイドさんとのやりとりは、このポイントでの出来事です。
ダイビングをするときに深い場所に行けば行くほど、減圧症(別名:潜水病)と呼ばれる病気のリスクが高まります。減圧症は身体に溶けた窒素が体内で気泡になり、体に麻痺を起こすなど重大なダメージを与える病気です。深い場所に行くほど、体内に窒素がより溶け込みやすくなり、発症のリスクが高まります。
そのため、ダイバーは深い場所に潜るほど、滞在できる時間は短くなりますので、このオオカワリギンチャクの群生地がある場所では数分しかいられないのです。写真を撮るには時間が足りません。
それでも、筆者は潜ることに決めました。水深が下がっていくにしたがって、高まる水圧にダイビングスーツがぎゅっとしめつけられます。そして見えてきた群生地。
「オオカワリギンチャクだ!」
近くで見ると本当に美しい。許された数分の間に、とにかくたくさんのシャッターを押して、その場を離れました。このダイビングはとても貴重な経験になりました。
数が減少した理由
しかし離れて見るとよくわかりますが、これを「群生地」と呼ぶには数が少ないと思いませんか。後からインターネットで過去のこの群生地の写真を見ました。
そこには2022年当時とは比べ物にならないほどびっしりと生えたオオカワリギンチャクの姿が。確かに“群生地”と呼ぶにふさわしい光景でした。岩礁に光るお花畑があるようでうっとりとするほどです。
なぜこんなに数が減少してしまったのか。
どうやらその希少性から、ここのオオカワリギンチャクたちは乱獲にあったそうです。実際にインターネットでも高額で販売されています。さらには、観察にきたダイバーたちに傷つけられてしまったことが、数が大幅に減少してしまった理由だそうです。
全国でも珍しい群生地が天然記念物に指定
この神秘的な光景を守ろうと、和歌山県は2015年1月にこの群生地を天然記念物として認定。全国でもイソギンチャクの群生地が天然記念物として指定されることはとても珍しいことです。そして実際に保護をされるようになりました。
私たちが潜る際も、傷をつけないように十分注意するよう指導を受けました。
最近では、愛媛県愛南町でオオカワリギンチャクの群生地が見つかったとの情報もあります。しかも、ここでは深さ24mの浅場で見られるようです。
あれ、深場に生息しているのでは……? 本当にまだまだ謎が多いです。
水族館の飼育員さんに聞いてみた
みなべ町のオオカワリギンチャクの群生地が元の姿に戻るのか、みなさんも気になりますよね。
同じ和歌山県内にオオカワリギンチャクを展示している水族館があります。みなべ町から車で国道と県道を通った約30分の距離の白浜町にある「京都大学白浜水族館」です。
こちらの水族館では、多くのオオカワリギンチャクを展示しています。
担当飼育員さんならオオカワリギンチャクについて何か知っているかもしれないと思い、お話をお伺いすることができました。
展示の個体は繁殖したものか?
──みなべで保護をされている一方で、京都大学白浜水族館で展示されているオオカワリギンチャクの個体数は数十個体。これは繁殖をして増えた個体なのでしょうか。
担当飼育員Aさん「水槽内で繁殖したことは、今のところありません。なお、当館ではイセエビの刺し網に偶然かかった個体を入手しており、年に数個体の補充があります。オオカワリギンチャクは比較的丈夫なため、少しの補充で展示には充分であるため、当館では特に繁殖の必要がなく、それゆえに繁殖についての知見はほとんどありません」
展示個体数が多い理由は、イセエビ漁の網にかかったオオカワリギンチャクを補充しているためということでした。
展示で気を付けていることは?
──少なくとも、オオカワリギンチャクは展示スペースでは元気に生き続けているということになります。餌は何を与えているのでしょうか。
担当飼育員Aさん「当館では数十個体のオオカワリギンチャクをまとめて飼育しています。餌をまとめて与える必要があるため、魚類養殖用の配合飼料とアミエビ・オキアミを混ぜて、ミキサーでペースト状にした餌を溶かして与えています」
──展示で気を付けていることはありますか。
担当飼育員Aさん「展示では温度管理に気を付けています。当館では海水を冷却し、通年15℃の水温で飼育しています。深い水深に生息する生き物ですので、高温に弱いです。昔、まだ冷却装置が導入される前は、夏になると弱って死んでいたという記録が残っています。先ほどの繁殖の話に繋がるのですが、たいていの生き物は水温変化によって季節の変化を感じ取ります。そして特定の時期に繁殖するのですが、当館では通年で水温を変化させていません。故にオオカワリギンチャクは繁殖をしないのかもしれません」
冷却装置などの設備が充実しているのも水族館の強みですよね。オオカワリギンチャクも温度の変化を感じれば繁殖をするのでしょうか。気になりますね。
みなべの群生地は再生するのか?
──自分で潜って見た光景と過去の光景のギャップに悲しい気持ちになった群生地。またみなべのオオカワリギンチャクは群生地を作ってくれるでしょうか。
担当飼育員Aさん「15年ほど前から個体数の減少が問題となりましたが、その後保護活動が進んだため、現在は小型の個体が多数確認できるそうです。一応、イソギンチャクの種類によっては自分で分裂するものもあるのですが、展示水槽内で飼育している限りは、オオカワリギンチャク自らでの分裂は確認しておりません。今回みなべでは、小型の個体が増えたということですので、繁殖したのではないかと思います。成長が遅いので時間はかかると思いますが、以前のように立派な光景が見られるようになるとよいですね」
現在は小型の個体が多数確認できるようになったとは嬉しい情報です。
飼育している方へ
最後に、オオカワリギンチャクを飼育をしている方へメッセージをいただきました。
担当飼育員Aさん「インターネット等でも販売されていますが、そこでも注意書きがあるように、高温に弱い生き物です。飼育する場合はきちんとした設備を用意し、責任をもって飼育するようにしてください」
お忙しい中、丁寧にご対応いただきありがとうございました。このまま保護し続ければ、またオオカワリギンチャクの群生地が再生するかもしれないという希望の光が見えました。
京都大学白浜水族館に行ってみよう
希少で神秘的なオオカワリギンチャクについて、水族館の飼育員さんの話も交えて紹介してきました。
京都大学白浜水族館でなら一般の方も目にするチャンスがあります。この記事を読まれた方はぜひ京都大学白浜水族館さんへ足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
<keiko/サカナトライター>