名古屋大学減災連携研究センター「減災館」で地震をはじめとした“災害を正しく恐れる”を学ぶ
日本では、いつどこで災害が起きても不思議ではない
近年、SNS上で様々な災害のウワサが飛び交っている。
「〇年〇月に大地震が起こる」「〇年〇月に大きな津波で〇〇が消滅する」──こうした情報が連日のように流れてくると大きな不安を感じる人も多いと思うが、災害の研究者は皆口を揃えて「ウワサには根拠がない」と言い「災害を“正しく恐れる”こと」を提言している。
では、災害を“正しく恐れる”とはどういうことなのか?
その答えを導くために今回訪れたのは、愛知県の名古屋大学東山キャンパス内にある名古屋大学減災連携研究センター「減災館」だ。
「あのウワサは、本当だと断定できる材料が何もありませんが、ウソだと言い切れるわけでもありません。ただ、ウワサがきっかけだったとしても、日本で暮らしている以上“いつどこで災害に遭っても不思議ではない”という心づもりで常に過ごしていただくことはとても大切なことです」と優しく諭してくださった田代特任教授に、同センターの成り立ちと地域の中で担う役割について話を聞いた。
全国的にも珍しい、大学が運営する「産官学民連携」の防災研究機関
「減災館ができたのは2014年3月ですが、実は東日本大震災が発生する前の2010年12月から《減災連携研究センター》自体は発足していました。名古屋大学内の様々な学部や研究科の教員たちが、このセンターのミッションを担うために兼任として集まって結成され、特に、東海・東南海・南海の3連動による巨大地震や、近年甚大化している台風や水害の減災研究を産官学民連携で行ってきました」(以下「」内は田代特任教授談)
公官庁からは県や市などの自治体の防災担当者が、産業界からは東邦ガスや中部電力といったインフラ企業をはじめ、建設会社、地図調査会社、生協など様々な企業に所属する社員が出向し、同センターで研究を行っている。こうした産官学民連携の研究機関を、文科省直轄ではなく大学が運営してるケースは全国的にも珍しいという。
「減災館が完成したのも、地元産業界からの協力があったからこそです。開館から約11年が経ちましたが、こうして官民や業界の垣根を超えて連携しながら研究を積み重ねていくと、その研究の中で“ヨコ方向の連携”が生まれやすくなります。
例えば、自治体の方は他の地域で大きな災害が起こったときに自治体連携の一環として被災地支援に出向かれるのですが、その被災地での経験を通じてお互いに学びを共有したり、企業の方は出向元へ情報をフィードバックして企業内での新たな災害対策を構築します。草の根的ではありますが、この減災館が自治体・産業界・地域の方々と私たち研究者との連携を強化するためのハブ的存在になっているんです」
防災の“町医者的存在”である東海圏の国立6大学が手を携えて災害に備える
名古屋大学減災連携研究センターでは、愛知・岐阜・三重・静岡県内の国立6大学との連携も行っている。
そのネットワークは《東海圏減災研究コンソーシアム》として組織化されており、名古屋工業大学・豊橋技術科学大学・岐阜大学・三重大学・静岡大学と共に、南海トラフ巨大地震をはじめとする災害リスクが高い「東海圏の防災・減災戦略の構築」を担っているのだ。
「首都圏や関西では、東京大学総合防災情報研究センターや京都大学防災研究所など“一極集中の大型総合病院”のような形で権威機関が存在しています。しかし東海圏の場合は、各県の大学がそれぞれの地域の防災課題に特化して研究を行っていて、いうなれば“その地域のことをいちばんよく知っている町医者”のような存在です。
ならば、町医者同士が手を携え、お互いの研究の強みを持ち合って協力すれば、よりきめ細やかな対応ができるんじゃないか?ということで、大学同士のヨコのつながりが始まりました。現在は各大学と各県庁の防災担当機関とも連携を強めながら、対応力を高めているところです」
南海トラフ巨大地震の”揺れ”を実感できる「振動台」などの展示
こうした減災連携研究センターの研究成果が、地域の人たちへ向けて一般公開されていることは、地元でもまだ広くは認知されていない。
減災館の1階にある減災ギャラリーでは、南海トラフ巨大地震の”揺れ”を目で見て実感できる「振動台」をはじめ、ハザードマップや活断層マップなどを立体的に確認できる「3Dビジュアライズ」、名古屋市と周辺30市町村を上空からの視点で眺めることができる「床面空中写真」など、来場者の興味を掻き立てる展示が行われている。
「一般の方の見学受付は2014年の開館当初から行っていますが、展示内容については少しずつ手法が進化しています。研究を重ねて判明した新しいデータについては随時アップデートしていますし、もともとは紙でしか表現できなかった床面空中写真のような展示も、プロジェクションマッピングの投影によってよりリアルに解説できるようになった点は大きな変化ですね。
また、幼稚園や保育園で出張啓発を行う場合、大学で学生たちに教えるような解説の仕方ではまったく伝わりません。先日も「洪水の怖さについて子どもたちに教えてほしい」と言われたのですが、洪水のメカニズムを再現する装置を持って行っても、園児さんたちは自分たちで触りたくなっちゃうんですよね(笑)
そこで、砂場遊びのような簡易装置を作って“みんながお家を建てるならどこに作る?”と聞きながら、おもちゃの家の模型を置いてもらう…そこに水を流すと、せっかく作った宅地がどんどん削られて、お家が流されてしまった…こういうことが目の前で繰り広げられると、子どもたちは集中していろんなことを感じ取ってくれるようです。
減災館の展示物は、教員や学生たちが“どうしたらわかりやすく説明できるか?”を考えて展示しているものなので、決して映えるとかお洒落とか洗練されたモノではありませんが(笑)、少しでも多くの人に災害のメカニズムを知ってもらい“減災意識の種をまいていく”ために、減災館という建物を通じて発信を続けています」
災害が発生する仕組みを正しく理解すれば、正しく恐れることができる
「現在日本国内の地震活動については、何十年かぶりにアクティブな状態になっていると思います。しかし、わたしたち人間の力では“地震の発生を防ぐ”ことはできませんので、起きた時にどうするか?について日ごろから想像していただくところから防災がスタートするんですね。
ドイツの宰相ビスマルクの名言で「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」 という言葉がありますが、災害が起こってから行動をするのではなく、過去の災害の歴史を振り返ることから学ぶこと。
例えば、地震に関しては部屋の中の家具をちゃんと固定するとか、浸水に備えて大切な貴重品や防災用品はあらかじめ家の2階に上げておくとか、簡単な対策であっても、それらによって“防げる被害”が必ずあるはずなんです。
興味本位でもいいのでまずは過去の災害の歴史を知り、それを教訓にしながらいま自分にできる備えを行い、いざというときに行動に移せるイメージをしておく──これが“災害を正しく恐れる”ということだと思います」
ちなみに、減災館では夏休み期間に合わせて高校生以下の子どもを対象とした「夏休みスペシャル減災教室(2025年7月26日)」を開催するほか、防災の研究者と市民が対話する「げんさいカフェ(毎月開催)」など、様々なイベントや特別企画展示を行っている。
この機会にご家族で減災館を訪れ、“災害の歴史を知り、正しく恐れるための備え”を学んでみてはいかがだろうか?
■取材協力/名古屋大学減災連携研究センター「減災館」
https://www.gensai.nagoya-u.ac.jp/
開館時間/13:00〜16:00(入館は15:30まで)※開館日はHPのカレンダーから要確認
料金/無料
事前予約/5名以上の場合は事前予約が必要